第十三話 魔物を狩ろうよ!
次の朝、目が覚めた俺はベッドの上で伸びをしていた。
「んー、よく寝た」
伸ばした両手をパタンと下ろす。横のベッドを見ると、布団がこんもりと曲線を描いている。どうやら、エリスは俺が寝た後、帰ってきたようだ。
昨日の夜はエリスと別れた後、寄宿舎の一階にある大浴場に入ってそのまま寝た。異世界に風呂があると言うのは驚きだった。シャンプーも石鹸もあったことにはさらに驚いた。
大浴場はかなり大きく、俺が入った時には誰もいなかった。いや、いない方が良かったかも知れない。女の人が沢山いたらのぼせて鼻血を出してぶっ倒れそうだわ。まあ、鏡があったから自分の体はまじまじと見たんですけどね。
「さて、今日はどうすっか」
エリスに聞いた話によると、戦闘指導教員は受験があるまで何にもないらしい。要するにちょー暇だ。一応、学院長とアレンには模擬戦闘で迷惑をかけたし、謝りに行くべきだろうけどまだ朝早いし。
「あっ、魔物狩り」
そういえば、食費を賄う為に魔物を狩ることにしたんだったけか。ついでに冒険者の登録も今日中にやっておこう。依頼とかやりたいし。ほら、俺って心は男だからそういうの興味あるんだよ。
組合って何時から開くんだろう?
そんな疑問を抱きながら俺は起き上がり、ベッドから降りた。
「平原はあっちかなあ」
顔洗って身だしなみを整えると、俺は学院都市の門の前にいた。今から魔物を狩りにいくのだ。狙うは昨日たらふく食べた星兎か雷電馬。まあ、星兎は腐るほどいるらしいから、すぐ見つかるだろうけど。
「お嬢ちゃん、今からどこにいくんだい?」
すると門の前にいた見張り兵らしき人が声を掛けてきた。.....ああ、こんな見た目だから心配になって声を掛けたのか。時々、自分が幼女だと言うことを忘れるな。
「ちょっと、魔物狩りに」
良い言い訳が思い付かなかったのでそのまま言ってしまった。俺の予想外の言葉に兵隊さんは一瞬口を開けて固まるが、俺の長い耳に視線をやるとああ納得、みたいな表情になった。
「ああ、お嬢ちゃんエルフか。気をつけて行ってくるんだよ」
「はい、わかりました」
.....どうやら、エルフは子どもでも強いらしい。俺は魔力が無いから魔法は使えないけど、まあ同じことだな。
兵隊さんの応援を受けて、俺は全力疾走を開始した。景色が前から後ろに流れていく。都市を囲む城壁の近くには魔物はいないらしい。魔物が多いのは丁度昨日、学院都市に来る際通った道の近くの平原だと。
確かに何回か魔物、踏んだしな。よく見てなかったが、星兎を踏み殺していたかも知れない。
五分ほど走ると魔物の姿がちらほらと現れ始めた。
多分、星兎であるだろう星形の痣を持った普通の兎を十倍位にしたばかでかい兎。他にも名前は知らないが、スライムっぽい粘体とかゴブリンとかいる。THE・初心者フィールドって感じだ。馬、いねえな。
とりあえず、近くにいた星兎に近付く。近付く俺に気づいてウサ公は可愛らしい鳴き声を上げた。
「キュピッ!」
可愛らしい鳴き声だが、どうやら攻撃する気満々の威嚇の鳴き声だったらしい。結構な速度で突進してきたので俺はウサ公を受け止めた。
「キュイ....」
どうやら俺を吹っ飛ばすつもりだったのがいとも簡単に受け止められてショックだったのか悲しそうな鳴き声を上げて上目遣いで俺を見上げるウサ公。
はっきり言って可愛い。円らな瞳が俺を射止める。昨日俺はこんな可愛い生物の肉を五十人前平らげたのか。ちょっと罪悪感が湧くが、しかし、こっちも食べていかないとやっていけないわけで、ちなみにこいつは魔物だから害獣なわけで。
「えいっ」
「ギュピッ!?」
決心をつけた俺はウサ公の首に腕を回し、絞め殺した。ごきっと生々しい骨の音が聞こえる。俺が手を放すと、絶命したウサ公は地面に体を横たえた。
まずは一匹。
とりあえずは十匹は狩っておこう。ウサ公の死体を適当な場所に放置して、次の獲物にターゲットを移す。幸い、星兎の数は多い。すぐに狩れるだろう。
「どんどん行くぜー」
俺は呑気に草を食んでいるウサ公にドロップキックをかました。
そして、八匹目。
