第十一話 お買い物
1時間以上経つが俺達はまだ『サーシャとターシャの愛の呉服屋』の店内にいた。
俺の採寸はとっくに終わったが、ターシャは俺を手放す気は全くないらしく、店内に飾られているふりふりしたドレスやら、ワンピースやら次々と着せられ、見せ物になっていた。
まるで着せ替え人形になった気分だ。俺は可愛らしい服を着せられる度に精神をがりがりと目に見える速度で削られ、逆にターシャのテンションは上がっていく。
最悪だ。なんで女の子に転生してしまったんだ、俺は。
はあ。
「はあい、次はこれよお」
一体これで何着目だ。ターシャの巨大な両手に握られているのはフリルが沢山ついた青色のワンピース。さっき着たワンピースと何が違うんだろうか。色が違うだけじゃねえか。
だが、俺に逆らう気は起きなかった。もし、断ったりすれば満面の笑顔を浮かべるターシャの表情が般若へと変化する過程が容易に想像出来る。大人しく従った方が無難だ。
はあ。
俺はターシャが手に持っているワンピースを受け取ると、いそいそと服に袖を通し始める。ごわごわとしてそうだが意外と着心地が良いのがむかつく。ここにある服は全てターシャとサーシャが作っているらしいが、よくこんな体格で服が縫えるものだ。
着終えた俺は、ターシャの前で見せつけるようにくるっと一周回る。これもターシャの要望だ。あー、やだやだ。
「あはあ、やっぱりこういう淡い色の方がコウちゃんは似合うわねえ。やっぱり、エルフは自然色が一番。あら、もう着せる服がないわあ。もう。私は姉さんを手伝ってくるからあ、そこに座って待っててくださあい」
似合うも似合わないのもどうでもいい。けれど、これでようやく着せ替えショーが終了した。俺は安堵の溜め息をつくとワンピースを着たまま、言われた通りに椅子に座った。
近くにある鏡に自分の姿が映っているのに気づく。
青色のワンピースを着た、首もとまで金髪を伸ばした長い耳が特徴の可愛らしい少女。はっきり言ってめっちゃ似合っている。だが、これが自分だと思うとなんだかやるせない気持ちになる。
はあ。
「赤か黒か.....紫とかもどうかのう」
「それも良いわねえ。どうかしら、ターシャ」
「いいんじゃない?エリスはお金持ちなんだから全色買わせましょうよお」
「む、ローブの代えも少なくなっておるしのう、各色二着ずつ貰おうか」
「「毎度おー」」
どうやら、エリスの買い物も終わったらしい。
エリスは魔法使いだからか基本的にローブしか着ないらしく、それは二人も承知しているようで奥から次々と様々なデザインのローブを出してエリスに選ばせていた。
結局、一種類のデザインのローブの色違いを幾つか注文したようである。なぜ他のデザインのローブも選ばないのか不思議だが、エリスの拘りなのだろう。それもわかっているようで二人は何も言わない。
ローブを選び終わったエリスはこっちに来て、俺の横に座った。
「買い物は済んだのか?」
「わしのはな。お主のは決めたか?ターシャに色々着せられたのだろう」
あれ、俺のも買うのか?
