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気付けば幼女、気付けば異世界  作者: パンセ
一章 学院都市イールギール編
23/27

第十七話 白熱の腕相撲 前編

約二か月ぶりの投稿。

長らく、お待たせしました。ちょっと、新生活やなんやらで忙しかったもので。


 その場は異様な熱気に包まれていた。

 先ほどまでは興味本位で集まっていたまばらだった観客たちは試合の始まりが近づくと、一気にその数を増やし、俺たちを中心に厚い人の壁がいつの間にか出現していた。

 その観客たちの視線の先には俺たち、俺とシリアさんに向けられ、観客の中には口笛を鳴らしたり、熱狂的な歓声を上げているのもいる。

 それらの歓声は殆どがシリアさんに向けられているもので、当の本人は当たり前ように歓声に対して、手を振って素敵な微笑を返すファンサービスっぷりだ。

 そしてそのシリアさんの前でどこか居心地の悪そうに突っ立ている金髪碧眼のエルフの少女が俺だ。


 知っての通りだが、エルフの身体能力は人間に劣る。

 その代わり、エルフは他の種族とは違い、魔力などの素質が比較的高いが、その才能は今から始まる腕相撲には何の役にも立たないだろう。相手の腕を魔法で焼く等といったことがルール上認められていれば話は別だが。

 しかし、それ以前に俺には魔法的な才能どころか、魔力すら宿していないので魔法なんて使えやしない。その代わりと言ってはなんだが俺には|外れし力≪チート≫というその名前通りのチート能力を持っている。

 その力は、異世界基準で相当強いと思われるエリスが認めるほどだし、実際に昨日はそのエリスを追い詰めもした。殺されかけたけど。

 だが、周りの観客がそんな俺の事情を、しかもつい先日この都市に来たばっかのエルフの少女の事情なんて知る由もない。

 だから、観客の俺に向けられているのは、この子大丈夫かといった疑念と不安が入り混じった視線だ。

 実際、そういった不安の声も観客の中からもいくつか聞こえてきていた。俺には聞こえないようにぼそっと呟いたようだが、エルフの耳なめんなよ。


 逆に俺とは正反対の視線を向けられているシリアさんには絶え間ない歓声とファンコール。なぜか感極まって、涙も浮かべている奴もいる。

 俺とシリアさん、背丈も体格もそんなに変わらない。どっからどう見ても非力な少女にしか見えない二人の腕相撲にどうしてこんなに観客が集まってくるのか、どうしてシリアさんがこうも歓声を受けているのか全く理解できない。


 「シリアさん、一体何者なんですか?」


 俺の疑問に、シリアさんはふふと笑って微笑を返すだけだ。


 「ふふ、若いころは色々とやらかしたのよ」 


 やらかしたって何を。っていうか若い頃って、今も少女みたいな外見ですけど。と突っ込みどころが満載だが、どうやらシリアさんは只者ではないらしいということがわかった。

 どだい、エリスから俺の話を聞いたというバンクードさんが指名したのがシリアさんだ。

 それはつまり、俺と張りえるくらいの力を持っているということだろう。どっからどう見ても、シリアさんの腕は今にも折れてしまいそうなほどか細いが、それは俺にも言えることでファンタジーすげえ。


 「場も温まってきたようですし、そろそろ始めますよコウさん、シリアさん」


 俺たちに声をかけてきたのは、背の低い獣人だった。

 名前はフィンレンソンというらしい。呼びにくいのでフィンで呼んでくれとのことだ。

 タキシードを纏って、頭にはシルクハットを乗っけている珍妙な格好をしており、お尻のあたりからは体の半分の大きさはありそうな巨大な尻尾が存在感を主張している。尻尾の形といい、大きさといいどうやらフィンはリスの獣人のようで、さらには鍛冶屋でひっそりとやるはずだった俺とシリアさんの腕相撲をここまで事を大きくした張本人だった。


 いざ俺とシリアさんが腕相撲を始めようとしたとき、窓を蹴破って入ってきたこいつは、即座に俺とシリアさんの腕をつかんで有無も言わさずこの広場まで連れてきた。

 なんだこの不審者は。と思ったがシリアさん曰く、フィンは長年この都市で年中行事や開催されるイベントの司会などを務める名司会者なのだとか。

 職業病というべきか天職なのかは知らないが、都市でなんかイベントが起こった際にはどこからともなく現れ、その話術によって人を寄せ集めさらに事を大きくするらしい。

 はっきり言って迷惑行為以外の何物でもない。


 「はい、始めましょうね」


 「いいです」


 かといって、この場から逃げ出すのは負けた気がして嫌だし、バンクードさんに俺の力も見せなきゃならない。

 今は観客に紛れてこちらを見守っているバンクードさんはまた今度でいいと言ってくれたが、どうせまたこいつ(フィン)が現れるんでしょと聞いたら、うんと言ってきたので、今やっても今度やっても同じことだ。


