第一話 憂鬱
人里離れた森の奥深く。
そびえ立つ巨大な白亜の壁。
私の馬車は、どこででもみることのできる大きさで、巨大な壁にしては不釣り合いすぎるほどに小さく、珍しくもない黒に近い木製の門をを潜り抜けた。
巨大な白亜の壁は、奥が見えぬほど、巨大のようだ。
そして。
恐らく壁の中央辺り。
白い煉瓦のような壁に、屋根は茶色の陶器のようなモノに覆われた平屋建ての。立派な館が広がっていた。
・・・・・・約二百年前に記された【ナーマス夫妻の遺言】に記されている禁忌。
その禁忌に触れることをしながら、無事に生きているという異端者がいると噂を聞き。
私は館の主と話をつけ。
この館を訪れた。
『どぅどぅ・・・・・・』
馬の嘶きに続き、聞きなれた御者の声が聞こえ。
しばらくして、扉がノックされ、扉が開いた。
私は馬車を降り、軽く御者の男を労い。
館の玄関たる両開きの焦げ茶の扉へと向かい、蛇がこちらを向き、顔を上げているノッカーを鳴らす。
音が響いた直後に、扉は開いた。
中から出てきたのは、黒髪黒目で燕尾服を身に着けた小奇麗な男。
男は隙のない礼をし、顔を上げた。
「ようこそお越しくださいました。ヴィセロード・ラン・ファルヴェス様ですね。私は案内を務めさせていただきます、執事のテノールと申します」
朗らかな笑みを浮かべ、屋敷の中へといざなわれた。
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――カツン、カツン
硬質な床にあたる踵の音が、美しい白の廊下に響く。
前を行く執事は唐突に口を開いた。
「お客様皆様に申し上げておりますことが二つ、ございますので……お聴き逃しの無いよう、お願い申し上げます。まずは一つ。この屋敷内で身分を振りかざすようなことはおやめください」
「…………」
何を言っているんだこの男。
私が持っているような身分など、あの化け物変態シスコン女侯爵が居ては、無いに等しかろうに……。
……仮に、振りかざそうものならば、プチッとやられるだろうて…………。
…………さてはこの執事。
アレの恐ろしさを知らぬな……。
まぁ。
知らぬがよかろう……。
嫌なものを思い出してしまい、少々憂鬱な私の心境などお構いなしに執事は続けた。
「二つ。我らの主に危害を加えようとする行為も……おやめください。以上、この二つをお守りいただけないようであれば……――その命は無いとご理解ください」
『命は無い』と告げる際、ひやりとする殺気を向けられ。
それと同様なものを何処からともなく感じた。
…………嗚呼。
どうやら要らぬ好奇心を働かせてしまったようだ……。
……まぁ、良い。
いつ巻き添えで死ぬか――否、殺されるか分からん命だ。
…………つまり、明日が私の命日やも知れん……。
いっそ、陛下に風邪でもひいたと連絡してしまおうか…………。
はぁ……。
そのようなこと、出来るのであればとっくにやっているのだがな。
…………明日の今頃、私は墓の中だろうか……?
「お客様。こちらでございます」
執事がそう言い、扉をノックし、それを開けた。
「お客様をお連れしました」
「ご苦労様。どうぞ、お入りになって」
若い、女の声がした。
……もしや、アレの妹ではあるまいな……?
もしそうであれば、私は早々に引き上げるぞ。
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