第十三話 先送り
「まぁ、脱走なんてこと。させないけど」
そういい笑う。
金色の起爆装置。
それの浮かべた嫌な笑みは、黒髪の化け物のものと良く似ていた……。
さすがは、姉妹だ。
と。
内心感心した。
だが。
まぁ。
陰で起爆装置と名高い。
ミフェイア・ロージー。
本名:ミフェイア・ローゼ・ローダン。
歴とした伯爵家の娘だ。
偽名なのは、セフィニエラが父であるローダン伯爵と喧嘩をし、ミフェイアを連れて家出したためで。
セフィニエラが知らぬだけで、ミフェイア自身は三、四年前にローダン伯とは和解していると聞く。
この女はそれを姉に気取られぬよう、偽名を名乗っているに過ぎない。
所詮。
アレとて、手のひらで踊らされているにすぎん。
「あ~あ……。姉さんとナルバカ溶けてるし…………」
私が空を仰ぎつつ。
現実から目をそらしていると、ミフェイアの呆れたような、困った様な声音が聞こえ、目を移した。
私のすぐ左。
陣から噴き出した炎が化け物と馬鹿を舐めている形で固まり、揺らめくことのないそれの前。
腕を組み、眉間に皺をよせた起爆装置の姿があった。
「はぁ……。まったく、色々溶けて見えてるし出てる……」
そう言いつつミフェイアは溜息をつき。
左手の人差し指を立て、指先に虹色に光る小さな陣を展開。
発動させ、右方向にゆっくりと手首を使い、回す。
四回ほど回したところで、化け物が元通りに戻り。
ミフェイアは二人の異常がなくなったと同時に指を振るのを止めた。
「ま、これでいいや」
振り返り。
上下から振り下ろすようにして二度。
両手を打ち鳴らし、ドヤ顔――満足げな笑みを見せてきた。
実に可愛げのない……。
「悪かったわねぇ……可愛げもクソも無くてっ!」
目を見開き、口を、顔を歪めて声を荒げてきた。
せっかく整っている顔が台無しだ。
ゼグロが見たら引くことは間違いないな。
アイツ。
女のこういうとこが恐ろしいと……――嗚呼。
『俺のミフィは醜悪な表情をしても、可愛い!』と。
腑抜けたことを言っていたな。
……この顔を見ても、か…………?
そしてそれは、顔を醜悪に歪め。
顔を左にそらし、ペッと唾を吐き捨てる……――こんな、今の姿を見ても言えるのか……?
『お前はどこの下町の悪餓鬼だ』と、罵っても良いはずだ。
……いっそ。
八年前のよう、一から淑女教育をしてやろうか……?
後。
『人の考えを読むな』と、言ったはずなのだがな……?
「……ふ、ふんっ! い、今更淑女教育なんてパーフェクトに決まってん……――るでしょ! ほ、本当だ――なんですからねっ!」
ぎょっと目を見開き、彷徨わせ。
声が裏返っているだけでなく、言葉がおかしいぞ。
我が生徒よ……。
「テメーは教師とかってタマじゃねぇだろ?! 鬼教官だろうがっ!!」
そう叫ぶクソ餓鬼。
この様子では、再教育の必要性があるな……。
「だ・か・らっ! 必要無いっ!!」
両手を振りおろし、吠えた。
台無しだな……。
「うるさいっ!!」
ハァ……。
だから――
「私は幾度。お前に『考えを読むな』と教えれば理解する……?」
「っ……! だ、だって、あんたが何も言わないから!!」
「ハァ……。セフィニエラのせいで、癖になっているのは分かる。だが、『それはアイツにのみ』と言っただろう?」
「……………………」
ミフェイアはバツの悪そうな顔をし、俯き、沈黙した。
肯定か……。
だが、まぁ――
「お前が不安なのは分かる」
手を伸ばし、軽く頭を撫でる。
「その能力はとても便利だからな。だが、あまり知りすぎては危険だといつも言
っているだろう?」
「……時間を止めて巻き戻せるのに?」
「殺されてからでは無理だろう……?」
「まぁ……そうだけど…………」
「不定の輩はどこにでもいる」
ミフェイアの頭から手をおろし、右斜め後ろ。
三本目の樹に目を向ける。
「――例えば、あの木の上。とか、な……」
「……?」
私の目線の先。
そこに、左右の枝。
茂る木葉に隠れるよう、片膝をたて、もう片膝を木の枝につき。
身を潜め。
こちらをうかがった形で凍った顔の良く似た男の姿。
身に着けているモノは臙脂色の背広。
我がギルドにも手配書が貼られている、別の大陸で暗殺を生業としていたという双子の顔とよく似ている。
値は八千万ルーン。
百ルーンでリンゴが一つ買えるか買えないかという所。
三百ルーンでブドウが一房と言ったところだ。
これだけで行けば高額と言えようが、そのようなことはない。
魔獣一体を討伐すれば(種類による)、最低でも五千万ルーンなのだから……。
それだけではない。
基本は単騎で行動し、一匹いるだけで町は一瞬にして廃墟へと変わり。
数日で国すらも落とす魔獣。
それに挑み、退けることの出来る数少ない手練れが瀕死の重傷を負わされた。
上位者下位とはいえ、魔術と槍術にたけた人材が、だ……。
そして。
ただでさえ少ない上位者が敗れたとあっては、誰も手出ししようなどと血迷う者はいない。
が。
まぐれとはいえ、現在は氷漬けだ……。
今仕留めておけば後で問題は起こされることはないだろう。
そうなると――
「もうずいぶん前に足を洗って。ウチと同じ年の少女の護衛に徹している。なんでも、『殺しはダメ』と言われているって」
やや後ろでミフェイアが唐突にそう言った。
「何が言いたい……?」
「『足を洗った』なら、捕まえないで」
「……何故…………?」
「…………この二人、姉さんと同じなんだ。それで、ウチと同い年の女主人はウチと同じ。だから……何をするかわからない」
「……つまり、【極度のシスコン】ではなく。【極度のブラコン】と言いたいのか……?」
「…………まぁ、否定はしない」
苦く笑うミフェイア。
それに頭を抱えたくなった。
「……………………それは……実にやっかいそうだ……」
何と言っても、この近くでミフェイアと同い年と言えば……あの呪術の少女だろう?
……厄介なことこの上ない。
しかも。
こいつ同様、起爆装置か……。
…………触らぬ方が良かろう。
例え、問題を先送りしただけであったとしても、な……。




