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気付けば幼女、気付けば異世界  作者: パンセ
一章 学院都市イールギール編
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第五話 模擬戦闘 中

 轟音と共に闘技場が比喩なく揺れる。それは、コウが天井を踏み抜いた音だ。


 コウが足場にしていた場所を中心に大きなひびが入る。アレンが目を剥く。それはあり得ない光景だったからだ。


 闘技場というのは模擬戦闘のために造られた建築物だ。模擬戦闘と言ってもここは魔法学院で、剣士のように木剣と木剣の打ち合いという訳にはいかない。普通に魔法の打ち合いが行われる。故に、闘技場の壁や天井は特別、頑強でなければならない。


 そのため、闘技場の建材には衝撃に強い材料が使われているだけではなく、さらに高度が上げるために特別な魔法がかけられている。その強度は最上級魔法の直撃すら耐えきるほどだ。


 そんな闘技場の天井にひびをいれる。一体、どれ程の力で蹴り抜いたというのか。


 「だ、りゃ!!」


 天井をひびがはいるほど蹴り、莫大な推進力を得たコウはエリスに肉薄し、その拳を振り抜いた。


 だが、目の前にコウが迫って来ているというのにエリスは避ける素振りも見せない。その表情には余裕すら見えた。


 「無駄じゃ」


 コウの拳がエリスにあたる寸前、二人の間にエリスの周りに展開していた防御魔法陣が滑り込んだ。


 エリスに向けて放たれたコウの拳が防御魔法陣に阻まれる。


 パリン!


 だが、防御魔法陣はコウの拳にふれた瞬間、硝子のような儚い音を立てて砕け散った。それは、許容できる威力を超過したからだ。防御魔法陣といっても限界が存在する。


 エリスはそんな事は百も承知だった。


 「なっ」


 「ふっ」


 遮るものがなくなったと思ったのも束の間、更に防御魔法陣が二人の間に滑り込む。


 パリン!パリン!ガンッ!


 一つ、二つ、そして、三つめでコウの拳が止まる。防御魔法陣が幾つも拳の行く手を阻むことで、拳の威力を減衰した結果だ。勢いが弱まった拳は、防御魔法陣の防御力を突破出来なくなる。


 コウの体が空中で停止する。その隙をエリスは逃さない。


 「《閃光の槍(フラッシュ・スピアー)》」


 魔法が唱えられる。空中で停止した隙だらけのコウに向けられたエリスの手のひらから光の槍が勢いよく射出される。《閃光の槍(フラッシュ・スピアー)》。それは威力よりも速度に特化させた攻撃魔法だ。


 「ちいっ!!」


 「なんじゃと!?」


 だが、目の前で亜高速で接近する光の槍をコウは避けた。防御魔法陣を蹴り、《閃光の槍(フラッシュ・スピアー)》の軌跡から逃れたのだ。


 蹴られた衝撃で、防御魔法陣が硝子のような音を立てて砕け散る。エリスの魔法を間一髪で避けたコウは闘技場の壁に着地する。


 二人は睨みあう。


 「よく、避けたのう。次はこうはいかんぞ?」


 エリスは再度、失った分の防御魔法陣を展開し直す。先程と変わらず、五つの防御魔法陣がエリスの周囲をぐるぐると回る。


 「そういう事か」


 一度の衝突でコウはエリスの戦術を読み取っていた。


 エリスの戦闘スタイル【防機姫ボウキキ】。


 それは、防御とカウンターに特化した戦闘スタイルである。常時、周囲に行使限界の最上級防御魔法陣を、位置決定をせずに展開。相手の攻撃を防御魔法陣で、尽く防ぎ、相手が動きを止めた所で、速度に特化した魔法で反撃を行うという戦闘方法だ。


 地味だが、近接戦闘に特化した敵と相手する際には最も効果を発揮する。加えて、防御魔法陣を維持し、相手に対し反撃の魔法を放つだけなので、魔力の消費が最も少なく、長時間の戦闘をこなすことができる。


 相手は、防御魔法陣に尽く阻まれ、ちまちまと反撃魔法で削られ、やがてスタミナ切れでダウンするという寸法だ。スタミナ切れの前に反撃魔法で削り切られる事が大半だが。


 そして、この戦闘方法はコウのような相手が最も相性が良かった。


 「どうする」


 エリスからは手を出して来ることはない。考える時間はあった。


 エリスの防御魔法陣を突破して、エリスに肉薄するには二つの方法をコウは思い付いていた。


 一つ目は、エリスが追い付けない速度で移動し、防御魔法陣の隙間を突破すること。二つ目は、あの五つの防御魔法陣を一気に叩き割ることだ。だが、現状二つ目の方法は思いつかない。先程、天井を蹴って威力を底上げしたあの拳が今叩き出せる最高威力だ。


 必然的に、コウは一つ目の方法をとった。


 壁を蹴る。





 


 


