第二十話 ミーティング
魔物を狩ったり、街をぶらぶらしたりして地形を覚えたり、組合やバンクードさんの鍛冶屋に顔を出したりして、過ごして数日が経った。
今日は朝から、学院全体が妙に騒がしかった。エリスも朝から忙しげにして部屋を出ていった。
俺の今日の魔物狩りもお預けだ。ここ数日のヘーレストとの狩りで魔物の死体は余りに余っているので気にする必要もない。
朝飯を食い終わり、俺にも用事があった。用事というよりも、ようやくお仕事の時間だ。
そう、明日は魔法学院イールギールの試験日なのだ。
受験。それは俺にとっては苦い記憶である。といっても、前の世界で受験にいいイメージを持っていた人間は殆どいないと思う。
俺はあんまり頭がよろしくなかったので、受験と聞くと拒否反応を起こすレベルである。思い出したくもない。
しかし、幸いにも今回は受ける側ではなく試す側である。気楽といえば気楽だ。
一昨日辺りに、アレンに今日の朝から明日の実技試験に向けてのミーティングがあると聞いていたので、飯を食い終わった俺は修復された闘技場に向かった。
「うわー、直ってる」
闘技場のすぐ側まで来た俺は、全く元通りになった闘技場を見て感嘆の声をあげた。なんたって、つい一週間前に俺とエリスがぶっ壊した闘技場だ。学院長曰く、学院都市中の職人を総動員したとのこと。本当、申し訳ない。
俺が、闘技場の中に入るとアレンと見たことない五人組が闘技場の地面を整備していた。
「おっ、コウか。これで全員集まったな。各自作業をやめて、集合!」
アレンが俺の姿を見つけると、地面を整備している五人に集合をかける。
「アレンさん、この子は?」
五人のうちの一人が尋ねてくる。
「ああ、こいつが言っていた新しく戦闘指導教員となったコウだ」
「えっ、こんな小さい子が?」
「よく見たらエルフじゃないか」
「可愛い」
「うむ」
俺を見て各々そんなことを言ってくる。
「うん、まあミーティングの前に自己紹介しておくか。先ずは、アスレイから」
アスレイと呼ばれたのは、先程この子は誰だとアレンに聞いた若い男である。
「自分はアスレイと言います。本来は弓を使っていたんですけど、模擬戦闘では飛び道具は危ないので槍を使ってます。あ、元冒険者です。アレンさんと同じですね」
見た目よりも、ずっと物腰の柔らかい印象である。後輩ってイメージだ。先輩だけど。
「次、マリス」
「えっと、私はマリスって言います。この学院の卒業生です。得意な魔法は土かな。よろしく」
マリスさんは、真っ白なローブを纏った赤髪のお姉さんだった。目を引くのは胸だ。超巨乳である。エロイ。
「次はイニヤ」
「私はイニヤだ。元冒険者で、アレンとは同じパーティーだった。あんたの事はアレンから聞いてるよ」
イニヤさんは、藍色の髪をショートカットにしたボーイッシュというかワイルドな女の人だ。アレンに聞いたって、何を聞いたんだろう。
「ミーシャ」
「ミーシャ、です。得意な魔法は、闇魔法」
ミーシャは、十四、十五の女の子だった。真っ黒な髪を背中まで伸ばしている。もの静かそうな感じの娘だ。
「最後に、ベルト」
「ベルトです。よろしく」
ベルトさんは、身長がメチャクチャ高い、アレンと同じくらいかそれ以上の年齢の男だ。厳つい。
「次は、コウの番だ」
俺か。
「コウです。えっと、素手で戦います。魔法は使えません」
魔法は使えないというのは言っておくべき事項だろう。見た目、エルフだし。
そんな俺の自己紹介に対する反応は、様々だった。
「えっ、まじで?」「それ本当?」「ふうん」「やっぱり」「ふむ」
「一応、これでお互いの自己紹介は終わりだ。まだまだ聞きたいことはあるだろうが、とりあえずは明日のミーティングに移る。というわけで、会議室に移動」
「はーい」
アレンがそういうので、俺たちは闘技場にあるミーティング室に移動した。
「やあ」
手を上げて、簡潔に挨拶する青年。移動した先の会議室には、学院長が待機していた。
相変わらずの学院長らしくないその姿を見つけ、とりあえず挨拶した。
「こんにちは」
他のみんなも当然のように椅子に座る学院長を見つけて恭しく挨拶していく。
