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気付けば幼女、気付けば異世界  作者: パンセ
一章 学院都市イールギール編
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第六話 模擬戦闘 後

 エリスの五つの防御魔法陣を破り、コウがエリスを投げ飛ばした。どれ程の威力で投げ飛ばされたのか、エリスが壁に背中から打ち付けられた瞬間、壁に大きくひびが入った。


 その光景を学院長は感心したといった様子で、一方アレンは信じられないといった様子を露にして二人の模擬戦闘を見守っていた。


 「......まさか、エリスの【防機姫ボウキキ】が破られるとはね」


 「え、エリスさんは大丈夫なんでしょうかね。すげえ、威力で叩きつけられたようですが」


 目の前で繰り広げられている試合は常軌を逸していた。


 普通ならば、一つ展開するだけでも困難な最上級防御魔法陣を同時に五つも展開し、自在に操るエリス。そして、その最上級防御魔法陣を容易く打ち破るコウ。


 あり得ない。アレンの常識が悲鳴を上げる。


 自分ならば、あの最上級防御魔法陣を一つ破るだけでも相当な労力を必要とするはずだ。幸いにも、防御魔法陣はダメージが蓄積される。攻撃を加え続けていれば、アレンでもあの最上級防御魔法陣はいつか破る事が出来るだろう。


 だが、それだけだ。


 アレンでは、最上級防御魔法陣を一つ破るだけでもやっと。しかも、ある程度の時間が必要とされる。そんな事をしていれば、エリスの反撃の魔法をしこたま喰らうだろう。下手すれば、防御魔法陣を一つも破れず、敗北してしまう可能性だってある。


 だからこそ、コウがどれ程異常なのかが理解できる。あの移動速度、そして攻撃力。いや、それだけではない。闘技場の天井や壁を移動し続けても息切れ一つも起こさない体力。そして、あれほど魔法が直撃しても意にも介していない、あの頑強性。


 あれがエルフだと言われても全く信じられない。まだ、獣人の異常個体と言われた方が納得できる。それほどまでに、身体能力が逸脱している。


 学院長が言うにはコウは転生者で、あの身体能力は転生者がもつ外れし力(チート)によるものらしいが、なるほど反則チートとはよくいったものだ。確かにあの桁外れた身体能力は反則だ。


 そもそも、最上級防御魔法陣というのは最上級魔法を防ぐことが可能な防御魔法陣だ。いや、だからこそ最上級とつけられている。防御魔法陣の位階はそれと同等で最も威力が高い攻撃魔法を基準にしている。


 それをただの拳で打ち破る。それはつまり拳の一撃で最上級魔法と同等の威力をもつということだ。闘技場にいとも容易くひびが入るわけだ。


 そして、さらにはエリスの五つの最上級防御魔法陣ーー【防機姫ボウキキ】を、あの鉄壁の防御を破り、エリスにダメージを与えた。コウのあの力で壁に叩きつけられれば、エリスとて無事ではないだろう。


 現状、優勢なのは『竜の娘』ではなく、転生者だというあのエルフの幼女だ。


 だが、このままで終わるはずがない。


 アレンの知っている『竜の娘』はこの程度の筈がないのだ。


 そのアレンの確信に近い直観は学院長の呟きで肯定される。


 「さて、【防機姫ボウキキ】は破られた。次は、恐らくアレ(・・)だろうね」


 「へ?」


 アレとは一体何だろうか。アレンは学院長に視線を向けた。


 アレンの視線に気づいた学院長は意味深な笑みをアレンに向けた。そして、言った。


 「エリスはーー負けず嫌いなんだよ」









 


 「ごふっ」


 激しい衝撃。身体中に激痛が走り、鳴ってはいけないような音が体内で響く。恐らく、骨が何本か砕けた。内臓が傷ついたのか、どす黒い血が口から吐き出される。


 地面に足をつける。砂煙が上がり、コウの姿は褐色のベールに覆い隠されて、視認できない。


 「あのバカ、思いきり投げ飛ばしおって」


 手加減というものを知らない。いや、昨日今日でこの世界に来たのだから、加減を知らないのは無理もないことだがーー殺す気か。


 普通の人間だったら、このままお陀仏だろう。それほどの威力。この戦闘が終わったら、強くいい聞かせておかなければ、このまま戦闘指導教員になったら死者をだす。冗談抜きで。


 【防機姫ボウキキ】は破られた。だが、ある程度、予想はしていた。昨日、鮮血熊を一撃で絶命させたあの攻撃力ならば、最上級防御魔法陣とて、たいした障害にはならない事は分かっていた。それでも、破られた事は多少ショックだったが。


 だが、このままで終わる積もりは毛頭ない。


 既に自分が受け継ぐ竜の因子によって、受けたダメージは回復していた。折れた骨も、傷ついた内蔵も全快とまでいかないが既に痛みを訴えていない。まだ、戦える。一撃貰ったくらいでダウンする訳にはいかない。