 闘技場がひっきりなしに揺れる。先程まで天井だけであったひびは、壁など他の場所に数を増やしていた。


 闘技場をコウが上下左右、ひっきりなしに移動する。エリスはコウの姿を目で追うのが精一杯だった。


 コウが何かを足場にして踏み抜く際の爆音。それを頼りにしてどうにかその姿を追う。


 「今朝の強行軍を目にするととてもスタミナ切れは期待できんしなあ」


 一週間の道のりを僅か数時間で踏破するその圧倒的なスピードとそれを維持するスタミナ。コウの強みはその弱点という弱点が見当たらない安定性だ。


 今まで出会った転生者とは違い、コウの【超身体能力ハイパー・ボディ】はピーキーではない。能力は地味だが、それが逆にいやらしい。


 ピーキーではないということは付け入る隙がないということだ。そして、それは長所となる。


 それにあの反応速度。


 エリスは先程、コウが《閃光の槍(フラッシュ・ニードル)》を避けたことを思い出す。あれを避けられた事など、記憶を辿る限り、殆どない。そもそも避けられず、確実に直撃させる為に威力を犠牲にして速度を特化した魔法にしているというのに。


 【超身体能力ハイパー・ボディ】。なるほど、いい得て妙だ。


 そう思考した瞬間、コウの姿を見失った。


 「不味い!」


 咄嗟に周囲を見渡す。だが、コウの姿はどこにも見当たらない。


 次の瞬間、背後にゾクッとした嫌な気配を感じた。慌てて、真後ろに防御魔法陣を移動させる。


 パリン!


 防御魔法陣が砕け散る。悪寒は当たっていた。更に、もう一つ移動させるが追撃は来なかった。


 死角から攻撃してきた事と、追撃を諦めた事から、コウの考えはエリスには読めた。


 「もしや、防御魔法陣を抜けてくるつもりではあるまいな」


 出来るものなら、やってみろ。


 エリスは失った分の防御魔法陣を展開し直した。









 「やっぱ直前で気づかれるか」


 コウは一度、移動を止め、天井にぶら下がる。


 あれから何度も攻撃を繰り返したが、直前で気づかれ、防御魔法陣で阻まれた。完全に死角から攻撃をしている筈なのに、どうしても阻まれるのだ。


 おそらく、エリスはそういう力を持っているのだろう。第六感シックスセンスという奴だ。


 どうしても阻まれる以上、この手にはもう期待できない。


 では、どうするか。


 「手は尽きたしなあ。自爆覚悟の特攻?」


 一度にあの魔法陣を破る手が思いつかない以上、それしかない。自分の体が持つかどうか。


 コウは昨日、熊に吹っ飛ばされた事を思い出す。


 「大丈夫だろ、多分」


 それに塔から落ちても無事だった。自身の頑強性には自信があった。


 「せーのっ」


 コウは試合開始時と、同じように天井を蹴りあげた。天井に更なるひびが入る。


 エリスに接近する。予想通り、魔法陣が邪魔をしてくれる。コウは拳を振り抜いた。


 「お、りゃ!!」


 パリン!パリン!パリン!ガンッ!

 

 一つ目をぶち破る。つづいて二つ目、三つ目が破れ、やはり四つ目で阻まれる。


 「《閃光の槍(フラッシュ・ニードル)》」


 エリスがこちらに向けた手のひらから光の槍が発生する。


 コウはあえてそれを受けた。


 「ぐふっ」


 「っ!?」


 エリスが意外そうな顔をする。避けると思ったのか。腹部に直撃、鈍い痛みが走る。だが、それだけだった。痛みとしては、それほどでもない。


 光の槍の衝撃によって、魔法陣から体が離れ、重力に引かれ地面に落ちる。


 そして、コウは地面に激突する直前で空中で姿勢を取り戻し、地面を蹴った。


 「なんじゃと!?」


 エリスが驚きの声を上げる。


 コウは拳を振り上げた。


 パリン!


 間に滑り込んできた魔法陣を一つ砕く。残るは後一つ。


 その一つが遠い。


 「《閃光の槍(フラッシュ・ニードル)》、《閃光の槍(フラッシュ・ニードル)》《閃光の槍(フラッシュ・ニードル)》」


 コウの僅かな硬直を狙って、エリスが続けざまに魔法を放つ。どうやら、削りきる積もりのようだ。


 だが、コウは無数の光の槍を身に受けながらも、倒れることはなかった。自分とエリスの間を阻む最後の魔法陣を睨む。


 拳を振り上げた。


 「と、ま、るかああーー!!」


 パリン!


 最後の砦が呆気なく砕けた。


 そして、


 ガシッ!!


 「お主!!」


 「捕まえた」


 コウの手がエリスの手首を掴んだ。


 「吹っ飛べ!」


 エリスを掴みあげたコウは勢いをつけると、エリスを壁に向かって叩きつけた。



 



 


 



 


 


 

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