第十五話 組合に登録しよう
飯を食い終わった俺は、組合にいく積もりだったのだが、重大な事実に気がついた。
「ギルドって何処にあるんだ?」
そう、俺はこの都市に来たばかりだ。知っているのは、昨日行った繁華街と、繁華街から少し離れた路地にある『サーシャとターシャの愛の呉服屋』ぐらいだ。
組合の場所は確認していない。なので、このまま外に出ていっても迷子になるのは確実だ。確実なんだが。
「わしは用事があるから、組合には一人で行くのじゃ。これは登録料の一万リルじゃ」
「え、一人で行かないといけないのかよ」
どうやら、そういうことらしい。エリスが差し出してくる組合の登録料である十枚の銀の硬貨を受け取り、魔物の死体とか内臓とか保管している魔法の袋に入れる。
中で一緒にごっちゃになりそうだが、エリスの説明によると袋の中では別々に収納され、ごっちゃになる心配はないのだとか。魔法って便利。
「組合の建物は目立って分かりやすいぞ。ここからは見えんが、三階建てで屋根のてっぺんに竜が描かれたでかい看板が掲げられておる」
「なんで、竜?」
「組合の創設者が初代勇者じゃからな。初代勇者は唯一の竜殺しじゃ。そのため、組合の看板には竜が描かれておる。よし、ではわしはいくからの。用があるなら、横にある校舎を訪ねるんじゃ」
身支度をすませたエリスは、そう言って部屋を出ていった。
部屋には俺一人だけがぽつーんと残された。
「そういえば、昨日買った服が届いていたよな。.....着替えてから行くか」
身支度を整えた俺は、学院の門の前に出ていた。
「えーと、あ、あそこか」
周囲を見渡すと、確かに竜のシルエットが描かれたでかい看板を掲げた建物が遠くに見えた。エリスの言った通りだ。あれが組合の建物なのだろう。
とりあえず、あの看板を目指して行けば、迷子にならず組合にたどり着く事が出来る。
「よし、レッツゴー」
俺はエリスに貰った魔法の袋を引っ提げて、悠々と学院を出た。
そして、迷った。
「見えねえよ、看板....」
そう、看板が見えないのだ。
学院の門の前では見えていた組合の看板が街中へ入ってから全く見えなくなっていた。
その理由は簡単だ。他の建物が邪魔になっているから。
後、俺の背が低すぎるせいもあるだろう。
組合の看板は俺が出発してから直ぐに見えなくなっていた。
けれど、看板があった方向は覚えていたので、その方向に向かって歩いたが、全くたどり着けない。
そういえば、俺、方向オンチだったわ。
「どうしようか....」
一応、学院の場所はわかるが、迷子になったとエリスに泣きつくのは流石に恥ずかしい。
かといって、このまま道の真ん中を右往左往するのも全く無意味だ。永遠に組合にはたどり着けない。
組合の方向を確認する術はないかと言われればあるのだが、街中で跳んだり跳ねたりするのはそれはそれで恥ずかしいし、迷惑になる。
おとなしく、誰かに道を尋ねるかと考えたとき、見覚えのある巨体が目に映った。
「あ、ターシャさん」
「あら、コウちゃん、こんにちは。わたしはターシャじゃなくてサーシャよお。さっそく、服を着てくれてるのねえ。とても、似合ってるわあ」
そこには、額に生えた角に可愛らしいリボンを結った『サーシャとターシャの愛の呉服屋』を営む双子の姉妹の内の一人、サーシャがいた。
「奇遇ねえ。私も丁度、組合に用事があったのよお」
街中で偶然出会ったサーシャと俺は組合に向かっていた。
なんの幸運か、サーシャも組合に用があったらしい。俺は一緒に組合に行く体を装いながら、サーシャに案内して貰っていた。
「今日は組合に登録しに行くんです」
サーシャの背が高すぎて、話しかける時は見上げて話さないといけないのだが、超怖い。
何が怖いって、もう全部が怖いのだが、特に怖いのは額から生えた一本の角だ。本人はお洒落のつもりだろうが、角に結われたリボンが逆に不気味だ。
だが、そんな事は口に出せる筈もない。
「あら、コウちゃん、組合に登録してないのお。意外だわあ」
「意外、ですか?」
いや、どう考えても登録している方が意外じゃなかろうか。だって俺は中身は男だが、外見はどっからどう見ても幼いエルフだ。
まんま子どもである。まあ、今朝の兵隊さんの様子を見ると、エルフは子どもでも強いみたいだが。
「だってえ、昨日、コウちゃん、魔物の匂いぷんぷんさせてたでしょう?獣人程じゃないけどお、鬼はかなり鼻がきくのお。だから当然、組合くらいは登録してるものと思っていたわあ」
ああ、そういうことか。
熊と猪とか殺してたから、多分その臭いだな。
「俺、実は転生者で、一昨日この世界に来たばっかりなんです。気づいたら、いつのまにか森にいて、魔物に襲われそうになったところを助けてくれたのがエリスだったんです」
「あら、そうなの。道理で、やたらとエリスが面倒見がいいと思ったわあ」
エリスが面倒見がいい?
