第十話 サーシャとターシャの愛の呉服屋
エリスがノーパンだということが判明したので、俺とエリスは飯を食べる前に服とか下着とかを買うため、衣服を扱う店を探していた。
エリスは以前学院都市に住んでいたらしいが、それも数十年も前の話なので、街の様子などはかなり変わっているらしく、全然当てにならない。そういうわけで、俺たちは実際に歩き回って店を探す必要があった。
三十分ほど探し回って、俺たちは歓楽街から少し離れた路地を歩いていた。衣服を扱っているような店は多く見つかるのだが、俺達の背丈にあった服、つまり子ども用の服を扱う店が一つもなかった。
若者が集まる学院都市だというのに気が利かないものだ。
「そうは言うがのう。例外はあるが学院の入学するのは成人になってからが殆どじゃ。子どもの数は普通の都市よりも少ないと思うぞ?」
この世界の成人は十六だ。都市の多くの大半が学生だとするのならば、確かに子どもの数は少なそうである。
「じゃが、一軒だけ子ども服しか扱わんわしの行きつけがあったんじゃがのう。潰れたんじゃろうか」
「潰れたんじゃねーの」
それは潰れそうだ。だって子ども服しか扱っていないんだから。子どもがいないんだから、そもそも客が来ないだろう。
すると目の前に、おっきなショーウィンドウがある衣服屋さんらしきものが見えてきた。ネオンでもないだろうが、目がちかちかするような光に照らされて、薄暗い路地だというのに異様な存在感を放っていた。
「お、あの店はそうじゃないか?」
俺はエリスを置いて駆け出す。
店の前まで走ると、ショーウィンドウを覗く。
「うわっ」
そこには、思わず俺が引いてしまう光景があった。
おそらく、女児をモデルにしたマネキンが入り口の左右のショーウィンドウに所狭しと並べられ、ワンピースやスカートなど、様々なデザインの衣服によって飾りたてられている。それらが過剰な迄の光に照らされて輝いていた。
俺は本能的に後ずさる。それは元とはいえ男が近寄っていい類のものでは無いからだ。店のショーウィンドウでも立ち止まって眺めようものなら、殆ど犯罪者の扱いだ。立ち入るにはジュエリーショップに入るかそれ以上の勇気が試されるだろう。
これは駄目だ。
おののく俺に、エリスが追いついてきた。エリスも店のショーウィンドウを覗く。それを見たエリスの反応は意外だった。
「こ、これはっ!!」
それはまるで天啓を得たかのような敬虔なる信徒の表情。要するにめっちゃ喜んでいる。そんな感じ。そこで俺はさっきのエリスの話を思い出す。それは、この学生都市に子ども服だけを売っている店があったという話だ。
まさか、この店がそうなのか。というか女の子の服しか売ってねえじゃねえか。
そんな俺を尻目にエリスは店の入り口に一切の躊躇いなく向かい、そのドアを開けた。
カラン、コロン。ドアを開けると、何処かで聞いたことがあるような軽やかな音が鳴った。
同時にエリスが店の中に向かって叫んだ。
「可愛いロリは!」
すると店の奥からファンシーなエプロンを纏った全身に筋肉という装甲を装備したガチムチが飛び出してきた。エリスの言葉にガチムチが呼応するように叫んだ。
「世界の宝!!」
あろうことかエリスとそのガチムチは抱き合い、互いの背を叩き会う。何の合図だよ。
「久しぶりじゃな、サーシャ!もう店を畳んだかと思ったぞ!」
「あんたこそ、全然変わってないわ!これだから、合法ロリは!んもうっ、最っ高!!」
なんだ、これ。ついていけない。
「ふーん、じゃあ、あんたはずっと山籠りしてたわけね」
「魔法の研究じゃ。気づいたら、赤子が一人前になるぐらいの年月が経っておった。時の流れとは恐ろしいものじゃ」
