第五話 手紙
――親愛なるランへ。
君が最後まで話を聞かずに居なくなったので、手紙にしたよ。
陛下と話して、命は陛下預かり、体は君預かりになったよ。
死なせちゃダメだよ。
怒ってもダメだよ。
もう、決定したことなんだよ。
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そこまで読んで思わずため息をついた。
…………あのバカは手紙もまともに書けないのか……。
……まぁ、魔術の腕さえあれば良いのだろうな…………。
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それでね。
人形の事だよ。
持っている人にドゥヴィラスが聞いた話だと、耳元で『愛してる』とか、『好きだよ』とか、『君は美しいね』とか、『君の瞳が見たいんだ』とか。
まぁ。
毎日心を籠めて囁いたり、手や顔に触れあったりを続ければいいんだってっさ。
単純に言えば。
意識ないだけで人と変わらないってことだね。
でも、めんどくさがって言わなかったり。
触れ合わなくしたら、どんどん小さくなって消えちゃうってさ。
だから。
『毎日欠かさず歯の浮くセリフを心と愛をこめて囁け』ってことだね!
上手くいけば意思を持つんだって。
毎日欠かさず続ければ、早ければ一年。
遅くても三年ぐらいで意思持つんだって!
くくっ。
精神異常者みてぇな絵図らがっ……。
ぶっはっ!
あ、ヤベェ。
文字になった。
ま、いいか。
そう言う訳で頼むな。
陛下の命令だから、拒否は出来ねぇから安心しろや。
まぁ、意識持ったらソレ。
お前の嫁だから。
大事にしてやれよ。
じゃあな。
あ。
ちゃんと仕事しろよ。
あの化け物、俺なんかじゃ停まんねぇからな。
頼んだぜ。
お前の心の友・ゼグロより~。
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よし。
アイツ、固めるだけでなく、沈めてやろうではないか。
「ぼ、坊ちゃん。落ち着いて、寒い……」
言葉を封じていたはずのカロンからの苦情。
それが意味することは、【未熟者】と言うこと……。
「……すまない」
「さては、ルフィス候の事でも書いてあったのですかな?」
「………………いや。別件だ」
私はそう言って手紙をカロンに手渡すと、彼はそれを受け取り。
サッと目を通し、笑った……。
「ふ、ふ…………。オッホン! ふむ、困ったものだ。若い娘っ子用のネグリジェがないんだよ」
…………そうきたか……。
この爺めが……。
「買ってくれば良かろう」
「はい。ではそうしましょう。マディスタ、マディスタや」
笑みを浮かべて頷いた彼は、懐から取り出した通話機能付き懐中時計を開き、最愛の妻の名を呼んだ。
『なぁに? あなた』
聞きなれた女性の声。
それにカロンは慈しむような笑み浮かべた。
「おぉ、マディスタ。突然で悪いが、若い娘っ子用のネグリジェを買うて来てくれんか?」
『あら、どうして?』
「坊ちゃんの嫁御が出来たんだよ」
『まぁ! なんですって?!』
「だからな。坊ちゃんに嫁が出来たんだ。犯罪臭いが、とびっきり可愛らしい嫁がな」
おい。
『犯罪臭い』とはなんだ。
『犯罪臭い』とは。
そして、嫁ではない。
預かり物だ……。
『まぁ……まぁまぁまぁまぁ! 一大事じゃない!! ……あら? でも、『犯罪臭い』ってどういうことなの?』
「うむ。後で説明するから、とりあえずネグリジェを買うて来てくれ」
『分かったわ。とびっきり可愛いのを選んでくるわ! 何着いるの?』
「マディスタに任せるよ。お前が可愛いと思った物を数着買ってきておくれ」
『直ぐに出るわ! もぅ、すぐなんですからね!』
「あぁ。頼んだよ」
カロンはそう言って懐中時計を閉め。
懐に戻した。
「マディスタがよろこんでおりましたよ」
「あぁ」
知っている。
聞こえていた……。
「いやぁ……安心しましたよ。坊ちゃんがやっと身を固める気になってくれて」
「…………なぜそこまで話が飛躍する?」
「陛下のご命令とあらば、拒否はできないでしょうて」
「………………チッ」
「ほら、舌打ち。嫁御に嫌われるからやめるように」
「………………」
お前は本当にお袋のようだな……。
マディスタ
カロンの嫁。
ランの侍女兼料理人。
年は48。
赤髪碧眼。
明るい人。
カロンと通話時はランの昼飯を作り終えたので、茶を飲んで一息入れていた。