 では、次はどうするか。


 多くの選択肢から迷わず一つを選択する。目には目を、歯には歯を。


 理論ではなく、本能として《竜の翼(ドラゴン・ウィング)》を展開する。足が地面から離れ、宙に浮かぶ。


 よく勘違いされるが竜は翼によって空を飛ぶわけではない。魔法によって空を飛ぶのだ。だからこそ、竜はあの巨体であって、あらゆる飛行生物の中で、最も速く、最も巧みな空の支配者なり得たのだ。


 それは竜だけが持つ固有の魔法。空を自在に舞う事が出来る唯一の魔法。


 竜の因子を受け継ぐエリスは当然、その魔法を使用できる。


 だが、それだけではない。


 「《身体強化リーンフォース・ボディ》、《光の剣(シャイニング・ソード)》」


 体が強化され、動体視力も向上する。両手に眩い光を放つ剣が二本出現する。


 準備は整った。


 「わしの【極機姫キョクキキ】とお主、どちらが速いだろうか」


 不可視の竜の翼がエリスの意思に従って、羽ばたく。突風が巻き起こり、上がっていた砂煙が晴れた。此方を見上げるコウの視線と交差する。


 「では、ゆくぞ。《風の爆撃(ウィンド・ボム)》」


 魔法が発動する。風の衝撃によって莫大な推進力を得たエリスは地面にたつコウに向かって突進した。








 砂煙の中から、宙に浮かぶエリスが見えた。どうやら、あの魔法陣は止めて、戦法を変えたようだった。


 「ぐっ!」


 次の瞬間、エリスを中心に突風が巻き起こり、砂煙が晴れる。突風に耐える。


 そして、目の前にエリスが、いた。


 「まずっ!」


 咄嗟に地面を蹴りあげ、空中に回避する。


 「遅い!」


 だが、エリスはコウの回避に追随してきた。如何なる原理か、コウよりも速い速度で距離を詰めてくるエリスは両手に持った光の剣を交差し、コウに衝突した。


 「ぐっ、がはあ!?」


 エリスの突撃を突撃をもろに受けたコウはそのまま受け身も取れず、背中から天井に衝突する。全身を衝突の痛みが襲った。


 エリスが離れる。コウは落ちないように、天井に指を突き立てた。


 「ちっ、防御特化から今度は速度特化かよ。何でもありだな」


 もろに天井に頭を打ち付けて朦朧とする思考をどうにか立て直す。先程のように考えられる時間は然程ない。


 眼下では、エリスが距離をとり天井にいるコウに再突撃を行おうとしていた。


 「あぶねっえっ!!」


 まるで、ロケットのような急激な加速によってエリスが再度突進してくる。コウは慌てて、天井を蹴り、逃れようとした。だがーー


 「遅いと言っておるじゃろうが!」


 「なにっ!?」


 先程と同じく、急激な反転によってコウの動きに追随してきたエリスにコウは捉えられる。


 今度は背中から突進を受けて、勢いよく地面に衝突した。


 「痛ってえええ!!」


 顔面からまともに衝突したコウは鼻を擦る。だが、鼻を擦っている暇はない。


 「はああああ!!」


 エリスの気合いが入った声をコウの耳が捉える。頭上を見ると、高度をとり直したエリスが今正に真下にいるコウに向かって、らいだあきっくをお見舞いしようとしていた。


 コウは即座に理解する。


 あれはヤバイ。下手をすれば、マジもんのライダーキックよりも威力があるに違いない。まともに受ければ、粉々になる。


 コウはエリスのらいだあきっくの斜線から逃れるべく、地面を転がった。


 それは危機一発で、真横で何もない地面にキックをかましたエリスを中心に轟音と共にクレーターが発生した。


 素早く立ち上がったコウはその光景を目にして、冷や汗を流す。だが、冷や汗を流している場ではない。これは大きな隙だ。コウは気づく。


 らいだあきっくによって砂煙があがってエリスの姿はよく見えない。だが、地面にキックをかまし、今は大きく体勢が崩れている筈だ。


 「攻撃の、チャンス!」


 コウは地面を蹴った。


 だが、


 拳を振り上げるコウに向けて、砂煙の向こうから声が届いた。


 「《風の爆撃(ウィンド・ボム)》」


 衝撃がコウを襲った。








 「【極機姫キョクキキ】」


 学院長が二人の模擬戦闘を見ながら呟く。


 宙を舞うエリスの姿を見る。先程とは全く違う、戦闘のスタイル。現在の魔法体系に飛行を可能とした魔法は存在しない。できて、風の魔法によって体を浮かすぐらいだ。おそらく、あれが噂にきく竜の翼なのだろう。


