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気付けば幼女、気付けば異世界  作者: パンセ
一章 学院都市イールギール編
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第八話 究極魔法詠唱者

 エルク・イールギールは珍しく怒っていた。


 彼は普段は冷静で穏やかな気質を持つ人物である。見た目は若いが、彼もエリスと同じく見た目通りの年齢ではない。少なくとも、コウが想像した髭がもっしゃもっしゃの爺に至るよりも遥かに超える年齢を重ねている。


 それはエリスのように竜の因子を有しているとは別の理由によるものだが、今はそれを語るのはやめておこう。


 そんなわけで、エルクの精神は見た目よりもずっと老成しており、彼が感情を露にすることはあまりない。


 だが、エルクは珍しく怒っていた。それは、目の前で暴走状態に陥っているエリスにではない。エリスが暴走状態に陥るのを止められなかった不甲斐ない自分自身に、だ。


 エリスが暴走状態に陥ってしまうのは予想しておいてしかるべき事態だった。負けず嫌いの彼女が追い詰められれば、こうなることはエルクには予想できて当然だったのだ。


 いや、彼女自信もこうなることは予想しておいたかもしれない。だからこそ、彼女は事前にエルクに言ったのだ。コウは自分に匹敵するかもしれないと。


 その忠告をエルクは軽く捉えてしまった。いや、どちらが勝つか見てみたいと言いながらも心の中ではエリスが負けるはずがないと考えていたのだ。例え、コウが強力な外れし力(チート)を有しているといっても、エリスが敗北するとはとても思えなかった。


 転生者という存在は強力だ。彼らの有する外れし力(チート)はどれも常軌を逸している。だが、この世界において彼らを超える力を有するものは決して少なくない。


 勇者、魔王、三重精霊刻印森人トライアル・ハイ・エルフ覚醒獣アラウザル・ビーストマン究極魔法詠唱者アルティメット・キャスター、そして、ドラゴン


 少し考えるだけですらすらとこれだけのネーミングがあげられる。しかし、これらはこの世界においても頂点の中の頂点だ。これらの他にも転生者に対抗できる力を持つものは多く存在するだろう。


 転生者アウターはこの世界において頂点ではない。頂点にはなれない。


 そして、『竜の娘』であるエリスは少し異端ではあるが間違いなくこの世界において頂点の一角である。


 そんな彼女がいくら強いといっても転生者アウターであるコウに敗北するとは思わなかった。いくら、【機姫キキ】が破られようとも、彼女はそれらを無数に有している。破られる度に新たな【機姫キキ】を繰り出せば、いずれはエリスが勝利するだろうと微塵も疑ってなかった。


 だが、エリスは予想以上に追い詰められた。追い詰められてしまった。


 だから、暴走状態に陥ってしまった。理性を失い、普段は押さえている竜の本能を剥き出しにした。模擬戦闘だというのに、当たれば即死する《竜の吐息(ドラゴン・ブレス)》をコウに放ち、試合をやめさせようとするエルクとアレンに竜言語を使用した。


 エリスはもう止まらない。それは、短くない付き合いからわかっていた。


 エルクとエリスの関係は少々特殊である。エリスは彼の先生であり、師匠であり、そして母親代わりだった。


 母親を早くに亡くし、父親は今のエルクのように学院長として多忙のなか、幼いエルクの世話役として任されたのがエリスだった。あらゆる魔法属性に適性がある彼女は、血筋的に多くの魔法属性に適性を持つエルクの魔法の教師として打ってつけだったからだ。


 外見的に幼いエリスにエルクはすぐに懐いた。エリスも教えた魔法をすぐに覚え、使いこなすエルクを可愛がった。時には遊び相手として、時には魔法の先生として、時には甘えたい年頃のエルクの母親代わりとして。


 エルクが成人した後も、彼女は魔法学院の教員として彼の近くにずっといた。そんな二人の付き合いは長く、その絆の深さは親子のそれに匹敵する。


 その付き合いの中で、エルクがエリスの暴走状態を目にしたのは一度や二度ではない。極限の危機的状況でなくても、感情の振れ幅により簡単に暴走状態に陥る。竜の因子を受け継ぐエリスは容易に理性が竜の本能に喰われる。


 竜は傲慢だ。敗北というものを知らず、一度敵と見なしたら相手が死ぬか、再起不能になるまでとことん攻撃を加える。竜の怒りを買い、一夜で国ごと滅びた話など枚挙に暇がない。


