第十九話 砂と風の少年、雷の少女
次の日の朝、俺は平原でヘーレスと魔物狩りをしていた。
「《砂の幕》」
「ブルル!」
全力疾走する雷電馬の眼前に、砂で構成された幕のようなものが一気に地面から立ち上る。
それはただの砂の幕でしかないが、驚くような速度で失踪する雷電馬にとっては、有効な障害物だった。眼前に立ちふさがった砂の幕に雷電馬は驚くべき反射速度で軌道を変えた。
「予想通りですね」
「おう」
だが、その動きは俺たちの予想通りだった。雷電馬が軌道を変えた先。そこには、俺が仁王立ちで待ち構えていた。
「ブルル!?」
一度軌道を変えられたからといって、二度同じことが出来るとは限らない。何より、そいつは先程砂の幕を避けたことで明らかに油断していた。
ズザーと勢いよく砂ぼこりを立てて、減速しようとするが、雷電馬のスピードはこの平原の魔物なかでもピカイチだ。急減速をかけたとしても一度乗った速度をそう簡単にゼロには出来ない。
「せいっ!」
結果、速度を抑えきれずに俺に向かってきた雷電馬は思い切り顔面を殴られ、数メートル吹っ飛び絶命した。
「ふう、大漁大漁」
「やっぱり、二人だと効率がいいですね」
「そうだな」
雷電馬の死体を担いで、狩った魔物をおいている所に向かう。通称、死体安置所だ。今付けた。
朝からずっと狩っているので、魔物の死体はかなりの量となっている。主に兎。このままだと、平原のうさちゃんが絶滅するかも知れない。
「あ、これらの討伐証明は全部切り取りましたよ」
「じゃあ全部入れるか」
俺とヘーレスとの取り決めで二人で狩った魔物は、討伐証明は二人で二分し、魔物の死体は全部俺が貰う事になった。
どうやら、ヘーレスはギルドポイントを稼ぐだけでいいらしい。じゃあ、俺は魔物の死体だけで良いと言ったら、断られてしまった。流石にそれは不公平らしい。俺はギルドポイントはあまり興味がないので、別に構わないんだが。真面目な性格だ。
「ぽいぽいぽい、ぽいっと」
山積みになった魔物の死体を次から次へと、昨日エリスから貰った魔法の袋に投げ入れていく。
あれだけあった死体の山はあっという間に、袋のなかに収まってしまった。
「ん、そういえばギルドポイントといえば、昨日ワイバーンが出るとか聞いたな」
組合のお姉さんが言っていた。討伐依頼が出されてたんだっけ。
「ああ、ワイバーンのことですか。それなら、つい昨日の夕方討伐されたみたいですよ」
横で討伐証明をポーチのようなものに詰めていたヘーレスがそう言った。
というか、もう討伐されたのかよ。
「ワイバーンの肉、食べてみたかったな」
「食欲旺盛ですね」
この世界に来てこの体になってしまったからというものの、俺の食事量は常人の比じゃない。
ああ、食堂のコックさんの魔物の死体を引き渡した時のげっそりとした顔を思い出してしまった。
「誰が討伐したんだ?」
「話に聞くと、最近学園都市に来た僕と同じくらいの少年らしいです。どうやら転生者らしく、風を操る力を持っているとか」
転生者。俺と同じ地球からこの世界に転生した人間。エリスが言うには、転生者は俺と同じようにそれぞれ独自の力を持っているとか言ってたな。
そいつは風を操る力を持っているのか。便利そうだな。
「受付のお姉さんに詳しく聞いたら、どうやらその討伐した少年というのは一週間後に迫った魔法学院イールギールの試験を受ける為にこの都市に来たらしいですね」
「へえ」
うちの学院にか。試験の時、俺と当たるかな。
「僕とはライバルということになりますね」
「ん?ヘーレスはイールギールの試験を受けに来たのか?」
それは初耳だ。
「はい。もし、僕が受かったら、こうして一緒に魔物狩りをしてくれると嬉しいです」
ああ、君が受かったら教師と生徒という事になるな。俺は魔法が使えないから、まさかそのイールギールで戦闘指導教員をしているとは思っても無いんだろう。
なんか試験が楽しみだな。
「まあ、イールギールって超難関らしいから、頑張れよ」
「はい」
ヘーレス君の笑顔が眩しかった。流石に、俺が学院関係者とか言うわけにはいかないしな。ほら、前の世界でも試験問題の流出とかうるさかったし。そういうの疑われるの嫌だしな。
ヘーレスには悪いけど、こいつには試験会場で驚いてもらおう。
「じゃあ、今日はここまでにするか」
「はい、ではまた明日」
そこで、ヘーレスとは別れた。
「がつがつがつがつがつがつ」
「横、いいかな」
「がつがつがつ、ん、ええで」
食堂で、コックさんにめっちゃ嫌そうな顔されながらも魔物の死体を渡して、調理して貰った料理を消費していると、声をかけられた。
誰かと思って、見ると知らない女の子だった。年は一七、十八ぐらいだろうか。猫のような金髪の癖っ毛を首もとにまで伸ばしている。一言で表現すると、あれだ。ギャル。修飾するなら、めっちゃ可愛いギャル。
知っている顔ではない。というより、この学院で知り合いはそんなにいない。学院長と、アレンと、コックと、門番のおっさんと、掃除のおばちゃんくらいだ。名前が出てくるのが一人しかいないというのがね、もうね。
というわけなので、そのギャルは初めてみるギャルだった。
とりあえず、食事は続けた。
「.....よく食べるね」
うん、知ってる。
そのギャルはジーっと俺を見てくる。うっ、そんなに見てくると食事に集中出来ない。
「あんた、たしかコウって言うんだっけ。エリスさんが連れてきたっていう。闘技場を壊したのもあんただろう?」
「んん、まあ間違ってないかな」
俺が、それを肯定するとギャルは笑いだした。いや、飯食えよ。ここ食堂だぞ?
「ははは、あの話って本当だったんだ!アレンさんに無理矢理聞き出したかいがあったね。私は、リンベルっていうんだ。ここで、雷魔法専門の研究をしてる。宜しくね」
そう言って、手を差し出してくる。俺は自分の手を見た。汚ねえ。肉の脂でべちょべちょだった。近くにあった布巾で手を拭った。
「宜しく」
同僚なので仲良くせねばなるまい。俺はその手を握った。
そして、感電した。あああああああああああ、震える~
「あはは、ごめんね。面白そうだったからつい」
「痺れた」
どうやら遊ばれたらしい。見た目通りなイタズラっ娘だ。嫌いじゃない。
それにしても、雷魔法を身に受けたのは初めての経験だった。
「次はやめてくれよ?」
「うん、むぐ、はぐっ。流石に次はしないよ、じゃあねー」
リンベルは朝食のサンドイッチみたいなものを一気に口に詰め込んで呑み込むと、すぐに立ち上がって行ってしまった。
俺はリンベルが食堂を出ていく姿を見送ると、机の上の料理に向き直った。
だから、だろう。幸いにも俺はリンベルが食堂を出ていく寸前にいい放った言葉を聞き取ることが出来なかった。
「なんだ、やっぱ化け物じゃん」