 俺たち二人の返事を聞いて、フィンは大仰にうなずくと予め用意しておいた木箱の上に立ちあがり、観客の注目を集めた。

 懐からマイクのようなものを取り出すと、拡声した声を集まった観客に向けて放った。

 

 「お集りの皆様方!長らくお待たせいたしました。ただいまから、絶対不変の王者シリアと期待の新星コウの世紀の対決を開始いたします!」 


 フィンの言葉におおーと大きな歓声が上がる。フィンは続けた。


 「皆さま知っての方も多いでしょうが、シリア様はかつてはこの都市で一二を争う冒険者であり、と同時に現在でも毎年恒例の腕相撲大会でなんと十年連続で優勝を飾った絶対不変の王者でした。しかし、三十年前ほどに冒険者を引退されてからと同時に腕相撲大会に出場することもなくなりました。十年連続優勝という記録は現在でも破られておりません」 


 シリアさんすごっ!

 十年連続優勝って、そりゃこんなにシリアさんを応援する人が多いはずだ。とんだ有名人である。

 

 「私はもう二度と彼女の試合を、あの心揺さぶる白熱の試合をこの目で見ることが叶わないであろうと思っておりましたが、なんと今日この場において再度彼女の勇姿がこの目にできることに深い感動を抱いています。そして、今回彼女に腕相撲を挑む挑戦者はこの方、つい先日この都市に来たばかりというエルフの少女、コウ様であります!」


 フィンの紹介に観客の視線が集まる。先ほどと同じく、不安の混じった歓声が沸き起こるが、それと他に可愛いー!とか可憐だー!とか幼女エルフ最高ー!!などといった声が耳に届き、背筋がぞくっとした。

 き、気持ち悪い。


 「エルフと聞いて、観客の皆様方には不安を感じる方もいらっしゃるでしょう。エルフとは肉体的には非力、しかし何も案ずることはありません。そんな非力な者に、シリア様がその力を振るうことがあるでしょうか?こうしてこの場を設けることが出来るでしょうか?いま、この場にいるという時点でコウ様の実力は認められているも同然なのです」


 フィンの言葉に観客の不安の声が激減する。さすが、名司会者というべきか、観客をうまく誘導している。

 

 「皆様の納得も得られたところで、ルール説明に移りましょう。基本的なルールは毎年行われる腕相撲大会と同じです。制限時間無制限の一本勝負、泣いても笑っても一回で勝負が決まります。相手への妨害行為は当然禁止です。もちろん魔法による妨害も禁止ですよ。隠してもばれますからね。しかし、唯一身体強化系の魔法を自分にかけるのはルール上認められております。薬や、第三者による強化魔法の付与は禁止ですね。あくまで、自分の力でということです。ここまでで何か質問は?」


 特にない。そもそも魔法は使えないし、だいたいイカサマするほど勝ちにこだわっているわけではない。

 俺は真っ向から全力でぶつかるだけだ。

 シリアさんも、質問などはないらしく首を振っている。


「ふむ、質問はないようですね。通常の腕相撲大会とは違い、今回は鋼鉄の台ではなく、耐久性を考慮して夜黒鋼の台を使用しています。いつもと違う点といえば、これぐらいでしょうね。では、両者腕を組んでください」


 フィンに促されて、目の前に置かれた漆黒の台に肘を置いて、差し出されたシリアさんの手を掴んだ。

 それだけで分かった。シリアさんの手の感触、握力。気を抜いたら潰されてしまいそうな、重たい力。

 この人は強い。エリスとは異なる強さ、どちらかというと俺に近い身体的な強さ。

 

 「いいですね、コウちゃん」


 シリアさんが笑う。その笑顔が恐ろしくも、不思議と気分を高揚させた。

 腕相撲はいつぶりだろうか。ここ二三年はしていなかった気がする。鍛えてはいたが、もともと力が強い方ではなかったし、してくれるような相手もいなかった。

 だが、怖気づく必要はない。俺は全力を出すだけだ。


 「ここからは瞬き一つ許されませんよ、では両者見合って.....」


 ぐっと掴んだ掌に力を込める。


 「始め!」


 その瞬間、握った手に、いや全身に衝撃が降り注いだ。











 司会のフィンレンソンが、試合開始の合図を発した瞬間に先に仕掛けたのはエルフの少女ではなく、かつて十年連続王者という伝説を作り出したシリア。

 開始とともに、ありったけの力と勢いを込めた腕は、油断も力を抜くこともしていなかったコウの腕をあっさりと引き倒した。

 だが、観客にはそれで勝敗がついたのか判別がつかなかった。

 なぜならば、突如地面から巻き起こった砂煙によって観客たちの視界は塞がれたからだ。と、同時に比喩なく地面がゆれて、立っていた観客たちは足をよろけさせた。


 何が起こったのかわからない。

 ただ、腕相撲を見ていた観客たちは一瞬パニックに陥った。

 突如の地面の揺れ、それに伴う砂煙。石畳という舗装されているはずの地面から巻き起こった砂煙は、普通では考えられない現象だった。

 だが、そんな観客たちの混乱をよそに砂煙は晴れる。

 