 今の暴走状態のエリスは竜のそれに最も似通っている。既に言葉では止まらない。逆に言葉だけで此方を排除してくる。だから、力づくで止める必要がある。


 では、エルク・イールギールは最強の一角である『竜の娘』エリス・フェン・ドラグノートのを止められるのか。


 止められる。


 そのためにエルクは束縛を得意とする土魔法を修めたのだから。


 そのためにエルクは土の究極魔法詠唱者アルティメット・キャスターとなるまで修練を重ねたのだから。


 


 


 


 

 走り去っていくアレンを尻目にエルクは観客席から下の場所フィールドに舞い降りた。


 ローブが翻り、エルクは地面に着地する。側で着地したのにも関わらず、一切此方に視線を寄越さず、地面で苦痛に呻くコウに注意を向けている。


 「止めろ、エリス。コウ君はもう戦えない。試合は終わったんだ、エリス。君の勝ちだ」


 だが、言葉は届かないらしい。エリスはコウに向かって歩みを進める。エルクは口調を強め、再度警告をエリスに向かって放つ。


 「止まれ、エリス!コウ君をーー殺す気か!!」


 それで漸くエリスが此方を向く。だが、その表情ははっと我に戻ったそれではなく、まるで顔の周りを飛ぶ蝿をうっとおしがるような、そんな表情だった。エリスが口を開く。


 「『煩わしい(ワズラワシイ)』」


 今のエリスの言葉はただの音ではない。その言葉に籠められた意思を魔力によって現実に具象化する力を持った言葉だ。


 竜言語。


 ウィング吐息ブレスに続き、竜が持つ無数の力の内の一つである。


 力を持つ言葉。俗に言霊コトダマとも言われるそれは、魔力を精霊でも理論でもなく、本能によって力に還元する竜にだけ許された特権である。そして、人ではなく竜が最も初めに言葉を有した生物と言われる所以である。


 エリスの意思に従い、魔力が具現化する。


 途方もない衝撃がエルクの体を襲った。


 「ぐっ、エ、リ、ス」


 先程放たれた言葉よりも数段に威力が高くなっている。それは、エリスの性質がどんどん竜に寄っている証拠だ。


 エルクの体が数メートルによって後ろに退行する。体が宙に浮かないように、地面と足を繋げる。


 止まった時には、エリスはコウの目の前にいた。


 不味い!


 「止めろお!!エリスッ!!」


 エリスは足元で痛みに呻くコウを無表情で見下ろした。そして、破壊の言葉を発する。


 「『爆ぜろ(ハゼロ)』」


 ドン!!


 その言葉と同時に地面で爆発が起き、コウの体が吹っ飛ばされる。


 「が、はっ!?」


 壁に叩きつけられたコウは、遂に痛みの許容量が超過したのか、意識を失い地面に落ちる。


 気絶したコウに向かってエリスは歩を進める。エリスは止まらない。恐らく、コウを殺すまで、やめる気は無いだろう。


 力づくで止める。


 だが、時間が足りない。アレンに堂々とエリスを止めると言っておきながら、彼女を止めるのは困難を極める。


 エリスを止めるには最上級魔法では不可能だ。究極魔法でなければ彼女を止められない。いや、最上級魔法でエリスを止めることができたのならば、エルクは僅か二十歳という魔法使いの中では若齢も若齢で究極魔法詠唱者アルティメット・キャスターにはなれなかっただろう。


 だが、究極魔法の発動には時間がかかる。このままでは、魔法の発動の前にエリスがコウを殺してしまう。


 時間が足りない。


 エリスの気を引かせるために戦闘を行いながら、究極魔法の発動は不可能だ。究極魔法は消費する魔法も桁違いながらその構成も煩雑であり、発動には相当の集中力が必要とされる。


 他に何かエリスの気を引かせる必要がある。


 だが、半端な戦力では無意味だ。そんなもの今のエリスには紙切れが立ち塞がるに等しい。だからこそ、アレンはここに残さず、クレックを呼びに行かせたのだから。


 「何か、無いのか!」


 エルクは思考する。今の状態を打開するための策を。だが、何も浮かばない。余りにも手が無さすぎる。こんな事ならば、校舎にいる教員を誰でもいいから一人連れておくべきだった。しかし、後で嘆いても仕方ない。


 苦悩するエルクの目の前でエリスが気絶するコウのすぐ側まで近づいた。


 エリスが口を開く。


 エルクは究極魔法の発動を諦め、エリスと戦闘を行うことを決意した。


 「魔力を消費してしまうが、コウ君の命には変えられん!」


 エリスが言葉をいい終える前に魔法を発動させる。エルクはその思考よりも早く、魔法の構成を終了させた。


 「『死ーー』」


 「《土の掌ーー(サンド・グラーー)


 その時、異変が起きた。


 ーキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ


 「ぐっ、ああ!?」


 「な、なんじゃ!?糞が!」


 どこからともなく生じた奇怪な音が二人の鼓膜を揺さぶった。それは強烈な不快感を呼び、エリスとエルクは耳を押さえ、地面に膝をつく。


 これは、何だ!?


 ークスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス


 その音は耳鳴りがするほど甲高く、何処か少女の笑い声のようであった。一体、何が起きているのかエルクにはさっぱり検討がつかない。


 だが、これはチャンスだ。エルクは中断していた魔法の構成を始める。この奇怪な音にエリスが気をとられている今ならば、究極魔法の発動のための時間を稼ぐ事が可能だ。


 ーケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ


 「うう、ぐう!」


 何が何だかわからない現象に助けられ、エルクは究極魔法の構成を終える。そして脳内の構成を体内の魔力を消費して、現実に具象化する。


 エリスを止めることが出来る唯一の究極魔法の名を叫んだ。


 「静まれ、エリス!《最下にて罪人を(アンダー)待つ黒土の監獄(ジェイル)》!!」


 エルクは片方の手のひらを地面に叩きつけた。


 その手のひらを中心に黄土色をした闘技場の地面が硬質な音を立てて、波打ち蠢いて色を変え、光を反射しないコールタールのような漆黒へと変化する。そして、その地面の変化はうずくまるエリスの足元まで伸びる。


 「ぐっ!?これは!!」


 足元の変化に気づき、エリスが叫ぶ。だが、もう遅い。


 「少し頭を冷やせ、エリス」


 次の瞬間、漆黒の黒土がエリスの足元から四方に伸び、エリスの体を包み込んだ。


 「ぐっ!『放せ(ハナセ)』『放せ(ハナセ)』『放せ(ハナセ)!!」


 エリスは竜言語を乱発し、体を包み込む黒土を引き剥がそうとする。だが、無駄だ。そんなもので引き剥がせるほどエルクの究極魔法はヤワじゃない。


 エリスがじたばたともがきながら、竜言語を乱発するなか黒土のエリスの拘束は着実に進んでいく。もうほとんど、エリスの体は黒土に覆われていた。


 魔力の消費量が莫大な究極魔法を放ったことにより、一時的な魔力欠乏になってエルクは少し足元をふらつかせながら、地面から手を放して立ち上がった。


 「収容、完了だ」


 エリスがいた場所。そこにはエリスの姿はなく、漆黒の球体が浮かんでいた。エルクが放った究極魔法、それは対象を限界まで圧縮硬化した土で拘束する、究極の拘束魔法である。


 たとえ中から竜の吐息(ドラゴン・ブレス)を放とうとも、エルクが生み出した漆黒の監獄は破られはしない。後は、エリスが鎮静化するまで閉じ込めておけば良いだけの話である。


 「はあ、後はクレックを待つだけだな。あ...」


 そういえば、何時の間にかあれほど煩かった耳鳴りは止んでいた。まるで、何もなかったかのように静まりかえっている。


 あれは一体なんだったのだろうか。


 「考えられるとすれば.....」


 エルクは気絶するコウに視線を向けた。あの耳鳴りはコウがエリスに殺される直前に始まった筈だ。あれは彼女の力なのだろうか。


 聞いたこともない現象だが、あの耳鳴りのお陰で助けられた事は事実だ。今はその事を感謝しよう。


 その時、背後からどたどたと騒がしい足音がした。


 アレンがクレックを連れて来たのだ。


 「おい、何だこりゃ!」


 三十代半ばの無精髭を生やしただらしない風貌の男、この学院で最も優秀な回復魔法の使い手が闘技場の惨々たる状況に声をあげる。


 クレックに気づいたエルクが彼に声をかけた。


 「クレック、早速で悪いが、あそこで気絶しているエルフの少女の治療をしてくれないか」


 「わ、わかった」


 クレックは事情を聞かない。コウの状態を一目見て危険だと判断したためだ。すぐさま、彼はコウの元へ走り寄り、治療を始めた。


 「止めたんですね」


 「ああ」


 何時の間にか横に来ていたアレンに言葉を投げ掛けられて、頷く。


 エルクは闘技場の天井に空いた巨大な風穴を一目見て、呟いた。


 「一週間後の入学試験迄に間に合えばいいが......」


 エルクは心の中で溜め息をひっそりとついた。


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 

終わったー!!

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