第十一話 名乗る名
「やだもう! 可愛い!! ミフィ―が黒髪で、サラサラのストレートだったらこんな感じかしら! 素敵っ!!」
降ってきた女性は興奮気味です。
露骨すぎるような気もしますが、あえて言わせてちょうだい。
ぎゅうぎゅうと豊かな胸に顔が押し付けられて苦しい……。
そして体を左右に揺らさないで下さい!
私も一緒に振られるのよ!!
だ、誰か!
助けて……。
このままだと私、圧迫死してしまうわ……。
「はッ!! ご、ごめんなさい! 私ったら、つい……!!」
バッと勢いよく体を離してくれました。
おかげでかすみかけていた意識が戻ってこれましたよ……。
…………殿方は喜ばれる事でしょうけど、私は本気で死ぬかと思いましたわ……。
「いえ、お気になさらず。どうぞ、座ってください」
「あぁ。ありがとう。でも、本当にごめんなさい。あなたの瞳があまりにもミフィ―……妹とそっくりだったものだから」
「まぁ、そうでしたの」
「あぁそうだったわ。名乗っていなかったわね。私はセフィニエラ・サティ・ルフェイド。『お姉様』って呼んでくれると嬉しいわ!」
そう言って、私の隣に座ったセフィニエラさんは微笑んだ。
私はそれに『そうですの。よろしくお願いします』と答え。
セフィニエラさんのキラキラとした藍色の瞳が言っている『さぁ、お姉様って呼んで?』を無視します。
だって。
初対面の方を『お姉様』なんて、恥ずかしくて呼べません……。
「…………それで、あなた。名前は?」
なおも目をキラキラさせているセフィニエラさんに問われ。
一瞬何のことだか分からず、小首をかしげると、彼女は小さく笑って言った。
「だから、名前よ。何と言うの?」
私は彼女の言葉を理解し、迷った。
だって、私であるはずの【リスティナ・ファスティ】は死んでしまっているのですもの。
正しくは『私が私を殺した』のですから……。
だから名乗る名はありません。
ついでにこの二年。
私は『お嬢様』とか『姫さん』って呼ばれてて、最近ではバリトンが連れてきたメイドさん達が『姫様』って呼んで。
皆。
私をそのいずれかで呼ぶものだから、今まで『名前が必要だ』と考えたことすらありませんでした。
でも。
たった今、必要になりました。
どうしたら良いのでしょう?
私は死んだ名を名乗っても良いのでしょうか?
でも。
もし、その名を名乗ることでまた、命を狙われてしまったら…………それは怖いわ……。
となれば――――
「私は……死人ですから、名乗る名はありません」
「え…………? 死人? あなたは見るからに生きているじゃないの」
「えぇ。でも、私は書類上死んでいます。ですから名などありませんし、必要もありませんわ」
「……そんな……そんな悲しいことを言わないで……」
セフィニエラさんは悲しげに顔を歪めて、そう言ってくれました。
私は初対面の彼女がなぜそんなにも悲しそうな顔をするのかが不思議で、困った。
「ですが、私がそれを望んでの事です。ですから、どうか他言無用でお願いしますわ」
じゃないと私の命が無いわ……。
嫌よ。
せっかく故郷と家族を捨てて、『命を狙われ続ける』って言うフラグをへし折ってきたというのに……。
追ってなんて来たら、私はなんのために大切な家族から離れたというのよ。
無駄になってしまうわ。
でも、もし。
彼女から情報が漏れたのなら……記憶を消させてもらうだけなのだけれどね。
そう思い、いつでも発動出来るよう。
術を展開しつつ、彼女の返事を待った。
だけれど返事はあっさりと帰ってきたの。
「分かったわ。誰にも言わないと約束する。だから、後ろに隠してる術を見せて下さらない?」
「…………お気づきでしたの?」
「えぇ。私、魔術は得意なの」
「まぁすごい! 私なんて魔力適性が致命的なほどに偏っていますよの?」
「あら。そうなの? そんな感じに見えないわよ?」
「ちなみに、セフィニエラさんは何がお得意なのですか?」
「え、私? 全般得意よ。特に好きなのは攻撃かしら」
にっこりと微笑んだセフィニエラさん。
私は『ですよね。分かります~』と、言いたくなった……。
だって彼女から、とてつもなく巨大な魔力を感じるんですもの…………。
「うらやましいわ……」
「え? そうかしら? でもね、あんまり発動させ過ぎたらミフィーが怒るの……。『口きかない』って言って、本当に口をきいてくれなくなるの」
ポロリとこぼれた言葉を拾ったセフィニエラさんは、そう言ってしょぼんと落ち込んでしまった。
えっと。
これは、どうしたら良いのかしら……?
そう思って扉付近に居るみんなに目を向けると、小さく微笑んでちらほらと居なくなっていったわ。
……出来れは、置いて行かないでほしかったのだけれど…………。




