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気付けば幼女、気付けば異世界  作者: パンセ
一章 学院都市イールギール編
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第十八話 白熱の腕相撲 後編

 「始め!」


 司会のタキシード姿で尻からどでかっかい尻尾をはみ出させたさっき知り合ったばかりの獣人、フィンが開始の合図を言い放った直後、俺を襲ったのはまるで隕石の衝突のようなとてつもない衝撃だった。

 この世界に転生して始めて味わった途方もない衝撃。

 エリスに初めて会ったとき、後ろから襲ってきた鮮血熊のそれとは比べようもないそれは、俺の内臓を揺らし、さらには地面にまで伝播して地面を大きく陥没させた。


 まるで、粘土に指を沈めるかのようにその位置を大きく下げた台も、衝撃とともに巻き起こった砂煙も俺には気にする暇がなかった。


 「ふうううう、あぶなっ」

 

 衝撃に対し、反射的に腕に力が入った。

 それがなければ、おそらく俺は敗北するどころか、衝撃とともに地面に投げ出されていただろう。

 下手しなくても、腕は折れていたのかもしれない。

 台の表面ぎりぎりで俺の手は止まっていた。先ほどの馬鹿力程ではないにしろ、シリアさんはさらに俺に手に圧力をかけてくる。

 それは、|外れし力≪チート≫によって、とてつもないパワーを手に入れた俺でも歯を食いしばって対抗しなければならないほどのもの。


 あれ、聞いてた話と全然違う。エリスは確か俺ほどの能力はそうそういないって言ってたような。

 普通に負けてるんですけど。やっぱ怖いわこの世界。

 ちらりとシリアさんの顔を覗く。恐ろしいことに、とんでもない力を出しているのに微笑を絶やさずその表情は穏やかなままだ。

 そして、目は笑っていない。真剣そのもの。確実に勝ちに来ている。


 耐える、まだ耐えられる。

 エリスに保証してもらったこの力はそんなにやわではない。

 俺にも意地というものがある。この世界に来たばかりのぽっと出でも、自分で鍛えあげたわけでもない借り物の力だとしても、負けてやる必要はない。


 「あら、強いですね」


 「はい」


 ぎりぎりみしみしと腕相撲にしている漆黒の金属製の台が悲鳴を上げる。試合の決着がつくまでに崩壊しなければいいのだが、いやそんなことを気にしている場合じゃない。

 気を抜いたら、僅かに油断が、力の緩みが出ればあっという間に負ける。それは確実だ。


 しかし、俺はまだ、本気を出していない。


 腕に力を込める。先程とは異なり、反射的にではなく、能動的に。シリアさんを倒すために。

 ぐぐっと押し負けていた俺の腕が持ち上がり、ちょうど中間地点、試合開始時の位置に戻る。

 これで、五分五分だ。


 変動した試合の状況に、固唾をのんで試合を見ていた観客達とフィンが歓声を上げる。

 シリアさんの手を握力にものをいわせて握る。さすがにこれはきついのか、シリアさんは渋面をつくった。


 「くっ」

 

 「これで、元に戻りましたね」


 位置的には開始時と変わらない。けれど、状況ははじめとは全く違うことに俺とシリアさんは理解している。

 

 シリアさんは疲弊していた。握力も、腕力も俺と拮抗するぐらいにはあるが、それが徐々に弱まっている。

 おそらく、最初に加えてきた衝撃にかなりの力を使ったのだろう。もしかしたら、あの一瞬で決着をつけるつもりだったのかもしれない。

 シリアさんの力は強い。力は五分五分。だが、俺の方が勝っているものがある。


 「シリアさん、疲れてます?」


 「むうっ、そんなことは、ないですよ?」


 そんなことを言いながらも、その表情は苦しげだ。


 腕相撲にしては、相当な長丁場。試合を開始してから、おそらく一分は優に過ぎているだろう。

 一見、実力は拮抗している。だが、時間がたつごとに浮かび上がってくるものがあった。

 それは、スタミナ。俺の力は、パワーだけに特化しているわけではない。エリスをおんぶしたまま、全速力で走り続けても大して疲労すらしない、自分でもいうのもなんだがアホみたいな体力。

 俺の超身体能力ハイパー・ボディは、身体的な面で言えば、全てに特化している。


 この勝負、俺がもらった。

 勝たせてもらう。俺は勝負をつけるために、腕にさらなる力を込めた。

 