確かに、そうなのかも知れない。服とか魔法の袋とかギルドの登録料とか色々貰ったし。この世界に来てから、エリスには頼りっぱなしだ。
色々と抜けてる所も多いが。てか、俺が転生者っていうことはさらっと流したな。
「エリスって、あれで結構社交的だけど、友人って余り多くないのよねえ。だって、ほら、エリスって長い間生きているでしょう。だからあ、他人に壁を作って、自分も相手も深く関わらないようにする癖があるのよねえ」
長生きだから、他人に壁を作る?
どういうことだ。サーシャの言っている意味がよくわからない。
「コウちゃんて、エルフでしょう。エルフって凄く長生きするのよねえ。だからというわけでも無いけれど、エリスも気を許しているのかも」
「エリスって、いつもああじゃ無いんですか?」
「そういうわけでもないけどお、誰かと一緒に行動しているのは余り見たことはないわあ。数十年前に、この都市に住んでた時は大体独りで行動していたわねえ」
大体独りって、寂しい奴だな。
「だから、昨日エリスがコウちゃんを連れてきたのは少し驚いたわあ」
サーシャさんがにっこり微笑む。口の端から覗く鋭い牙をチャーミングととるかおぞましいととるかは人によるだろう。
「見ていればわかるけど、エリスはコウちゃんの事を相当気に入ってる。だからあ、エリスとはよろしくしてあげてねえ。大丈夫よお、エリスって年のわりにはおっちょこちょいで可愛いから。あと、財布の紐が緩いから、ねだれば直ぐに何でも買ってくれるわよお」
それは、同感だ。
俺が一文なしのもあるが、エリスは財布の紐が緩い。
後、色々くれるし。
「.....俺も、エリスは嫌いじゃありません。まだ、二日の付き合いですが、あいつはいいやつだと思います」
昨日殺されそうになったことは....まあ、いいとして。
エリスの事は嫌いじゃない。この世界の事を何も知らない俺に、知識をくれ、仕事まで紹介して貰った。
ロリババアだがエリスは良いロリババアなのだ。悪いロリババアってあんまり聞いたことがないけど。
「だから、言われなくてもエリスとは....友達のつもりです」
友達。
エリスと俺の関係を言葉で表すのならこれが一番近いと思う。
恋人とか論外だ。俺、ロリコンじゃないし、そもそも俺がロリだし。エリスもそんな感情は一切無いだろう。
それに、唯一顔を見上げずに同じ目線で話が出来る貴重な相手だ。
俺の言葉を聞いたサーシャは俺の頭にその巨大な手を載せると、ゆっくりと撫でた。
外見に似合わない、柔らかい手つきだ。
「ふふ、私ったら野暮ったい事を言ったかしらあ」
「いえ、そんな事はないと思います」
サーシャの口からエリスの話が聞けて良かったと思う。
エリスには俺の知らない一面があると言うことを知ることができた。
「あら、喋っている内についたわあ。コウちゃん、ここが組合よ」
気づけば、俺達は組合の前にいた。
他と比べて、一際大きい建物で、確かにてっぺんに竜の看板が掲げてある。
「ここが、組合.....」
想像通りといえば想像通りの様相だ。三、四人は並んで入れそうな大きい石造りの入り口に、中からは冒険者らしい男達の荒々しい喧騒が聞こえてくる。
入り口から中を覗いてみると、奥に受付のカウンターらしきものが三つほどあり、それぞれに女性が座っている。そのカウンターの左右には、大きい掲示板があり、依頼書らしきものがところ狭しに貼られている。
そして、向かって右には木で造られた椅子やテーブルが数多く備え付けられ、いかにも冒険してますといった厳つい男や学生らしき風貌をしたのが大体半々で両者とも距離を取るように座り、各々食事を摂ったり、ジョッキに並々に注がれた黄金色の液体を煽っている。奥には、酒などがおいてあるバーのカウンターのようなものがあった。
そして、向かって左には大きい台を備え付けたカウンターが二つほどあった。冒険者らしき人がカウンターの上に魔物の一部らしきものを置いて、カウンターに差し出しているので、あそこで魔物のあれこれを買い取ってくれるのかも知れない。カウンターの右には外への出入り口らしきものがあり、左側には二階へと上がる階段がある。