チョップで頭蓋骨が陥没して絶命したそれを肩に担ぎ、ウサギ置き場へと持っていく。十匹まで後二匹だ。所要時間はおそらく十分もかかっていないだろう。
だがしかし、俺が七匹分の死体を積んでいる場所には招かれざる客がいた。
ウサギの死体を覆い被さるようにしてウネウネと蠢く、青色の粘体。名前は知らないが、スライムっぽい何かだ。
「人の食料を!」
それを見た瞬間、俺は背に担いだウサギの死体を放り捨て、スライムっぽい何かに突進した。このやろう、ハイエナめっ!俺のウサギを食べる積もりか、そうはさせねえ。
「横取りしてんじゃねえ!」
俺はスライムっぽい何かの上に飛び乗った。つかみかかるが、スライムっぽい何かはすごーく水に近いゼリーみたいな感触で全然掴めない。どうするんだ、これ。
手ですくってみるがぬるーんと下向きに落ちて、何事も無かったようにウネウネし始める。全然掴めない、くそったれ!気持ち悪いんだよ。
「どうする?」
攻撃はしてこないようなので観察を試みた。どっかに弱点っぽいのがないだろうか。
流石にそう簡単にはないよなと思ったらあった。なんか五センチ四方の丸い核っぽいのがあったわ。
完全に弱点だわ、これ。
「あ、よいしょ」
スライムっぽい何かの中に手を突っ込み、核を握りつぶした。
その瞬間、スライムっぽい何かのウネウネが停止し、でるーんと纏まりがなくなって地面に体を構成する粘液が垂れていった。おそらく、死んだのだろう。予想通り、あの核が弱点だったのだ。
「弱え.....」
流石、某国民的RPGでは最弱のモンスター。異世界においても安定の弱さである。まあ、あんなきしょいのが強い異世界は嫌だなと思う。
「まあ、これでともかく八匹目だな」
放り出したウサ公の死体を拾ってきて、死体群の上に重ねる。後、二匹。たった、二匹ですよ。....どうやって持って帰ろう、これ。
ちょっと、十匹は多すぎたかも知れない。
「ヒヒーン!!」
自分のしでかした事に悩んでいると、遠くから馬の鳴き声のようなものが聞こえてきた。馬か、馬ねえ。馬車とかあったら、持って帰られるかな.....
「って、馬!?」
馬刺!思わず、声がした方向を振り返る。そこには、雷を纏わせながら凄い速度で平原を突っ切る黄色と黒のしましまの馬がいた。
その速度は恐らく自動車とか普通に越えているだろう。あっという間にその姿が小さくなっていく。流石、異世界。馬も尋常じゃねえ速さだぜ。
だが、俺も足の速さには自信がある。
俺は馬を追いかけてクラウチングスタートを決めて、全力疾走を開始した。やはり、俺の方が速く、あっという間に馬に追い付く。
「こんちわー」
馬の横に並走して、挨拶をかます。
「ブルル!」
そのふざけた態度がご不満だったのか、鼻息をあらげて抗議する馬。馬だがただの馬じゃない。その黄色と黒の毛並みは普通の馬じゃあり得ないし、バチバチと音をさせて雷っぽいのを全身に纏っているのはもっとあり得ない。
こいつは馬であっても魔物。俺が密かに狙っていた雷電馬に間違いない。やべ、涎出てきた。
「ブルルッ!」
バチバチバチバチ!!
並走する俺に雷電馬が身に纏っている電撃をぶつけてくる。当たっても多分大丈夫だろうけど、一応距離をとって避ける。
だが、それがやつの策のようだった。
「ブルッ!」
俺が避けて速度を落とした瞬間、雷電馬の体が音を立てて発光し、一気に加速した。
その速度は先程よりも圧倒的に速い。一気に距離を離されていく。
「不味い。見失ったら、もう馬刺が食べられない」
さっきはそこまで速くなかった。それはつまり、今の状態は雷電馬の何かしらの能力なんだろう。ずっと続くとは思えないが、見逃したら奴の勝ちだ。
思いっきり全力疾走するが、追い付けない。雷電馬の揺れる尻尾が、馬刺がどんどん離れていく。
俺は追い付けない。馬刺はもう.....駄目だ。
俺が諦めたかけたその時、少年の声が響いた。
「《砂の刃》」
その声と同時に雷電馬の周囲の地面から砂が浮かび上がり、空中で集まると密集して刀の刃みたいな形を形作った。
そして、その砂の刃は雷電馬の頭上に移動すると、一気に降り下ろされた。
ブシュウウウウ!!