「あんたの場合、見た目が変わらないから特にそう思えるんじゃない?私達は年をとったわ」
「鬼もそれなりに高寿命じゃろうが。全然変わっとらんわ」
「いやいや、そんな事ないわ。これ見て、これ。もうカサカサよお。お肌の潤いがめっきり少なくなったわあ」
「そうかのう。筋肉は以前よりも張っとるようだが」
「わかるう?新しいトレーニング方法を始めたのよ。それでもう私もターシャもばっきばき。うらやましいでしょう?」
「いや、全然」
キャッ、キャッと椅子に座ってガールズトークを行うのはロリババアとガチムチの二人だ。内容は少しおかしいが。
俺とエリスが入った店は『サーシャとターシャの愛の呉服屋』。ネーミングセンスは謎だ。扱っているのは子ども用の服。店に並んでいるのは殆ど女の子が着るもののようだが、一応男物も扱っているらしい。
店を営むのは二人の鬼、ターシャとサーシャだ。鬼というのは東方の島国だけにすむ希少種族で力に優れている。そのため女性も男性もガタイが大きくムキムキらしい。そのため、ターシャもサーシャも歴とした女性だ。
二人はエリスや俺のような幼女が着る服を作って着せるのが大好きらしい。そんな二人の感性は故郷の皆さんとはそぐわなく、故郷を出てこの都市に流れ着いたと。異世界にも中々ぶっ飛んだ人物がいるものである。
「はい、じゃあ腕を上げてねえ」
そして俺の目の前にいるのがターシャ。エリスとガールズトークを繰り広げているサーシャの双子の妹である。名前だけは可愛いな、畜生。
何故か俺らは椅子に座らされ、採寸を受けていた。店を入った瞬間、有無も言わさずに、だ。
「あのー、どうして採寸を?」
俺は真剣な表情で俺を採寸している目の前のターシャに尋ねる。答えは即答で帰ってきた。
「あなたがロリエルフだからよ」
畜生、意味がわからん。
「こんな最上級の素材はそうそういないわあ。だ・か・ら、隅々まで測ってあなたに最もフィットした最高の衣装を仕立ててあげる。わかった?じゃ、そのダッサイ服脱いで、早く、早くう」
どうやら胴体の採寸に移るのか俺の着ている貫頭衣を脱がそうとするターシャ。俺はもう諦めていた。目の前のターシャにとても勝てる気がしなかったからだ。
俺は言われた通りに服の裾を引き上げる。腰の所まで引き上げた所でターシャに手を押さえられた。
「ちょ、待ちなさい!あなた下着穿いていないわね!?」
間近でターシャに怒鳴られる。ああ、そういえばそうだったな。穿いてなかったわ、俺。
ターシャの声に反応して、サーシャも声をあげた。
「ええ、本当う!?ちょ、エリス。何、あんた顔真っ赤にしてんのよ。もしかして、あんたも?」
「や、やめるんじゃ。サーシャ!」
どうやら、エリスの方も勘づかれたようだ。サーシャが無理矢理エリスの着ているローブを剥がしにかかる。絵面的には相当やべえぞ、あれ。
「やっぱり!あんたそんな性癖に目覚めたの!?一度も男が出来たことが無いからってそれはないわよ。引くわあ!」
「ご、誤解じゃ!たまたまじゃ、たまたま」
たまたまでそれはないだろう。言い訳が苦しすぎる。すると、目の前のターシャがエリスに声をかけた。
「やだあ、エリス!この子も下着穿いていないけど、あんたが強要したのね?嫌だったでしょう?もう、大丈夫よ。私がとっておきのとびっきり可愛い下着をチョイスしてわげるわあ」
ターシャとサーシャが俺に憐れみの視線を向けてくる。どうやら、エリスがいたいけなエルフ(俺)に無理矢理ノーパンを強要したように捉えたらしい。
いや、エリスのパンツを剥いだのは俺ですがね。
「ご、誤解じゃーー!!」
エリスの悲鳴が『サーシャとターシャの愛の呉服屋』に響き渡った。




