第3話 五助と真夜中のべんじょ
これは、第1回なろう文芸部@競作祭『キーワード:夏』投稿作品です。
寝る前には必ずトイレへ行くようにしましょうね。五助くんのように、妖怪が恐くてトイレに行かなかったらおねしょをしてしまうぞ~
「おしっこが本当にもれそう…」
五助は、お布団の中へ入って眠ろうとしたものの、おしっこが出るのをガマンし続けていることもあってなかなか眠ることができません。
「でも、便所へ行くのは本当に恐いし…。おまけに、ぼくが便所へ行くと妖怪が下から突然出てくるし…」
五助は、ふだんから水泳や相撲の稽古を自分から進んで行うなど、力強くていつも元気いっぱいの男の子です。しかし、そんな五助にとって最大の弱点と言えるのが、便所へ行くこと妖怪を見ることの2つです。この最大の弱点があるために、五助はおしっこに行けないまま布団の中にもぐりこんでしまい、結局は次の日の朝にでっかいおねしょの地図をお布団に描いてしまうことになるのです。
「でも、このままお布団の中にいたら、いつまでたっても眠れないよ~」
お布団から起き上がった五助は、おしっこがもれないように腹掛けの下の部分を左手で押さえながら、真っ暗闇の部屋の中をゆっくりと歩き始めました。妖怪がいつ現れてもおかしくない暗闇独特の雰囲気に、五助は歩くたびに足が震えているようです。
「そーっと、そーっと…」
五助は、暗闇の中で少しずつ足を進めながら、土間のところへゆっくりと下りるようにしました。土間へ下りた五助ですが、暗闇の中でいるのはやはり恐いようで、このまま便所へ行くべきか、自分のお布団のところへ戻るべきか悩んでいるようです。
「暗闇の中は本当に恐いよう~。でも、武士の子供だったら、恐がってばかりではいけないし」
五助は、暗闇の中で1人でいることが本当に恐いようです。しかし、武士の子供としては恐いものであっても、自分で立ち向かわなければなりません。五助は、意を決して外へ出るための引戸を開けました。
「うわっ、お外も真っ暗だなあ…。便所が真正面にあるけど大丈夫かなあ…」
引戸を開けた五助は、真夜中のお庭へ出てきました。空には満月が出ていますが、昼間と違って、月の光は地面にはほとんど届いていません。そのため、五助が真夜中でも直接見えるのは家の周りぐらいであり、それよりも奥にある山林とかは全く見えないのです。
「おしっこがもれそう…。どうか、便所に妖怪がいませんように…」
五助は、その間にもおしっこが必死にガマンするために、自分の腹掛けの下を両手で押さえ続けています。五助は、腹掛けの下を押さえながら、大股開きの状態で便所の前まで歩いていきました。
「便所の下から妖怪が出そうな気が…。いや、昨日みたいなことはないよね」
五助は、昨日の夜も真夜中におしっこするために便所へ行ったが、その際に便所の中から妖怪が現れたので、そのまま家の中のお布団へもぐり込みました。当然ながら、今日の朝起きたときの五助のお布団には、でっかくて元気なおねしょの地図をやってしまったことは言うまでもありません。
「よ~し、思い切って便所の中に入るぞ」
五助は、便所の開き戸を開けると、そのまま便所の中へゆっくりと入りました。開き戸は閉めないで、そのまま開けたままにしています。五助にとっては、ただでさえ便所が恐いのに、開き戸を閉めたら余計に恐怖感が増すからです。
「ギギッ、ギギギッ、ギイーッ…」
「一歩動いただけで床が抜けそうだなあ…。それに、便所の中から妖怪が出てきそうで恐いよ~」
五助が入った便所の床は竹張りであるため、歩くだけでギギッという音が不気味に聞こえます。それは、五助が一歩でも動くだけで床が抜けるかもしれないと不安に感じているほどです。
すると、急に便所の中が少し明るくなってきました。普通なら、暗闇の中だとおしっこやうんちをする場所が暗くてよく見えません。しかし、今日はなぜか便所の中だけがすこし明るい感じがするのです。
「おしっこをするところは、あそこなんだな」
便所の中が少し明るくなったので、五助は竹張りの床の真ん中に長方形の穴が切り抜かれているところがあることも分かったようです。
「もうガマンできないよう~。早くおしっこおしっこ」
五助は、切り抜かれた長方形の穴でおしっこをすればいいかなと思って、すぐにそこへ行ってからしゃがもうとしました。しかし、その時のことです。
「あれっ、かなり明るくなっているけど…。もしかして…」
五助は、今までよりもかなり明るく感じるようになりました。真夜中で普段は暗闇であるにもかかわらず、なぜか便所の中だけが明るいことに五助は次第に気味が悪くなってきました。
「まさかだと思うけど、これってもしかして…」
五助は、思い切って便所の開き戸の方向へ顔を向けました。すると、五助の目の前に大きな人魂が現れました。
「うわっ、うわわっ、人魂だあっ!」
大きな人魂を見た五助は、長方形の穴の手前で竹張りの床に思わず腰を抜かしてしまいました。五助の顔や体からは、人魂を見た恐怖で大量の汗がにじみ出てきました。
そして、手前の大きな長方形の穴から不気味な声が聞こえてきました。
「ふひひひひっ、便所と妖怪が恐い子はお前かな…。わしはここからお前のことを見ているから分かるぞ…」
「わわっ、長方形の穴から誰かの声が…」
不気味な声を聞いた五助は、とても恐くて体が震えてきました。五助は、あの長方形の穴の中に妖怪が本当にいるのではとおびえている様子です。その様子を見ているのか、便所の穴からは、五助の欠点を知っているかのような声が聞こえてきました。
「お前は、便所も妖怪も恐くてお布団におねしょをするのを、わしがこの目で知っているからのう…。ふひひひひっ、ふひひひひっ」
次の瞬間、長方形の便所の穴から、毛むくじゃらで指先に鋭い爪を持った両手が五助の目の前に現れました。
「うわっ、うわっ、うわわわっ、便所の穴から妖怪が本当に出たあっ!」
五助は、長方形の便所の穴から毛むくじゃらな両手が現れたのを見て、あわてた様子ですぐに便所から出ました。そして、妖怪が追いかけてくるかもしれないという不安におびえながら、五助は自分が住んでいる小さい家の中へ入りました。
五助は、引戸を閉めてから板の間へ急いで飛び上がると、すぐに自分の布団の中へもぐり込みました。布団にもぐり込んだ後も、五助は便所の中で出くわした人魂や妖怪の恐怖におびえ続けています。
「便所の中に妖怪が本当に出て恐いよ…」
五助は便所でおしっこをするのをすっかり忘れたまま、再び布団の中へ戻ってしまいました。そして、自分が目にした妖怪のことが今でも頭の中に残ったまま、五助は深い眠りの中へ入って行きました。