「着替えの衣服がなければ不便だろう。気に入ったのを五、六着選ぶといい。なに、金の心配はせんでいい。わしはお主に迷惑をかけたのだからな」
「いやでも、それは籠手で手を打つって....」
「それに比べれば衣服代などはした金だ。気にするな」
そんなに籠手って高いのか?まあ、一応武器だしな。それなりに値ははるのかもしれない。それに服がないのは確かに不便だ。ここはお言葉に甘えさせて頂くとするか。
「えーと、これと、これと」
俺は立ち上がり、さっき着て脱ぎ捨てた服の残骸の山へと向かう。とりあえず着やすそうなワンピースの派手ではない色を六着ほど適当に選びとり、山の中から引き抜く。
上下別々の服は着るのがめんどくさそうだしな。ワンピースが一番いい。動き安いし。
「とりあえず、これで」
選んだ服をエリスに見せる。
「全部同じようだのう」
うるせー。お前だって同じようなローブ選んでるだろうが。
まあ、これでいい。俺は手に持った衣服を会計の台に置いた。その横には真っ白の無地のパンツが十枚積み重ねられていた。エリスじゃない。俺のだ。
俺がパンツを持っていないのが判明したので、三人の抗議を無視しながら、全く面白みもない真っ白パンツを選んだ次第だ。エリスはノーパンだったが既に売っているパンツを購入して穿いている。案の定黒だった。
すると、一度店の奥に入っていったサーシャとターシャが出てきた。
サーシャが会計台の上のさっき俺が置いた衣服類を見て言った。
「あら、エリスこれも買うの?」
「それはこやつの分じゃ。下着どころか代えの衣服を一着も持っておらんのでの」
「大量購入ありがとうございまあす。あー、今月はほくほくよお。久しぶりの黒字よお、黒字。これでターシャと依頼を受けなくて済むわあ」
「依頼は依頼で、ストレス解消にはなるけどねえ」
エリスに聞いた話だが、店の経営は基本的に赤字なので足りない分を組合で依頼を受けて、その報酬で補っているらしい。
組合っていうのは魔物の討伐とかを冒険者に依頼するRPGでよくある組織だ。どこの都市にもあって、勿論この学院都市にもある。組合には手軽に加入できて、この都市の学院に通っている学生もバイト感覚で組合に加入しているとか。
確かにこの二人強そうだしな。
「む、今月?わしらの他に店を訪れた物好きな輩がいるのか?」
「物好きとはなによおー。コウちゃんに負けず劣らず可愛らしい娘だったわよ?ねえ、ターシャ」
「ええ、素敵な獣人の女の子だったわよお。虹狐族といったかしら?尻尾と耳がチャーミングで思わず撫でてしまったわあ」
コウキゾク?
「コウキゾクってなんだ?」
「獣人の中でも珍しい種族じゃな。お主は知らんでも当然じゃが、獣人の中にも様々な種類がおる。虹狐族は獣人の中でも唯一魔法が使える種族じゃ。虹に狐と書いて虹狐じゃな。適性がある魔法の属性の数によって尻尾の数が変わるという奇妙な特性を持っておる」
へえ、狐耳か。触ってみてえ。
「そういえば、その子も受験生のようだったわあ。どこの学院かは聞かなかったけどお」
「おそらく、魔法系の学院じゃな。虹狐族のポテンシャルはエルフにも匹敵するからのう。わしらの学院を受験するかもしれんなあ」
ここに魔法が使えないエルフがいますが。まあ、もし新入生なら触れる機会があるかも知れない。ボディタッチは転生前は完全に犯罪だったが、今は完全に合法だ。何故なら、俺はロリだからだ。
「その娘、婚約者がいるみたいでえ、正に恋する乙女って感じだったわあ。『ガルル様は似合うって言ってくれるかしら』なあんて。ねえ、姉さん」
「ほんと、ほんと。私も素敵な殿方が欲しいわあ」
多分出来ねえと思うなあ、俺は。というかいい加減、腹減ったわ
「買い物済んだんだろう?出ようぜ、腹減った」
「ふむ、そうじゃな。では、サーシャ、会計を済ませてくれ。わしらはこれから飯を食いにいくのでの。買った品物は学院に配送しておくれ」
二人は不満そうな声をあげた。
「えー、もう行くのお?もうちょっとゆっくりすればいいのにい」
「もう、仕方ないわねえ。はいはい会計ねえ」
しぶしぶ、サーシャが会計をし始める。
俺は会計をするエリスを置いて、外に逃げるようして出た。
こんな店、二度と来るか。