「登録するなら、真っ直ぐ行って、あそこにいるお姉さんなら誰でも良いから、頼むと良いわあ。じゃあ、私は組合の二階にいるから、困った事があったら呼んでねえ」
「はい、わかりました」
じゃあね、と手を振って、組合の中に入ると、サーシャは左側にある階段を昇って行った。
「さて、行くか」
俺も組合の中に入ると、真っ直ぐ受付のカウンターに行く。選んだのは、三つあるうちの真ん中だ。
受付のお姉さんは、茶色の縮れ毛で犬耳の垂れ目が特徴の綺麗よりも可愛い感じの優しそうな人だ。
左右にいるお姉さん達と話していたが、俺が受付に向かっていることに気づくと、姿勢を正した。
俺は話しかける。
「あの、組合の登録をしたいのですが」
「はい。冒険者の登録で宜しいですね」
割りと事務的な対応である。銀行の受付のお姉さんを思い出した。
左右にいるお姉さん方の視線が気になる。ちなみにどちらも普通の人間っぽい。
「はい、それでお願いします」
「では、登録料とギルドカード発行料が一万リルになります」
俺は魔法の袋に手を突っ込んで、エリスに貰った十枚の銀の硬貨をとりだし、自分の背よりも高いカウンターに置いた。
銀の硬貨は一枚で千リル。十枚で一万リルだ。ちなみに、銀の硬貨の他に銅と金があり、銅の硬貨は一枚で十リル。金の硬貨は一枚で十万リルとなっている。
俺が出した硬貨をお姉さんはちゃんと数えてから、受け取った。
「はい。確かに一万リルを頂きました。では、お名前と年齢、種族を口頭でお願いします」
「えーと、名前はコウ、です。歳は....」
なんて答えれば良いんだ?
外見は十歳ぐらいだけど、中身は二十手前だ。どちらを答えるべきか。
中身でいっか。
「....十九です」
「十九。....お若いんですね」
受付のお姉さんが意外そうな顔をする。伏せている耳が少しぴくってなった。
若い、十九で若いのか。エルフって寿命が長いらしいけど、肉体の成長も遅いのだろうか。
「種族はエルフ、です」
カリカリと何かの紙面にお姉さんが書き込んでいく。そういえば今気づいたけど、この世界の言葉は普通にわかるけど、字は全く違うんだよなあ。どうしようか。
勉強するしかないかあ。俺、英語とか死ぬほど苦手だったけど。
エリスに頼もう。
「はい。では、ギルドカードの発行までに少々お時間を頂きますが、その間に組合の仕組みについて、説明をいたしましょうか?」
「お願いします」
組合については大雑把にエリスから、説明を受けていたから大体わかるけど、聞いた方が良いだろう。
エリスの知識、数十年前のだし。変わっている所もあるのかも知れない。
「はい。組合では、冒険者にランク付けをおこなっています。全ての冒険者はまずE級から始まり、依頼をこなすことでギルドポイントがたまり、ランクが上がっていきます。ランクは一番上のSSSから、SS、S、A、B、C、D、Eとなっています」
うん、ごく普通だ。
「ランクが上がるごとに、次のランクに上がるための必要なギルドポイントは増えていきます。つまり、ランクを上げるには現在の自分のランクに見あった依頼をこなさなければ、ランクは上がりません。また、ランクが上がる際には組合から、褒賞が送られます」
ふむふむ。つまり、適正な狩り場でなければろくにレベルが上がらないのと同じ仕組みか。ギルドの褒賞ってのは少し気になる。
「依頼というのは、両端にある掲示板に貼られた依頼書の事ですね。右は組合が直接出す依頼、左は依頼主が組合ではなく、特定の個人が組合を通して出す依頼となっています。右の依頼は通年受注しているものが多く、報酬は一定ですが、組合が出す依頼なので、貰えるギルドポイントが同じランクの依頼でも、左に貼られた依頼よりも割り増しになっています」
ランクを上げたきゃ、組合の依頼を受けろということか。
「その代わり、左の個人が出す依頼は報酬が高めになっています。また、個人が出す依頼なので、一回限りの場合が多いです」
「質問良いですか?」
「はい、どうぞ」