降り下ろされた瞬間、雷電馬の体から噴水のように血液が噴出し、雷電馬は砂煙を上げて、地面に倒れこんだ。
俺は雷電馬が倒れこんだ場所に十秒もかからず辿り着いた。
「Oh、スプラッタ」
雷電馬の状態は酷い有り様だった。おそらく先程の砂の刃はこいつの首に向かって降り下ろされたのだろう。雷電馬は頭部と胴体に分断され、二つとも地面に転がっていた。そして、その周りは噴出した血液によって真っ赤に染まっていた。
まあ、俺がやってもスプラッタにはなったんですけどね。口から内臓でたり、目の玉飛び出したり。熊とか猪とかそうだったし。
さて、これはどこのどいつがやったのかな?
「すいません。取り逃がしそうだったので、思わず手が出ちゃいました」
先程の少年の声が聞こえた。声がした方向を向くと、近くにあった大岩の上にターバンを頭に巻いた、褐色の少年が立っていた。
目がくりくりとした純粋そうな少年だ。格好は昨日今日の知識だが、あんまり見たことのないような奴だ。強いていうなら、前世での中東の人達の格好に近いのかも知れない。
その少年は岩を飛び降りて、着地すると此方へ近づいてきた。
「君がこいつを殺したのか?」
「ええ、異国の地でその土地の空気に慣れるのも兼ねて、魔法の練習がてら魔物を狩っていたんですよ。それで、さっき貴女が雷電馬を追いかけていたのが目に映ったんです。あ、魔物の死体は差し上げます。勝手に手を出したのは僕の方なんで」
中々、礼儀正しい奴じゃないか。とにもかくにも早く帰って馬刺が食いたいな。せっかく死体をくれるっていうし。
「それにしても、凄い足の速さでしたね。エルフなのに凄いですね」
「ちょっとした特異体質なんだ」
別に転生者って言っても良いけど、説明がめんどくさいからな。それに他人にわざわざ教える必要も無いだろう。
「じゃあ、これ持って帰っていいか?」
「良いですよ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
俺は雷電馬の死体の胴体部分だけを持ち上げて、肩に担ぐ。軽い、軽い。頭部は.....いらんわ。
すると、ターバン少年がぎょっとした顔で俺を見ていた。
「.........魔法は使わないんですか?」
魔法を使って持って帰ると思ったんだろうか。いえね、魔法は使えないんですよ、僕。その代わり、力はあるんですよ。
「.....特異体質なんだ」
とりあえずこう言っとけば解決するような気がした。俺はターバン少年に背を向けて歩き出す。
「あ、あの」
「なんだ」
「明日も、このくらいの時間にいるんで一緒に狩りをしませんか。僕の名前はヘーレスといいます」
ふむ、ヘーレスか。知らない名前だ。
「いいぜ、じゃあ明日な。俺の名前はコウだ」
「じゃあ、コウさん。また明日」
「ああ、じゃあな」
さて、うさちゃんたちはスライムっぽいのに襲われずに無傷でいてくれるんだろうか?
さて、辿り着きました。学院都市の入り口。門番の兵隊さんたちが俺を異様な視線で見てくるのが気になる。気になるが、素通りしよう。それが平和だ。
だが、門番の兵隊さんはいらない勇気を振り絞ったらしい。俺に戸惑いながらも声をかけてきた。
「お、お嬢ちゃん。大丈夫かい?」
何が大丈夫なんだろうか。背中の奴らはみんな死んでいるので全然大丈夫じゃないけど、僕は至って健康ですよ?
いや、そういうことじゃないよな。兵隊さんが言いたいことは。けれどいちいち相手してやる暇はないぜ。腹減ってるし。
「き、今日は....大漁ですよ!」
とりあえずそう言って、急いで門の中に駆け込んだ。




