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気付けば幼女、気付けば異世界  作者: パンセ
一章 学院都市イールギール編
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第四話 模擬戦闘 前

 俺とエリスは数メートル離れて、向かい合って立っていた。今から始まるのは俺とエリスの模擬戦闘。俺にとっては異世界での初の本格的な戦闘だ。


 エリスが言う。


 「準備はいいかコウ」


 俺は返す。


 「ああ、いつでもどうぞ」


 体調は万全。人と一度も殴りあいの喧嘩もしたことはないけれど、なぜか不安にはならなかった。逆に、気分が高揚してくる。


 その訳もわからない自信の根本にあるのは、技術でも経験でもなく、おそらく自分の中に眠る圧倒的な力だ。昨日手にいれたばかりの力、昨日手にいれたばかりの肉体。けれど、何の戸惑いもなく、不安もない。


 俺はただそれを放出して、操ればいい。


 ただ、それだけだ。


 「エルク、合図を」


 「わかったよ」


 エリスが学院長に戦闘を始めるための合図を委ねる。


 俺はエリスをみる。エリスは手ぶらだ。今朝、大事そうに磨いていた魔法の杖っぽいのは使わないらしい。地面まで届く長い裾のローブを纏っているだけだ。両手をだらんと下に下ろし、その姿勢は非常にリラックスしているように思えた。だが、その目は瞬きすらせず俺を射抜いている。


 その姿に一切の油断も隙も見られない。


 だからこそ、おもしろい。


 訳のわからない思考と熱に動かされて、俺は犬歯を剥き出しにしながら、戦闘開始の合図を待った。







 


 ここは闘技場の二階部分にあたる観戦席だ。闘技場の入り口とその向かい側の二ヶ所に設置されている。アレク達がいるのは入り口側の観戦席。真下には二人の同じぐらいの背丈をした幼女が向かい合って離れて立っている。


 一人は今日初めて出会った金髪のエルフ。もう一人は幼い見た目ながらも自分が生まれる以前よりももっと前から生きている伝説の魔女だ。


 今から二人が模擬戦闘を行う。アレンはそれが不安で不安でしょうがない。


 「大丈夫なんでしょうか?」


 横で同じく二人を見下ろしている学院長に向かって、アレンは懸念を投げ掛けた。


 「なにがだい?」


 「あの二人、実力が違いすぎませんかね」


 アレンの不安はそれだ。片方は名も知らぬ無名のエルフ。しかしもう片方は強力な魔法の使い手としてお伽噺になるほどの人物だ。一応エルフの実力は学院長が保証しているが....


 はっきりいって、実力は天と地ほどの差があるのではないか。


 そんな二人が模擬戦闘をしてどうするのか。


 「エルフの.....コウの実力を見るだけなら私で良かったんじゃないですか?年頃が年頃ですから、下手に手加減されると気に触るんじゃないですかね」


 模擬戦闘は実力が拮抗しているのが一番良い。大人と子ども程に違うのも悪くはない。


 だが、天と地ほどに違うと時にそれは人の心を折る事がある。


 乗り越える事が出来ない壁というのは苦痛でしかない。


 分野が違うとなればわかる。自分は剣を握り、相手は杖を持っていて負けたならば、ああ、強かったで納得できる。だが、真下の二人の得意分野はどちらも同じ魔法だ。エルフが魔法が得意なのは子どもでも知っている常識だ。


 だが、エリスは魔法のエキスパートだ。それを話に聞くのと目にするのは全然違う。正面きって闘りあうのはそれ以上だろう。あのエルフの子どもがエリスと戦って、自信を砕かれ、心が折れてしまわないだろうか。


 そんなアレンの不安を学院長は軽やかに笑い飛ばした。


 「ははは、アレン、君は優しいね。大丈夫、見ていればわかるよ。だって、エリスが自分から相手すると言ったんだから」


 それでもやはり不安は拭いきれない。それほどまでにアレン・エルラードにとって、エリス・フェン・ドラグノートとは雲の上の存在なのだ。


 「見ていれば、わかる。だってエリスにーー僕達に匹敵するだろうとまで言わせたんだから」


 「えっ」


 アレンには後半の学院長の言葉が聞き取れなかった。


 「ではーー始め!」


 学院長の合図と共に戦闘が始まった。






 「.....お主」


 コウの纏う雰囲気が変わった。


 それはまるで好戦的な魔物を目の前にしたときのようなプレッシャー。純粋な殺しあいを楽しむ輩特有の狂気がと歓喜が入り交じった独特の雰囲気。


 それを、目の前のエルフから感じる。


 「ふううう」


 目の前のコウが口角を上げ、犬歯を剥き出しにする。それは相手に対する威嚇であり、笑みだ。


 どうして、昨日この世界に転生したばかりのひよっこがこんな表情をするのか理解できない。コウは今まで出会った転生者とは違う。彼らは外れし力(チート)という強大な力を有していた。有していた『だけ』だ。彼らは徐々に力の使い方に慣れていったがこと戦闘においては当初はずぶの素人だった。それこそ、人の殴りかたもろくに知らないような。


