第九話 涙
「もう少し待っててね!」
なにやら楽しげでそわそわしているミリー。
どうしたのかしら?
あぁ、そう言えば――――
私に抱き着いて、後頭部にその豊富なものを押し付けている場合ではないのでは無いのでしょうか?
「お姉様。お仕事の方は……?」
「え? あぁ、もう終わらせたわ」
少し上を向いて、お姉様を確認して言うと、お姉様は嬉しそうの微笑みました。
「待たせたわね。リース。私一人では寂しかったでしょう?」
視界が真っ暗になりました。
しかも、なにやらかに顔が埋まった上でぎゅうっと抱きめられています。
後頭部もなにやらかに埋まっているのよ。
もう直視したくないわ……。
でも、男性の方なら喜ばれるのでしょうね。
喜び過ぎて鼻から血をお噴かれそうですが……私からすればただただ居心地が悪く、何より息が苦しいの……。
……嗚呼。
そうでした。
お姉様は二人いましたね……。
ついうっかり。
いえ。
現実から目をそむけていました…………。
…………ですが、出来れば一生。目をそむけていたかったです……。
「……それは良かったのですが、息が苦しいです……」
「あら。ごめんなさい」
正面に居たお姉様が離れて下さいました。
ですが。
今日も。
えぇ。
今日も、言わせていただきますわ。
毎度言っておりますが……。
いえね。
ただ、会うたびにこれではいけないと思うのよ。
えぇ。
そうよ。
私、こんなことで死んだら、恥ずかしくて天に昇れないわ……。
「お姉様。私、お姉様の豊富なものによって窒息死など、御免こうむりとうございます」
「ッ……いやよ! リースが死ぬなんてっ!!」
と。
後頭部のお姉様。
次ぐ、じわりと涙を浮かべた正面のお姉様は俯いて。
「ごめんなさい、リース。私、つい嬉しくて……」
そう言われ、その場に座り込まれたお姉様。
お姉様は俯いたまま、いやいやをするように首を左右に振ると、私の腰に両腕を回されました。
「お願いよ。リース。貴女が死ぬなんてイヤ。嫌よっ……!」
「えぇ。私も嫌だわ」
正面の泣き出したお姉様に続き。
後頭部のお姉様はそう言うと、身を乗り出し、私の頬に頬を摺り寄せて来られ。
その頬が少し、濡れていました。
…………どうしましょう。
これは間違いなく、私がお姉様を……泣かせてしまった…………?
「ぁ。え、えっと……その、その…………『すこし、力を緩めてくださると嬉しいな』と、言いたかっただですわ。ですから、お姉様。泣かないでくださいませ……」
「っ……泣いて、無いわ」
「そうよ。泣いてなんて……」
お姉様はそう言うけれど、声が涙に濡れています。
……あぁ。
いつも思うのだけれど。
こんな風に泣かせてしまうのなら、笑って居ればよかったわ……。
「お姉様ごめんなさい。私が悪かったの。ですから、どうか泣かないでくださいませ」
「「……キス、してくれたら泣き止むわ」」
「えぇ。それで泣き止んで下さるのなら、喜んで」
「「本当……?」」
「はい。もちろんです」
「「ふふふ」」
「……お姉様?」
あら?
さっきの笑い声。
涙に濡れていなかったような気が……。
「ふふ。簡単すぎだわ、リース」
「本当。こう何度も泣き落としが通じると、将来が心配だわ」
と。
何故か嬉しそうなお姉様が私の左右の頬に唇を落とし、嬉しそうに離れて下さいました。
…………これは、もしや……。
おそるおそる私の正面と背後に居るお姉様を見上げてみます。
お姉様お二人は既に立ちあがって私を見下ろして、微笑まれており。
目元は涙に濡れてなど、おりませんでした……。
……あぁ。
また、お姉様の嘘泣きに騙されました……。
「もう、お姉様っ! また騙しましたねっ!!」
「嫌だわ。騙すなんて」
「そうよ。人聞きが悪いわ」
「そう言っていつもいつも誤魔化してっ! 罪悪感を感じる私をなんだと思っているのですか?!」
「「可愛いくて愛おしい妹よ」」
「……っ。もう、私。お姉様の涙に弱いのです。お願いですから、嘘泣きは辞めて下さいませ」
「「いやよ」」
飄々と、かつにこやかに微笑まれたお姉様。
…………これで何度目かしら?
あぁ。
止めましょう。
考えるだけ空しいわ……。
もうこうなったら!
「お姉様っ! この際だから言わせていただきます、ゼグロさんとギルド長に迷惑はかけてはいけません! お二人にもしものことが起こったら、お姉様にもしもの時、誰がお姉様を助けるのです?!」
「あら。この私が遅れをとるなど、ありえないわ」
「そうよ。ありえないわ。だって私が二人いるよの?」
「「ねぇ?」」
「っ~~~ありえなくなどありません! いつなん時、何が起こるかなど誰にもわかりませんわっ!」
「……………………分かった。良いわ、優しいリースが言うんだもの。雑魚な二人を労わってあげる」
「もう、リースは優しすぎるわ……」
「本当ね。あの雑魚の事を心配するんだもの」
「雑魚は雑魚でしかないというのに」
「コホン!……とりあえず、ありがとうございます。お姉様」
出来れば、『雑魚』と言う単語は除いてほしかったのですが…………。
無理ですわね。
だって、一瞬ですべてを消しさるほどの力をお持ちのお姉様ですもの……。
そんなお姉様から見れば、ゼグロさんたちは雑魚……。
なのでしょうね…………。
私。
最近お姉様が『化け物』と呼ばれる理由を、次々と拝見させていただいているので、『その言葉、まさしく』。と頷いてしまいます。
もう、お姉様がギルド長に『化け物女』と例えられようとも、私。
笑顔で同意を申し上げてしまいますの…………!
「あ。準備できたみたい! 行こ?」
沈黙を守っていたミリーが突然そう言ったの。
どういうことかしら?
なんて考えていたら正面から移動したお姉様に変わって正面に表れ、ふわりと浮かんだ小さなミリー。
彼女の両手に手を握って引かれ、慌てて立ち上がる。
「え? ちょっと待って。ミリー! どこへ行くと言うの?」
「ん? えっと……内緒!!」
問うと、にっこりと。
嬉しそうで楽しそうに、好奇心一杯にミリーはほほ笑んだ。
もう。
なんだというの?
そう思い、彼女に手を引かれるまま、台所を後にした。
リスティナちょろい。
ちょろ過ぎる……。




