第三話 王宮
馬車で帰ると見せかけ、馬車ごと転移させた私たちは王宮に居た。
もちろん。
依頼と言う名の命令を下してきた男からたんまりと報酬をいただくつもりだ。
「――以上です」
私は勧められるままソファーに座り、対面する依頼主にあの館で見たモノを伝えた。
一番危惧すべきはあの少女の能力。
あれは魔術ではなく、呪術。
呪術とは名の通り呪だ。
魔術と呪術。
似て非なるモノ。
誰しもが魔術に適性を示し、呪術に適性を示すものは限りなく少ない。
それが常識だ。
……常識だが、私は一人。
例外を知っている。
否。
【覚えている】と言った方が良いのだろうか……?
「……呪術、か…………」
私の報告に、錆色の髪と瞳の依頼主たる、この国の王。
サイルドフ・セルメド・イルディオ陛下は、背を丸めて顔を覆い、ため息交じりにつぶやいた。
「はぁ……。リアの再来とならなければ良いが……」
陛下の言う【リア】とは、フィルフィリア・ディア・イルディオ様。
金の髪に錆色の瞳をお持ちだったと聞く、陛下の亡き妹君だ。
幼かった私は良く覚えてはいないが、幼心にとんでもないお方だったことは記憶している。
そのおかげか金髪は無意識に避けるようになってしまった。
ここ数年は黒髪もだが……。
出来ることならば、全力でソレに関する関わりを全て切り捨て、回避したいものだ。
フィルフィリア様がお産みになられた黒髪の化け物と、金髪の起爆スイッチを……。
室内に落ちた沈黙。
静まり返ったソレは、これからの事を憂い、嘆いた私たち三人の心境が良く表れていた。
……あまりここに居るのも精神衛生上悪い。
さっさと話をつけたほうがよさそうだ。
「陛下。先ほど報告しましたように、少女が作ったモノを受け取ってまいりましたので、ご確認ください」
「……あぁ。わかった…………」
顔を上げた陛下の目はうつろで、生気がなかった……。
「大丈夫ですか?」
「あぁ。如何にしてこの大陸から逃れることが出来るかを考えていただけだ」
……重症のようだ。
「陛下。それ、重傷ですって」
隣に座っているゼグロがそう言い。
陛下は窓の方を向き、遠い目をした。
「現実逃避ぐらい良いだろう……?」
「……現実逃避した後、現実見れなくなるんで、辞めた方が無難だと俺は思いますよ」
彼の言葉に陛下は俯き、瞳はどんよりと影を落とした。
ゼグロ、お前は本当に容赦ないな……。
「…………わかっている。わかっているのだ。だが、こうも現実が辛すぎては何も出来ん」
「……元気出してくださいよ、陛下。陛下無くしてはこの国はおしまいですって」
顔を覆う陛下。
それに悟りでも開いたかのような顔のゼグロ。
私はとりあえず転移のための術式をソファーの横。
床に敷かれた絨毯の上に組みつつ、二人の話を見守ることにした。
「………………そうか。そうだな。そうすれば良いのだな」
「陛下。物騒な心の声が漏れましたよ」
「うむ。聞かなかったことにしておいて良い」
「ははっ。そんなことしませんって。陛下捕まえるの大変なんですから……なぁ。ラン?」
笑顔で私の肩を叩いた彼に言う言葉。
「私に話を振るな」
術を組んでいるのが分からんのか。
この馬鹿は……。
「本当はそう思ってるくせに」
「黙ってろ。それより陛下。こちらです」
あぁ。
この馬鹿のせいで陛下がまた、逃げ出さぬよう。
術式と監視の目を強化しなくては……。
……そうか。
仕事を増やしたこの馬鹿にやらせることとしよう。
そうだな。
それが良い。
攻撃はそこそこだが、治癒のみでは魔導師の中で二番目に優秀だ。
私はこれからのことを考えつつ。
やっと完成した転移の術を使い、馬車の中に置いて来ていたアノ人形を出現させた。
その際。
隣の馬鹿がニヤニヤしていたのは見なかったことにした。
「ほぉ……コレが――」
私の方を見、にやりと笑う陛下。
その顔には先ほどの絶望は無い。
……我が国の陛下は立ち直りやすくて大いに結構。
否。
そうでなければ勤まらぬ、か……。
「お前好みの女か……」
「ぶっはっ……!」
……………………。
………………。
おい、陛下。
今なんと……?
そしてゼグロ。
お前は後で覚悟しておくように。
「くくっ、別嬪さんだなぁ」
「うむ。よもやお主が少女趣味だったとはな。ヴィセロード・ラン・ファルヴェス?」
「ひっひっ! 陛下良い事言う! あぁ腹ぁ痛てぇ……!」
………………言うに事欠いて。
私が、【少女趣味】……だと…………?
ヒュッと室温が落ちたのを感じた。
「あ……やべっ…………!」
「お、おい。落ち着け! ヴィセロード・ラン・ファルヴェス!!」
慌てふためく馬鹿ども。
知らず知らずに口角が上がる。
こいつもろとも一つに固め、留め置いてやろうか……?
「お、おい?! ……チッ! 陛下、離脱!!」
「もちろんだ!」
転移の術を組み立てようとする奴ら。
私が貴様らを――
「逃がすわけなかろう……?」
厄介な貴様らを、なぁ……?
――――ピシシッ……。
「……ゼグロだけならまだしも、人の親父まで纏めて氷漬けにするのは辞めてくれ。ラン」
二人まとめて氷漬けにした直後。
出入り口の扉の方より声をかけられた。
「ドゥヴィラス……」
「親父が悪いのは分っている。だからそれを解いてやってくれ」
「……これはこのままが無難だ」
この錆色の髪に金の瞳の男はドゥヴィラス・ウィゼ・イルディオ。
一応この国の次期王でもある。
そして。
初めから今まで扉の前で立ち聞きしていた男でもある。
「まぁ、確かに逃げられるのと比べたら断然マシだが。さすがに何かあってからでは遅いからな」
「そうか。では仕方あるまい。お前とこの馬鹿で見張るんだな。私は知らん」
「…………分かっている。すまない」
「いや……」
友の願いだ。
叶えんわけにはいくまい。
嗚呼。
ドゥヴィラスとゼグロの明日を想うと笑いが出てくるな。
せいぜい振り回されると良い。
私はこの物を置いて帰るだけだ。
「後で請求証を持ってくる」
もうここに用はない。
私はソファーから立ち上がり、扉を目指した。
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―――――――
サイルドフ・セルメド・イルディオ
イルディオの王。
息子と娘が居る。
フィルフィリア・ディア・イルディオ。
ローダン伯爵家夫人。
金糸の様な髪に錆色の瞳
故人。
ドゥヴィラス・ウィゼ・イルディオ
サイルドフの息子。
次期王。
ヴィセロードとゼグロの友。




