第四話 『狸』
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お姉様と変態が落ち着いてしばらくして、調子が良くなりました。
本調子、とまではいきませんけれど……。
まぁ。
何とかなりましたわ。
それにしても変ね。
私、どうしてお姉様が二人いることを忘れていたのかしら?
あと、お姉様がか弱いなんて間違いも……。
変だわ。
だって私。
お姉様の実力を見たことが無いわけではありませんのよ?
「ねぇ、リース。あなたどうして私を『か弱い』なんて言ったの?」
「……それが、その…………分からないのですわ……」
「でしょうね」
「え? どういうことですの?」
「…………あなたはつい少し前まで、記憶と意識を捻じ曲げられていたのよ。……あの狸にね」
忌々しいと言わんばかりの顔でそうおっしゃられたお姉様。
ですが、『記憶と意識を捻じ曲げる』だなんて。
変ですわ。
だって私。
術が発動したとか、そんなことまったく感じなかったのですよ?
もし本当に術が発動していたのだとしたら、料理長たちが気づくはずです。
それなのに彼女たちが気づくことはなかった。
あの彼女たちが、です。
信じられません。
ですが、本当に術を使われていたのだとしたら頷けます。
…………ところで、『狸』とは……?
「サイルドフ・セルメド・イルディオ。またの名を『イルディオの狸』。君たちの国の王の事だね」
「え? 王様が、『狸』?」
「そうよ。知らなかったの? 王の二つ名なんて、幼い子の教育に使われる書物にすら書かれていることよ?」
「え、えぇっと……。でも、王様を『狸』だなんて不敬罪ととられるのではありませんの?」
「あぁ。そんなもの、とっくに廃止したわ」
「え…………? そう、なのですか……?」
「えぇ。私を軽んじる行為だもの」
「……………………」
もう、私……付いて行けません…………。
カルチャーショックです。
お姉様が最強すぎてどうしましょう……。
どこをどうすれば、私が勘違いしていた『か弱いお姉様』になど、なるのでしょう?
……そう言えば、以前。
ミフィが『また王様と喧嘩してお城、壊しちゃだめだからね?』って…………。
……あの時は気にもしなかったのですが、『また』ってなんですの?
しかも『喧嘩』ってなんです?
と言うよりも。
何より気にすべきは『壊しちゃだめ』って………………壊したの?
『また』ってつくくらいだもの、壊したのよね……。
そうよね。
だってお姉様だもの。
ミフィが言っていたわ。
『罪を犯した者を姉さんが『無罪』と言っただけで、この大陸中の国々は我先にとその者の罪を消し去ったわ』と。
『やはり、わが身は可愛いものなのね』
そういってにっこり微笑んで、ミフィは帰っていきました……。
何のことかさっぱり分かりませんでしたが、『お姉様の発言力はこの大陸中でとても強い』という事が分かりましたわ……。
「リース。『狸』の事は良いの。今はミリーの事よ」
きゅっと表情を引き締めたお姉様。
そんなお姉様の口から飛び出したミリーの名。
とても嫌な予感がします……。
「みりーの、こと……?」
「えぇ。とりあえず、見た方が早いわね」
お姉様はそう言って私の頭を撫で。
次の瞬間には私の頭の中に大量の映像と会話が流れました。
その映像と会話から、ミリーが国を守るために覚悟を決め。
国を出たことを知りました。
映像の中のあの子は、私に見せる『無邪気なミリー』ではなく。
凛として覚悟を決めた『一国の王女・シャティフィーヌ』だった……。
私はそれが、少し。
ほんの少しだけ、寂しかった…………。
「落ち着いて聞いてちょうだい、リース。ミリーは国を出たわ。けれど……あの子を欲しがった国は、強欲だったの…………」
そうおっしゃられたお姉様は……怖くて、ぞっとするほど冷たい顔をしておられました。
「本当はこんな危ないモノを、可愛いあなたに渡したくないわ。でも、私はこの国の。いえ、この大陸を覆う絶対の守護を……破ることはできない。許可を下ろすのにも、短くても一月掛かるの……。それはこの国に戸籍のあるあなたも例外ではない」
「それは、どういうことですの?」
「……この大陸・クェフードは、この大陸から生まれた生き物以外ならば、許可なく出入りが可能よ。でも、この大陸の生き物は許可なく出入りすることは不可能なの。そしてそれは、戸籍があることでこの大陸の生き物となった者も同様に許可なくては大陸を出ることは不可能」
「…………つまり、【リセスティ・ルディ・ローダン】も。と、言うことなのですね」
「えぇ。そうよ……。ごめんなさい。私が、余計なことをしたから……っ」
ほろほろと涙をこぼされ、手で顔を覆ったお姉様。
指の隙間から嗚咽が漏れ聞こえ。
私はただただ呆然としました。
理解が追いついていないのです。
だって、ミリーがどのような状況なのかすら、分からないのですよ?
『強欲だった』?
それはつまり……ミリー――いえ。
一国の王女だけでなく、それ以外も欲しがったということなのかしら?
…………陛下の世継ぎたるミリーで満足しないと言うことは、狙いは――国土。
では、国は。
私の祖国は、どうなっているの……?
私の、家族は……?
……っ!
まさかっ……!!
嫌な予感が胸を占め。
ドクリドクリと、騒ぎ始めました……。
「おねぇ、さま……」
「…………でも、安心して。少し前。私の妹である【リセスティ・ルディ・ローダン】の、死亡を大陸が正式に受理したわ」
「え…………?」
「あなたは、この大陸の者ではないの。だから、これを……」
お姉様がそういって挿しされたのは、小さな、人形サイズの槍。
それは今の私にとてもちょうどよかったわ。
ですが、これは本体では使えません。
「お姉様……」
「大丈夫よ。あなたが本体に戻ったとき、その槍もあなたに合わせて大きくなるわ。だから、お行きなさい。リース」
「……はい。行ってまいります」
「気をつけて。ちゃんと、戻って来るのよ?」
「もちろんですわ。お姉様――いえ。セフィニエラ・サティ・ルフェイド様」
「………………『サラ』よ」
「…………?」
「私の母様がくださった大切な愛称なの。それで呼んでほしいわ」
「……はい。ありがとう、ございます」
「無事に帰ってきてちょうだい。そして、あなたの事を教えてくれるかしら?」
「もちろん、よろこんで」
私はそう答え。
再び空間を繋げる術。
もうゲートで良いわ。
それを発動させ、潜り抜けた。
その際。
お姉様――サラ様がくださった槍がミリーと祖国の現状、この槍の使い方。
すべてを教えてくれました。
なんでも、この槍はサラ様が魔力をこめ。
形をあの変態が作った代物だそうです。
ミリーは魔力無効化の施された部屋の中で、泣いています。
祖国は……ミリーを捕らえた国に、押されていました…………。
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今気づきましたけど、リース。
『』でしゃべってませんね……。
もう次からちゃんとします……。