「うん、まあ座ってよ。明日の実技試験についての説明は僕も聞いておかなくちゃならないからね」
学院長に促されて、俺たちは椅子に座った。アレンだけが、前にある黒板の前に立つ。
「じゃあ、明日の実技試験についてのミーティングを行う。試験時間は例年通り、午前の筆記試験が終わった後の午後からだ。場所はこの闘技場。闘技場の場所を二分して、同時に二試合行う。時間は十分、試合は各自でローテーションを組んで行う。受験者は、昨年とそう変わらないから、今年も特に問題はないはずだ」
「今年はコウ君もいるしね」
去年は六人で、数百人の受験者を相手にしていたのか。ローテーションを組んだとしてもきつそうだな。
俺は特に問題はないが。
「模擬戦闘についてだが、評価は外野の先生方が行う。受験者を傷つけるような攻撃は基本的に禁止だ。とりあえず、実技試験の目的は受験者の魔法技術を見るためだから、魔法の妨害は行わず、受験者には打たせろ」
「接近戦を仕掛けたときは?」
遠距離で魔法を放たれた場合は、避けるか殴るかして無効化すればいいが、武器を持って接近戦闘を仕掛けられた場合は、避けるばかりではいけないだろう。
「その時は、相手の実力に合わせて手加減してやれ。あくまで評価のポイントは魔法技術だからな。模擬戦闘の勝敗じゃねえ」
「手加減出来ないほど受験者が強かった場合は?」
「そのときは、負けてあげるだけさ」
学院長がそう言った。
アレンが同意するように頷く。
「ああ、俺達に匹敵するほどの実力があれば、実技試験は文句なしの合格だ。そんな奴はそうそういねえが、毎年数人はいるな」
「あ、コウ君はそんな事先ず無いからね。心配しなくていいよ」
「そうですか.....」
学院長にそんな事を言われてしまった。そうか、俺は心配する必要はないか。
アレンの方を向くと、なにやらばつの悪そうな、いやどちらかというと胃痛に耐えているお父さんみたいな顔をしていた。
「コウ、言っておくが天井や壁を足場にするのはなしだからな?後、絶対受験者を本気で殴るなよ?」
「ああ、うん」
アレンに言われたことは身に覚えがありすぎた。エリスとの模擬戦闘だ。いや、流石に明日の模擬戦闘ではそんな事するわけないだろ。
「いや、天井や壁って、どんな化け物っすか」
「アスレイ、こいつはまじで化け物なんだよ.....」
アレンがどうしようもないと言う風にアスレイに言い聞かせる。化け物て。その評価は甚だ不本意だが、俺とエリスの模擬戦闘の内容を振り替えれば、化け物という評価も妥当だといえる。
「え、マジっすか?」
アスレイは学院長の方を向いた。学院長はにっこり笑った。
「じゃあ、めんどくさそうな受験者はコウちゃんに相手しもらおうかねえ」
「さんせー」
イニヤさんがにやにやしながらそんな事を言って、ミーシャが手を上げる。うわー、職務怠慢だ。
「私はちゃんとやります!」
マリスさんが乳を盛大に揺らして立ち上がる。揺れる乳を見て俺は決めた。後でお風呂に誘おう。
「まあ、今年は面白そうな子が何人かいるからね。コウ君に相手させるのもいいかもしれない」
「面白そうって?」
「街の方で噂になっていないかい?ワイバーンを倒した、風使いの少年とか」
ああ、ヘーレスに聞いたなそれ。確か、転生者とかいう噂もあったけ。
「他にも、エルフと虹狐族の獣人、西方の砂漠の民なんかも受験するようだね」
「今年はイロモノ揃いですね」
「んん?」
なんか、全部どっかで耳にした事があるような。
「どうした?」
「いや、なんでもないです」
なんか引っ掛かりがあるので思い出そうとしようとしたが、思い出せなかった。ま、いっか。
「話は戻すが、受験者との模擬戦闘の注意点はそんぐらいだ。明日は、朝から準備があるから、明朝この会議室に集まるように。最後に学院長?」
「うん、明日はみんなに頑張ってもらうよ。ボーナスは期待しててくれ」
学院長のボーナス発言に歓声が上がる。どうやら、ボーナスの重要度は異世界でも変わらないらしい。
「では、解散」
アレンの言葉に明日の模擬戦闘のミーティングは終わった。
「あ、マリスさん。お風呂に一緒に行きませんか?」
「いいよー。さっきの整備で汗かいちゃったし。ミーシャもどう?」
「さんせー」