 アレンには察しがついた。キョクキキ。あれが今のエリスの戦闘スタイルの名前。


 「あれが?」


 「ああ、防御に特化した【防機姫ボウキキ】とは違い、【極機姫キョクキキ】は、速度に特化した戦闘スタイルだ。竜の翼で空を飛び、風の魔法によって移動速度を上げる。コウ君に素早さで翻弄されたからね。当てつけみたいなものだよ」


 素早さには素早さというわけか。確かに負けず嫌いのようだ。


 「でも、さっきと違い、エリスさんの方が優勢のようですが」


 眼前でコウがエリスには吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。エリスの速度には翻弄され、エルフの少女は手も足も出ないようだ。


 「どうかな」


 だが、学院長はアレンの言葉を肯定しなかった。


 「今はエリスが優勢だ。だが、それはエリスの戦法が急に変化したことと、その速度に目が慣れていないからだろう。エリスもコウ君もタイプは違うがどちらも万能型だ。今は片方が優勢でもいずれそれはひっくり返される」


 学院長はまるで確定事項のようにアレンに告げた。


 「見ていればわかる」









 「いっつつ」


 コウはエリスに殴りかかろうとしたが逆に吹き飛ばされ、壁に身体を打ち付けた。痛みに喘いでいる暇はない。すぐに追撃がやって来る。


 だが、逃げているだけでは駄目だ。すぐに追いつかれ、先程とは同じように衝突されるのがオチだ。


 打開策がいる。


 「つっても、近づいたらさっきみたいに吹き飛ばされるしなあ」


 さっきのあの魔法は厄介だ。あれではとてもじゃないが近づけない。一回距離をとって、地面でも壁でも天井でも思いきり蹴って、速度を出してぶつかれば、あの魔法を突破できるかも知れない。


 だが、そもそも距離を取らせてもらえない。此方が移動する速度よりもエリスが移動する速度の方が速い。すぐに追いつかれる。


 どうする。どうすればいい。


 逃げれば追撃される。近づけば吹っ飛ばされる。


 吹っ飛ばされる(・・・・・・・)


 「その方法があったか」


 コウは打開策を思い付く。思い付いたら、直ぐに実行。実践有るのみだ。


 「目にもの見せてやるぜ、エリス」


 コウは自分が叩きつけられた壁を蹴る。


 向かうのは宙に浮かぶエリスだ。


 「うおおお!!」


 「やけくそになったか?《風の爆撃(ウィンド・ボム)》」


 さっき吹き飛ばされたのにも関わらず、もう一度突っ込んでくるコウにエリスは少し失望した。無闇に突っ込んできても同じように吹き飛ばされるのは目に見えているのにだ。


 コウの行動は何の策もなく、ただやけくそになったようにしか思えなかった。エリスは無慈悲に魔法をコウに向けて放った。


 エリスの放った魔法がコウの小さな体に寸分の狂いもなく直撃する。


 「がはっ!」


 魔法の圧力により胸が圧迫され、肺から無理矢理に空気が絞り出される。コウの体が真上に吹き飛ばされる。


 だが、天井に叩きつけられる瞬間、コウの体が空中で不自然に回転する。


 エリスの方を向いたコウの顔は笑っていた。


 「ありがとうよ、エリス」


 「な、に?」


 コウの足の裏が天井に接地される。


 コウは思いきり、踏み込んだ。


 まるでカタパルトに射出された戦闘機のように莫大な推進力を得たコウの体が一瞬でエリスに肉薄する。


 一瞬で接近してきたコウにエリスは反応できない。コウはエリスの両腕を掴んだ。


 「捕まえた。二度目だ、エリス」


 「き、さま」


 重なり一体となった二人はコウの天井を蹴った勢いのまま地面に激突する。


 激突したコウはエリスの両腕を掴み、地面に組伏せていた。


 こうも密接した状態ではエリスは風の魔法は放てない。もし、この状態で放てばエリス自身も巻き添えになるからだ。


 だが、例え巻き添え覚悟で魔法を放ったとしても、コウがエリスを離すとは思えなかった。コウの握力は半端ではない。エリスの体は魔法によって強靭になったにも関わらず、コウの指が両腕の肉にぎりぎりと食い込んでいた。


 チェックメイト。


 「エリス、俺の勝ちだ。降参しろ」


 模擬戦闘の前に決めた勝ち負けの基準は二つ。どちらかが戦闘不能になるか、どちらかが『降参』と宣言するか、だ。


 コウはエリスに『降参』を要求した。


 だが。


 「降参、だと?巫山戯るなよ、若造」


 『エリスは負けず嫌い』


 コウは気づく。此方を睨むエリスの瞳が変化している事に。


 漆黒のような黒の瞳から、瞳孔がまるで爬虫類のように縦に割れた深紅の瞳に。


 「《竜の吐息(ドラゴン・ブレス)》」


 次の瞬間、エリスの開かれた口からコウに向けて、灼熱のブレスが放たれた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




 


 


 


 




 


 


 


 


 


 


 


 

もうちょっと続くんじゃよ。

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