第八話 侍女と執事と料理長+下っ端
静かな室内。
この部屋の主であるお嬢様は、ベッドの上。
昇ったばかりの陽が室内を優しく照らす。
お嬢様の顔色はひどく悪くて。
時折小さく悲鳴のようなものと、小さなうめき声が上げて身をよじったり、縮こまったり。
お嬢様は……ひどく、くるしそう…………。
私は、苦しそうなお嬢様に早く目を覚ましてほしくて、お嬢様の手を両手で包んだ。
「お嬢様…………」
呼びかけてふと、昔を思い出した。
あれは、私がお嬢様に拾っていただいて、遊び相手として傍に居たころ。
私はお嬢様を親しみを込めて『リース』と、呼んでた。
でも。
今はもう、遊び相手じゃない。
私は…………お嬢様の侍女。
至らないところは多々あると分かってる。
だからこそ、私は。
遊び相手だったころの思い出の呼び名を止めて、親しみを込めて『リース』と呼ぶ代わりに『お嬢様』と呼ぶことにしたんだもの。
私がそう決めたとき。
お嬢様は『寂しいわ』と困った顔で笑ってた。
あの顔は忘れない。
でも、私は侍女として……お嬢様に必要とされたい。
そう思ってる。
だけど。
お嬢様が起きてくれないと、私はお嬢様の侍女になれない。
じゃぁ。
今の私は何なの?
遊び相手?
でも、お嬢様はもう。
そんなものが必要な年じゃない。
だったら今の私は、ただの【ミリー】。
今の年頃のお嬢様に必要なものは、話し相手。
じゃぁ私。
今は。
今だけは…………お嬢様の話し相手を、勝手に務めさせてもらおうかな……。
「りぃ……す……」
少し緊張したけど、昔みたいに読んでみた。
でも、昔みたいに素直に呼べない。
困っちゃったな……。
…………久しぶりだから、しょうがない。よ、ね……?
だから気を取り直しってっと!
「リース。起きて? 朝になっちゃったよ? もう、四日も寝たままじゃない。いい加減起きて、私とお茶しようよ? 今度はね、紅茶にレモンを入れてみようと思うんだ。料理長にたのんで、紅茶に合ったお菓子を焼いてもらうから…………」
そう、リースの手を握って話しかけるけど……反応は、無くて。
私の声が。
言葉が。
空しく、室内に響くだけ…………。
「だから……。だからね、早く……起きてよ。それで、『おはよう』っていって、笑ってよ…………。ねぇ……リース………………。さみしいよ……」
勝手に感情を表す言葉が零れて。
それと同時に涙が頬を滑って、スカートに落ちた。
一度こぼれたそれは、次から次に落ちてきて、止まらなくて。
目をこすって止めようとしたけど、リースの手を離すのが怖くて、それが出来なかった。
ねぇ、リース。
私、リースが居なくなっちゃいそうで、こわいよ……。
怖いんだ。
だから早く、目をさまして…………。
***
屋敷を巡回しつつ、お嬢様の部屋に来たところ。
ミリーの小さな嗚咽がお嬢様の部屋から聞こえ始めた。
お嬢様の様子は気になるが、付きっきりで寝てもいない。
食事をしようとしないミリーの様子も気になっていた。
だからこそ。
これを注意しようと考え、お嬢様の部屋を訪れたのだ。
だが。
今はやめておこう。
そう考えて踵を返し、調理場に向かった。
調理場では、料理長が椅子に座り、親指の爪を噛んでいた。
「お、長。し、したく、で、でで出来ましたっっ!」
激しくどもりつつそう叫んだのは、料理長が連れてきた下っ端たちの内の一人。
「おう。わかった」
料理長はそう返答し、席を立つ。
と、ここで俺に気づいたようだ。
「なんだ。テノールじゃねぇか…………姫さん。どうだ……?」
目の下にクマを作っているせいで、さらに迫力が増している。
この様子だと、侵入者を見つけようものなら血祭だろう。
気をつけねば……。
そう頭に刻み、料理長に答えを返す。
「……激しくうなされいる」
「そうか…………。だいたい、お前。本当にアレ、睡眠薬だったんだろうな?」
「あぁ。お嬢様には、少し眠くなる程度に作っておいた」
「………………常人だと、二度と目覚めねぇってやつだろう?」
「以前渡しただろう?」
「…………姫さん、一時間もせずに起きたな……」
「当たり前だ。俺が面倒見ているんだ。薬で死なれてはかなわん」
「ふっ……。通りで。あの姫さん。なんの警戒もなくアタシが作った料理を食べるわけだ」
「それは元からだ」
「……その口ぶりだと、お前。殺しかけただろう?」
「…………………さぁな……」
【黙秘】とさせてもらおう。
***