 砂煙が晴れ、観客たちの目の前に現れたのは驚愕の光景だった。


 「う、嘘だろ?」


 思わず、観客の一人がそんな声を上げる。彼らの目の前に生じた光景は、思わずそんな声を上げてしまうほどに尋常ではなかった。


 その光景を端的に表すならば、クレーターだろう。

 先ほどまで、シリアとコウが腕相撲をしていた場所を中心にちょうど地面が陥没しており、きれいに並べられていた石畳は無数の破片となり、赤茶色の地面がむき出しになっていた。

 それはまるで、上級魔法がさく裂したような光景。観客の誰もが、何者かの攻撃魔法が直撃したのか、そう思った。

 だが、それは違う。


 次の瞬間、観客たちに訪れたのはさらなる驚愕だ。

 そのクレーターの中心、そこにはシリアとコウ両者ともに健在であり、そして未だ試合は続けられていた。

 

 「うぐっ、ぐううううう!!!」


 コウというエルフの少女は、唸り声を上げながら未だ耐えていた。

 手の甲は台の接地面にぎりぎりで、あとわずか数センチでも下に下がれば勝負が決まるという所で、コウはシリアからの猛攻をしのいでいた。

 

 その様子を外まきから見ていた観客たちは、息をのんだ。

 それは、そんな状態でありながらも二人は試合を続けているという理由からではなく、むしろ逆。

 先ほどの地面の揺れも、巻き起こった砂煙も、二人を中心に発生したクレーターもすべて、その二人が引き起こしたものということに気付いたからだ。

 

 「ば、化け物.....」


 観客の内の一人が発した言葉は、この場にいる全員の言葉を代弁していた。

 

 どれほどの力、どれほどの衝撃を与えればこんな風に地面が陥没するというのか。

 それを行ったシリアとその力をまともに受けて未だなお敗北せずに耐えているコウ、二人の姿は観客たちに恐怖を呼び起こした。

 二人のその在り様は、あまりにも逸脱しており、異質だった。


 だが、この場にはそれを許さない者がいた。


 「なんということでしょう!シリア様の地面が陥没するほどのパワー、そしてそれほどの力を受けてなおぎりぎりの瀬戸際で耐えているコウ様。これほどエキサイティングな試合は何百、何千という試合を見てきたこの私、フィンレイソンにとっても初めての事です!」


 先ほどの衝撃を受けて、乗っていた木箱ともども吹っ飛ばされたフィンレイソンは、砂まみれになりながらも立ち上がり、戻ってきた。

 吹っ飛ばされたにも関わらず、マイクは握ったまま司会を続けているその姿はさすがこの街の名司会者と自称するだけはあった。


 「皆様方、呆けている場合ではありませんよ!こんな素晴らしい試合、次に目にできる保証はありません!瞬きすらせずに、この光景を脳裏に焼き付けましょう!」


 試合を続ける二人を背に、フィンレイソンは観客たちに向かって、そう語りかける。

 フィンにとって、ありとあらゆるイベントは楽しいものでなければならない。イベントの主役は思い切り楽しんで、観客たちもそれを鑑賞して楽しむ。

 両方が楽しむことが出来る。そんな素晴らしいことが、フィンは大好きで愛していた。


 「さあ、皆さま試合はまだ終わっていませんよ!」


 そんなフィンの言葉に、観客たちが抱いていたシリアとコウの二人に対しての恐怖心が弱まり、試合前までに抱いていた熱気がよみがえり始める。

 絶句していた観客たちの中から、次第に二人に対する声援が投げかけられ、ものの数分で以前よりもはるかな熱気が広間に充満しつつあった。


 「さすがだな、フィン」


 その様子を遠巻きに見ていたひげもじゃのドワーフ、バンクードがぼそっと呟く。

 バンクードの視線の先には、鬼気迫る表情で腕相撲を行う二人の姿があった。


 「俺としちゃあ、もう十分なんだがなあ.....今更止められねえか。台、壊れなきゃいいけどよ」


 そういって、バンクードは、はあとため息をついた。

 

 



 

 


 

 

 

 

 


 


 

 



 

 

 

 

 


 


 

 

 

 





 



なぜか腕相撲させるだけなのに長くなりました。

多分次で終わります。


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