 いや、コウも昨日までそうだった。血染め熊に襲われていた所を助けに入った時、エリスの目に映ったのは死の恐怖に怯える幼いエルフだ。それ以上でも、それ以下でもない。


 だが、コウが自分の力に気づいた時からその動き、仕草は洗練されていった。一挙一動の鋭さがキレが増していった。


 単に自身の力に慣れただけかも知れない。若しくは、転生のショックから立ち直り、徐々に本性を見せているだけのことかも知れない。


 いや、それをこの戦闘で確かめるのだ。コウの変化がコウ自身によるものなのか、それとも外れし力(チート)によるものなのか。今まで出会った転生者の中でとびきり危険な力を持つエルフを試すのだ。


 「こい、コウ」


 手加減はしない。いや、そんなことをすれば一息にやられる可能性だってある。油断は一切出来ない。集中し、全ての思考を今から始まる戦闘に向ける。


 使うのは【防機姫ボウキキ】。脳内で、防御魔法陣を五つ、展開寸前で待機させておく。


 目を閉じる。深呼吸をする。


 「ーー始め!!」


 


 




 


 


 


 

 徐々に視界が、嗅覚が、触覚が、聴覚が、感覚という感覚が鋭く、明晰になっていく。全てが理解できていた。全てを把握していた。天井も、地面も、四方の壁も、上にいる学院長もアレンも、目の前にいるエリスの一挙一動も、全てわかっていた。


 時間がたつたびに五感が極限まで優れていく。その感覚は限界まで張りつめた糸のようで、僅かな緊張感をもたらす。まだ、始まらないのか。いつになったら始まるのか。


 まだか。まだか。まだか。まだか。まだか。


 俺は、待つ。待ち続ける。


 「始め!」


 来た!


 合図と共に俺は足に力を込め、跳躍し、そして着地した。









 「はあ!?」


 それはあり得ない光景だった。学院長の合図で試合が始まった瞬間、エルフのーーコウの姿が掻き消え、次の瞬間には闘技場の天井に足から着地していた。一瞬であそこまで移動したというのか。


 「おいおい、まじかよ。どんな魔法の発動速度だよ」


 しかも、無詠唱でやりやがった。魔法には精通していないアレンだがそれがどれ程の技量が必要か毎日毎日毎日、最高峰の魔法学院の生徒の相手をしていればわかる。少なくともこの学院の生徒よりも技量においては二段も三段も上だということは明白だ。


 流石、魔法を得意とするエルフだけの事はある。見た目は幼いかも知れないが、学院長が太鼓判を押すだけの事はある。今の一幕だけでもアレンはコウが戦闘指導教員に必要な実力を満たしていると確信した。


 しかし、どうやって移動したのかわからない。考えられるとしたら風の魔法を使い、自身の体を打ち出して跳躍したと考えるのが妥当だが、あれほどのスピードーーアレンに黙視できないほどの速度で移動するなら、衝突の衝撃は計り知れない筈だ。それをどうやって逃したのか。だとすれば他の方法を使ったのか。


 そもそも何故天井に移動したのだろうか。わざわざ移動せず、魔法による攻撃を行えば良かった筈だ。天井まで移動する意味はなんだ?


 何か策があるというのか。


 わからない。アレンはそれほどまでに魔法について知識がない。もしかしたら、横にいる学院長ならわかるかも知れないが、アレンにはさっぱり見当がつかない。


 仕事上、色々な魔法使いを相手にしてきたがこういうタイプは初めてだ。強化魔法やらなんやらを駆使して、動き回るタイプはいるにはいるが天井まで移動するというのは早々ない。