 「ううっ」


 徐々に、シリアさんの腕が下がっていく。


 「おおっと!!コウが押し始めたぞ!この勝負どうなるのか!」


 フィンレイソンの声が聞こえてくる。さっきまで、静かだった観客も「がんばれー」とか「負けるなー」と声援を投げ掛けていた。

 俺は、更なる力を込めた。


 「うおおおお!」


 「「「「「「おおおおお!?」」」」」」


 「何やっとるんじゃ貴様らー!!」


 勝負が決まるその瞬間、聞き慣れた声が大絶叫で響き渡った。

 声がした方向に視線をやると、そこには予想通りエリスが腰に手を当てて、頬を膨らませていた。

 なんで怒っているのか。おれは、腕相撲の余波で沈み混んだ地面を見やる。ついでに、台にはヒビが入っていた。

 

 やべっ


 エリスは凄い気迫で、どすどすと足音を立てながら、まっすぐに俺の方へ向かってくる。

 そのまま、胸ぐらを掴まれ、前後に激しく揺さぶられる。ゆっさゆっさゆっさ。背丈が似たぐらいなので、あんまり苦しい感じはない。


 「お主はっ!本当、毎度毎度、もう!」

 

 「ごめん、エリス!ごめんなさい!」


 「お主が何かやらかすたびに怒られるのはわしなんじゃぞ!?」


 わかりました。わかったから、その手を放してください。苦しい、首が。

 

 「エリス殿、場外乱入は感心いたしませんぞ」

 

 その時、制止の声が入る。誰かと思えば、フィンだった。俺とシリアさんの試合を邪魔されたのが気にさわったのか、若干不機嫌だ。


 「なんじゃ、フィンか。この乱痴気騒ぎはお主のせいか?」


 「いやどっちかつうと、俺らのせいだな。こいつは、騒ぎを大きくしただけだ。なあ、シリア」


 「ええ、そうね」


 離れて俺らを見ていたバンクードさんがいつの間にか近くまで来ていて、そう言うとシリアさんが同意する。バンクードさんは、さっきまで俺たちが使っていた腕相撲の台を検分すると、「こりゃもうだめだな」とさして残念そうもなく呟く。

 「おつかれさん」と台を一撫ですると、バンクードさんはこちらに向き直った。


 「お前から頼まれた依頼の使用主がたまたま工房に来たからよ。ちっと、実力を確かめたくなったんだ。そしたら、フィンが首を突っ込んでこの様よ」


 「は、フィンは相変わらずじゃのう。しかして、コウはお眼鏡に叶ったのか?」


 「ああ、文句ねえよ。まさかシリアとまともにタイマン張れるどころか、押すとはな」


 「コウちゃん、強かったわあ」


 「はは、そうじゃろう」


 なんでお前が自慢げなんだよ。


 「で、エリス。お前は一体何しに来たんだ?」


 今日なんか仕事あるみたいな事言ってたような気がするが。


 「やることが一区切りついたんで、バンクードに進捗の程を聞きに来たんじゃ。来てみれば、コウとシリアが腕相撲なんかしよって。挙げ句にこの様じゃ」


 エリスが俺たちが起こした惨状を見渡す。集まっていた観客たちは、腕相撲が中断したせいか、既に解散しつつあった。フィンが「申し訳ありません」といいながら、観客達に頭を下げていた。プロだ。


 「まあ、俺が言い出しっぺだしな。これの修理代は俺らが出す。だから、お前らが気にする必要はねえさ」


 「ふむ、じゃあ文句はないがのう。おっと、そういえばこやつの装備の作製はどれくらい進んでおるのかのう?」


 「それなら、丁度一区切りついたから家の工房に見に来るか?おい、フィン。この場はひとまずお前に任せていいか?」


 観客達は皆帰ってしまったようで、フィンは尻尾についた先程の砂ぼこりをはたいて落としていた。尻尾がでかいので、まるで抱き枕に抱きついているかのような絵図だ。バンクードさんの言葉に、フィンは尻尾を放して、大きく頷いた。


 「ええ、わかりました。この騒ぎなら見張り兵も来そうですしね。事情説明は私に任せてください。いやあ、勝負が決まらなかったのは残念ですが、久々に良いものを見せてもらいました。コウくん、今度の腕相撲大会は期待していますよ」