「同じ内容の依頼なら、併用して受ける事も可能なんですか?」
例えばだ。今朝、俺が狩った星兎を十匹討伐してくれという依頼と、星兎の肉が欲しいという依頼があったとする。
そういう場合はどうなるのだろうか。
「はい、可能です。組合の討伐依頼では討伐した魔物の一部を討伐証明として提出してもらいますが、その他の魔物の部位を納入することが達成条件となっている依頼を受けても、問題は無いです」
「そうですか」
依頼内容が達成出来るのなら、問題はないということか。
「既に魔物を討伐していて、依頼を受けた瞬間に討伐証明を提出していただいても構いません。ちなみに討伐証明の提出や、魔物の買い取りを組合に依頼する場合は、あちらにある受付にお願いします」
お姉さんが左にある、二つの受付を指す。やはり、思った通りだ。
「組合の基準ではソロで活動を行う場合、自分のランクよりも一つ下の依頼を受ける事を薦めています。二人から三人のパーティーでは同ランク、五人からなるフルパーティーでは一つ上のランクを薦めています。また、パーティーを組む際は、自身のランクと一つ違いのランクの者でなければ、パーティーを組むことが出来ないのでご了承下さい」
「え、じゃあ自分より一つ低いランクの人と、一つランクが高い人とで三人でパーティーを組むことは可能なんですか?」
「それは不可能です。複数人のパーティーでも、ランクの違いは一つまでにとどめなければパーティーを組むことは出来ません。これは、冒険者の不正なランク上げ、所謂『寄生』を防止するための組合の規則です」
ほう。組合もちゃんとしているな。
「パーティーで依頼を達成した場合支払われるギルドポイントは人数分に等分されます。報酬については組合が関わらないので当人達で話し合って決めて貰います」
「ランクによって受けられる依頼って決まってますか?」
「はい。自身のランクよりも下位のランクの依頼に制限はありませんが、上位の依頼は自身のランクよりも二つ上となっています。但し、自身のランクよりも二つの以上、高い依頼の依頼内容を既に達成していた際には、不正がないか組合によって審査が行われ、問題がなかった場合には依頼を達成した扱いになります。そんなことは、滅多にありませんが」
じゃあ、実質制限なんてあってないようなものか。護衛の依頼とかは別だろうけど。
「説明はこのくらいですね。ギルドカードも丁度発行されましたので、お渡しします。依頼を受けるにはギルドカードは必須ですので、紛失した際等には再発行手続きをふんでください。では、どうぞ」
お姉さんから、ギルドカードを渡される。真っ白のカードだ。
何も書いていないと思ったら、俺が手に持つと、文字が浮かび上がった。
が、読めない。わかるのは数字の部分だけだ。
表記するとこんな感じ。
『ーーーー ーーーーー ーー
ーーー 0 ーーー 0
ーーーー 0/500 』
「次のランクまでは五百ポイントが必要となります。依頼を達成してどんどんランクを上げましょう!」
「は、はい」
受付のお姉さんが急にテンションが高くなったのでちょっと吃驚した。
しかも、格好が少しあざとい。可愛いのには間違いないが。
「私は受付譲のアイラといいます。よろしくお願いしますね、コウちゃん」
「よろしくお願いします、アイラさん」
さっきまでの事務的な対応とは大違いだ。ちょっときりっとしていた目も思いっきり垂れ目に戻っている。全体的にふにゃーとなった感じだ。
やることが終わって、力が抜けたのかもしれない。
まあ、キャラ的にはこっちの方がしっくり来る。
「あ、あと。最近、平原の方で飛竜の目撃情報があるので、気をつけてくださいね。組合にもつい先日、討伐依頼が出されました。久々のS級依頼ですよ」
S級か。あの熊は何級ぐらいだったのだろうか。
「ちなみにその討伐依頼の報酬ポイントは?」
「二百万ポイントですよ。一気にS級まで行けますね!」
二百万ポイント。桁が違うね。
俺は地道にポイントを貯めよう。レベル上げとか、こつこつする方が好きだ。
さて、売るもん売ってから街中でも散策するか。




