第八話 理解不能
私の部屋には一人掛けのソファーとローテーブル、ベッドそれしかないの。
だから私がベットに座って、四号にソファーに座らせて四号の話を聞いていた。
「―――んで、オズが十一号に突っかかってその拍子に鍋ひっくり返してなぁ。十一号が激怒してお玉もって追っかけ回してやがんの! でもってこれが執事に見つかって、大目玉! 二人してベソかいて泣いてな、しかも俺までとばっちりよ? もう、困ったもんだ」
「まぁ……ふふふ」
その場面が頭に浮かんで、ケタケタ笑う四号につられて笑うと、彼は急に表情を引き締めたわ。
どうしちゃったのかしら?
「で。一つ報告」
「え? 何かしら?」
「実は…………ミリーについて……」
「……………………『ミリーについて』…………?」
問うと、四号は表情を硬くしたまま頷いた。
彼は少しためらうように目をそらして、私と目を合わせる。
「………………」
目を合わせたまま、沈黙した四号。
先ほどまでのふざけた様子は消え失せ。
ただただ私と目を合わせている。
「なぁに? どうしたの? 四号」
「…………怒らないし、泣きません?」
変な前置きをしてきたわ……。
何があるというの?
そう怪訝に思いつつ、『えぇ。もちろんよ』と頷いた。
「んじゃ、言いますけど……ホントに怒って泣かんで下さいよ?」
「えぇ。大丈夫よ? だから、気になるから早く話して?」
「ミリーが自殺を謀った」
一つ頷き、ぺろっと四号の口から飛び出した言葉。
その言葉が理解できなかった。
「え……? ごめんなさい、もう一度言ってくれるかしら?」
「ミリーが自殺。謀りました」
四号は若干困った顔で笑いながら、そう言った。
何のことか解らない。
でも、必死に働こうとしない頭を働かせ、彼の言った言葉の意味を探る。
彼は『みりーガジサツヲハカッタ』といった。
それは……どういう意味か…………。
「……………………え……? まさか……そんなことっ…………!」
「事実ですよ。姫さん。俺がちゃんと手当しましたから」
「……み、ミリー――彼女は無事なのっ?」
「あぁ。首を切りつけただけだったんで、直ぐに治療したんで、命に別状ないですよ」
「そう…………」
無事を聞いて安心と言うより、胸のあたりがズンと重くなったような気がして、それに伴い。
ゆっくりと視線が四号から外れて、膝に落ちて行った。
『ミリーがそれをやるんじゃないか』って、心配はあったの。
だけどね。
私。
あの子が、『記憶のない上に自分が分からなくて怖い』と言って。
『こんな怖い思いをするなら死んだ方がマシだ』って泣いていた頃。
あの子に『死んだってなにも変わらないのよ』と。
言い聞かせた。
何度も。
何度も……。
そうしているうちに、彼女は折れて『そう、だよね』と、頷いた。
だから、『大丈夫だ』と。
『心配はいらない』のだと……。
そう……自分に言い聞かせ、この二年を過ごしたのよ…………。
それなのに、それなのに……どうして…………。
あれほど。
あれほど、言い聞かせたのに……。
『幸せになるのよ』と言ったのに。
幸せになって欲しかったの……。
もう、私の言った事なんか……忘れてしまったの…………?
私の言った事なんて…………どうでも良いの……?
ねぇ、ミリー。
私ね。
あなたに幸せになって欲しかったのよ?
私は、あなたに笑っていてほしかったの。
あなたに自殺なんて、謀ってほしくなかったのよ……!
膝の上の両手でギュッと拳を握ると、目からあふれた涙が、頬を伝った。
「あーぁ……。泣くなって……おっかないの(て、ここの人間全部おっかねぇけど……)が来ちまうって」
「ごめ、なさ……。悲し……悔しくて…………」
「…………ぁぁ……だよ、なぁ……」
「ごめん、なさい……」
「まぁ、しょうがないか……気にすんなよ。おっかないのに切り掛かられる覚悟して、報告してっからな…………」
四号はそう言って、笑ったような気がした。
それから。
私の頭に片手を乗せて、それを優しく。
そしてぎこちなく動かした。
私はぎこちなく動くその手の暖かさに、重く沈んだように感じた胸のあたりが、少しだけ軽くなったような気がした……。