 というよりこれは魔法使いというより、獣人などの身体能力に特化した輩がとりそうな行動だが。


 妙な違和感がアレンの脳内を支配していると、横から学院長の声がかかった。


 「アレン、勘違いしているところ悪いがーーコウ君は魔法を使ってないよ」


 「はあっ!!?」


 アレンは再度、驚きの声をあげた。






 見える、見える、見える。


 真下のエリスの顔が。下になった天井が、上になった地面が、壁が。全て感じ取れる。


 地面に落下しないように、両手の指を天井に突き立てる。柔らかい、まるで豆腐のようだ。


 地面のエリスを見下ろす。此方を見ていない。いや、俺が天井に移動した事はわかっているんだろう。だが、別の事に集中している。


 魔法か。


 そんな俺の思考に応えるかのようにエリスの周囲に光によって形作られた円形の幾何学模様が出現する。それはまるでファンタジーの作品でよく目にする魔法陣のようだ。いや、そのまんま魔法陣なのだろう。


 一度に五つ出現したそれらがエリスの周囲をぐるぐると回る。


 そして、エリスが俺を見た。その瞳は俺を誘っていた。


 俺は嗤う。


 「まずは一撃」


 どんな魔法かわからない。罠かもしれない。反撃されるかもしれない。


 だが、まずは、一度。


 俺は全力で足場とした天井を踏み抜いた。







 


 「魔法を使っていない!?」


 アレンは学院長の言葉を一瞬聞き間違えたかと思った。だが、どうも事実らしい。それは学院長の真剣そのものな表情を見ればわかる。


 「じゃあ、だとすれば、あれは素の力だと!?冗談はよして下さい。だとしたら、あのエルフの嬢ちゃんは強化魔法すら使わず、天井に移動できるってことですか!?」


 そんなこと驚異的な身体能力を持つ獣人だって無理な話だ。普通はあり得ない。


 「そもそも、エルフの身体能力は脆弱な筈ですよ。獣人以上の身体能力を持つエルフなんてお伽噺でも聞いたことがない!」


 そうだ。エルフはその力の比重が魔法に傾いている分、体の方は脆弱だ。時には強化魔法を駆使して、武器を扱うエルフもいるにはいるがそれだって少数派に違いない。だと言うのに、目の前のエルフの子どもは魔法も使わず、素の身体能力で天井に跳躍出来るというのか。


 ばかにしている。酷い冗談だ。


 「アレン、君には言って無かったが、コウ君は転生者だ」


 学院長が新たな事実をアレンに呈示する。転生者、その言葉がアレンの頭に浸透する。そして、転生者が持つある一つの特徴が浮かび上がってきた。


 「転、生者?ということは、つまりー」


 「ああ、コウ君の異常な身体能力は十中八九、転生者が持つという外れし力(チート)だろう。それに加えて、僕の見た限りコウ君は一切の魔力を有していない。彼女はエルフだが魔法は使わず、外れし力(チート)のみで戦うようだ」


 「そうですか、道理で」


 学院長の言葉がストンと腑に落ちる。そうか、それならばあの異常な身体能力に説明がつく。


 その時、天井にいるコウではなく、地面に立つエリスの周囲に五つの防御魔法陣が生じた。それは一定の所に留まらず、エリスの周囲をくるくると回っている。光を放つ魔法陣がエリスを中心にして回るその光景はどこか幻想的だった。


 「そうか、まずは【防機姫ボウキキ】で試すと言うわけか」


 「防御魔法陣が動いてるよ、どういうことだありゃ。ボウキキってなんでしょうか?」


 「エリスの戦闘スタイルだよ。君は聞いたことがあると思うが、彼女は全ての魔法属性に適正を持つ、究極のオールラウンダーだ。理論上では、この世に存在する数万の魔法をーー精霊魔法は除くがーー全て使えるということだ。だが、それは長所と同時に短所でもある」


 「手札が多すぎる、と?」


 アレンの言葉に学院長は頷いた。


 「その通りだ。だから、エリスは自身の手札を状況に応じて選択し、それをラベル付けして使い分けている。それが、【機姫キキ】だ。【防機姫ボウキキ】は対一を想定した、防御とカウンターに特化した戦闘スタイルだよ」


 「それで、あんなに防御魔法陣を」


 やはり、『竜の娘』の名は伊達ではない。アレンはごくりと生唾を呑み込んだ。


 「この戦い、どちらが勝つんでしょうかね」


 片や、外れし力(チート)により異常な身体能力を有する異端のエルフ。


 片や、竜の血を引く、全ての魔法適性を有する伝説の魔女。


 アレンは果たしてどちらが勝つのか全く予想できなくなっていた。既に試合開始前に抱いていた二人の実力差が天と地にあるとは到底思えなくなっていた。


 今、アレンの目に映っているのは、幼女の形をした二体の化け物だ。


 「僕はそれを確かめたいんだよ」


 直後、轟音と共に闘技場が揺れた。



 


 


 


 


 


 




 


 


 


 


 


 










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