 「ああ、うん」


 でも、シリアさん冒険者やめてから大会に出ていないんだっけか?そしたら、俺と勝負できる奴いんのかな。

 チート臭いな、俺。


 「ありがとうフィン。では、一旦工房に帰りましょうか」


 というわけで、俺達は広場を後にした。






 工房に戻った俺とエリスは、シリアさんが注いでくれたお茶を啜っていた。異世界のお茶は日本で飲み慣れたお茶とは全く違って、不思議な香りがする。色も青だし。美味いけど。


 「バンクードさんはまだかな」


 「そうじゃのう」


 バンクードさんは、奥に作りかけの俺の籠手をとりに行ったままなかなか戻ってこない。


 「待たせたな」


 と思ったら戻ってきた。片手になにやら銀色の腕輪のようなものを持っている。あれ、目的のものがないぞ?


 「これがそうだよ。嬢ちゃんは知らねえだろうが、緋緋色金ヒヒイロノカネは変形するからな。日常生活でも持ち歩けるように、腕輪状に加工したんだよ。大きさは、エリスとそう変わらんらしいから、多分ちょうどいいだろ。ほれ」


 ぽんとバンクードさんからその銀色の腕輪のようなものを投げ渡される。手にもって観察してみるが、特段何か特徴があるようなものでもない。どっからどうみても普通のアクセサリーにしか思えない。


 「ほう。さすがじゃな、バンクード」


 俺が手にもったそれをエリスが覗きこむようにして観察して言った。


 「分かるのか?」


 「お主は魔力が感知できんからのう。緋緋色金ヒヒイロノカネは魔力をよく含んでおるから、魔力を見るだけで、大体どんなものかわかるんじゃ」


 へえ、そういうものか。


 「普通は本人の魔力を流すだけで、変形するようにするんだが、嬢ちゃんはエルフの癖に魔力がないらしいからな。音声で変形するようにしておいた。とりあえず、嵌めてみろ」


 「嵌めてみろって」


 どうやって嵌めるんだ?手首とピッタリのサイズだから手が通らない気がするんだが。

 あたふたしていると、エリスがひょいと俺から腕輪を取り上げると、手首に押し付けた。


 カシャン


 「おっ、嵌まった」


 腕輪が勝手に変形して、俺の手首に嵌まった。異世界の不可思議金属すげえ。


 「変形してみるんじゃ」


 「『起動』で、変形するように設定してるからな」


 そうか。しかし、音声起動とはハイテクだ。

 モノは試しだ。


 「き、起動」


 カシャカシャカシャカシャカシャン!


 俺がキーワードを発した瞬間、腕輪が上下にスライドするかのように展開した。そして、あっという間に銀色の金属が俺の肘付近から指先に至るまでを覆い尽くした。鈍い銀色の表面が、光に当たって輝く。

 おお、すげえ。


 「そいつはまだ加工途中でな。完成品は肩口まで覆う予定だ」


 「かっけえ」


 めちゃめちゃかっこいい。変形するってロマンだな。


 「いつ頃完成するんじゃ?」


 「このペースだと、一ヶ月後ぐらいだな」


 「これどうやったら外せるんだ?」


 「元に戻すキーワードは、『解除』だ」


 「解除っと」


 カシャカシャカシャンカシャン!


 キーワードを口にすると元の腕輪の大きさに戻った。先程と同じように腕輪を引っ張ると変形して外れる。


 「はい、返すよ」


 「おう」


 外れた腕輪をバンクードさんに返す。


 「着けてみてどうだった?」


 「すげえ良かったよ。ピッタリだし、かっこいい」


 「そりゃ、喜ばしい限りだな」


 「じゃあ、わしはそろそろ帰るかのう」


 エリスが立ち上がる。俺も釣られるように立ち上がった。


 「俺も帰るよ」


 「そうか、じゃあな。俺は仕事に戻るよ」


 「ふふ、今日は付き合ってくれてありがとうね。コウちゃん」


 そのまま、俺とエリスは何処によることもなく帰路についた。


 


 


 


 


 


 


 

 


 

 

 

 


 


 


 


 

 

 


 


 

 


 

 

 

 

 

 


 

 

 


 

 

 


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