第一話 執事
『…………ててさま……』
『ててさま! あのねーー』
『ててさま。このやくそーはちがうの?』
幼さゆえたどたどしい口調ながらも言葉を紡ぎ、駆け寄ってくる幼子。
『父様。私、もう一人前かしら?』
ーーあぁ。お前はもう、立派な薬師で……忍びだ…………。
『そうよね。だって私は父様の弟子で、何より父様の娘だもの』
ーーお前は誰が何を言おうと、俺の自慢の娘だ。
『ふふ…………そうね。そうよね』
嬉しげに微笑み、薬草を磨り潰す手を止め。
表情を引き締めて顔をあげ、見据えてきた。
『父様…………私ね。城主様のお嫁様になるわ』
『城主様が、私を『是非』と言ってくださっているの』
『父様。城主様はとても素晴らしいお方ね』
はにかむ心優しき娘。
この頃の俺は、娘がーー里長たちが巧妙に隠した嘘に気づくことはなかった………………。
私を『父』と呼び、慕ってくれた娘。
この世に生を受け、捨てられていた、弱り果てていた小さな赤子。
拾ったその命は空前の灯火だったと言うのに、あの娘は強く。
何より、美しく育った。
…………故に。
城主の……あの男の戯れで…………手折られた。
俺は娘が嫁ぎ。
半年と立つことなくあの男の手により、この世を去った事も知らず。
娘の身の心配ばかりしていた。
『住環境の変化で病に掛かってはいないだろうか?』
『忙しないあの娘のことだ、怪我をしてはいないだろうか?』
ただただ、心配ばかりしていた……。
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寒さも厳しくなった頃。
里長に呼ばれた。
『…………雪影よ。お前の拾い子は、二月前に死んだ』
『!? まさか、その様なことーーーー』
『事実だ』
『ですがーーーー!!』
『あの捨て子も了承したことだ』
『っ……!?』
『もう二度と、要らぬ血を里に持ち込むでないぞ…………お前は、私の息子なのだからな…………』
里長は淡々と不愉快な事を口走る。
あの娘をーーーー俺が実の娘同然に慈しみ、大切に育てた娘を…………俺の子を、『捨て子』と。
『要らぬ血』、と…………。
『………………要らぬからと……俺の子をーー燕を、殺したのか、親父……!』
『……何を憤ることがある。里の存続の為、里の子らが為。捨て駒にしかなり得ぬ駒を、つこうて何が悪い……?』
『…………そう、かよ……。だがな、燕は俺の娘で家族だ。それを殺されて黙っていられる程。屑じゃねぇ』
『……………………何処へ行く……』
『言うまでもない』
『辞めておけ…………辞めぬと言うのであればーー』
『何があろうと押し通るまで』
『…………そうか……では、死ね』
『あんたがな……』
『『『『『里長!!』』』』』
雪崩れ込んできた里の者たちは、皆。
親父を下す俺を見、驚愕の表情をしていた。
『『『『雪影様っ……!!』』』』
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親父を下した後。
城主に引導を渡すべく、里を出た。
その際着いてきた里の者どもは、俺が復讐を果たした後も側にいる。
親父が生きているのかなど、知る価値などない。
里も同様。
消えていようがなんであれ、俺の知ったことではない。
「テノール様。また、お嬢様に向け、虫が放たれました」
「…………敷地に入った時点で始末しろ」
「はい。了解しました」
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