第四話 バリトン
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「あら。テノール、料理長、ルシオにゼシオ。皆、どうしたの? お仕事はもう良いの?」
きょとんとして問うた、ずれた娘の声。
少し興が乗っていたというのに、またこの娘のせいでそがれてしまった……。
俺は腰に回している刀をいつでも抜けるよう準備していたが、その手を離す。
なにやら娘は小奇麗な男とくだらないことを言い合い。
男の方が娘にあきれ果てている。
苦労しているようだ。
…………まぁ、これならわからんでもないが……。
だが。
小声で暴言を吐くところはしっかりているな。
ついでに、娘の『目の下にクマが――』のくだりで、俺を鋭い目つきでにらむのも……。
しょうがないだろう。
俺だって仕事なんだからよ。
なんて考えながら男たちから送られる、射殺すような鋭い眼差しをシカトする。
そうしたら、ずれた娘が『くすっ』と笑った。
…………何が面白くて笑ったのだろうな、この娘は……。
そう考えていると。
小奇麗な男が溜息をついた。
もちろん、娘が気づかぬ程度のものだ。
どうやらこの男。
苦労性らしい。
ついでに、この館の人間はおかしい。
……いや、まぁ。この娘が一番おかしいんだが…………。
だいたい、その辺の娘と同じ気配しかしない。
さらには注意力、警戒心と言った物も散漫。
しかし。
娘を除いたすべての人間。
こいつらからは、俺と同じ匂いがする。
恐らく同族だ……。
そう分析していると、娘が不意に窓に目を向け、『皆、元気かしら』とつぶやく。
これに激しく動揺する館の人間。
それに笑みを浮かべ、笑いかける娘。
こいつら、なんなんだ……?
娘は見るからにその辺の娘と変わらな――――いや。違うな……。
その辺の娘は猛毒の毒草を平気で茶にして飲んだりはしないし、毒を飲んだことによる体の異常を訴えないなどありえない。
そう思い、暇つぶしにと持っていた『猛毒草図鑑』という題名の、本を取り出す。
そして、ドドウィズ草のページを開き。
娘に差し出した。
娘は興味を示し、覗き込んできた。
『せめて効果ぐらい知っておいた方が良いだろう』
そう思っただけだ。
……が。
小奇麗な男に一瞬にして紙切れにされてしまった。
…………以前あった時以上に素早い動きに見えたのは、気のせいだろうか……?
そう悶々としていると、娘が嬉しそうな顔でこちらを向いた。
「ですって! どうかしら? 彼女。見た目は怖いけど、とっても優しくて料理が上手なのよ? あ。その前にバリトンボイスの親切な方。あなたは奥様がいらしゃる?」
……いやいや。
何が『ですって!』だ……。
どんだけ力入ってんだよ……。
…………って。
なんで俺は男を紹介されているんだ……?
……ん?
………………『彼女』……?
誰が、『彼女』なんだ?
まさか。
その古傷だらけの、見るからにやばそうな男か……?
いや。
ちょっと待て。
聞き流していたが、確かそんなことを言っていなかったか……?
そう思い、娘が『料理長』と呼んだ男――――いや、女? の方を向く。
……凶悪に笑う賊の頭目を見たような気がした。
いや、幻覚だ。
だが、以前は本当にそれだったのだろうな……。
などと思い。
娘の方に目を向けると、いつの間にか娘が目の前に置いてあったローテーブルに手をついて、身を乗り出してきていた。
「ね、どうなの? 奥さんいるの? いないなら、彼女は絶っ対! おすすめよ!!」
満面の笑みに、キラキラとした目で言う娘。
……いや、まぁ。
嫁自体もらっていないが、そんなものをお勧めせんでくれ…………。
部下の様な屈強な嫁はいらん……。
俺は可愛い嫁がいい…………。
そう考えつつ、顔をひきつらせたとき。
『そんな高望みするからっすよ。『来てくれる』って言ってくれるなら、もらっておいた方がいいっすよ? じゃないと、ボス。一生独り身っす』
冗談を言う風でもなく、酷く真面目で真剣な顔で言って来た部下の一人を思いだした。
ついつい漏れた苦笑い。
「ねぇ? どうかしら? バリトンボイスの親切な方」
身を乗り出し、小首をかしげた娘。
その娘を『はしたないですよ』と軽くいさめる小奇麗な男。
楽しげな古傷だらけの『料理長』と呼ばれる女。
始終無言の双子。
それらを見て、軽く頭を抱えた。
……まぁ、そうだよな…………。
俺は頭の中に響いた、つい最近部下に言われた言葉に従うことにした。
***
こうして、料理長とバリトンボイスの親切な方がであって。
二か月後。
二人は無事、結婚したわ。
とても良いことね!
私は料理長がずっと料理長をしてくれるって、一緒に居てくれるって言ってくれて、とっても嬉しかったの。
でも、バリトンボイスの親切な方は、名前を教えてくれなかったわ……。
だから、呼ぶときに『バリトンボイスの親切な方』と呼ぶのは大変だから、『バリトン』って呼ぶことにしたの。
もちろん。
彼には了承を得たわよ?
テノールには呆れられたけど、私らしいって、笑ってくれたの。
双子にはニヤって笑われたわ……。
『やっぱり馬鹿だな』
『あぁ』
って。
雰囲気だけで言ったから、テノールに言いつけたの。
『ルシオとゼシオが私を馬鹿にするの』
ってね。
そしたら――――
『お嬢様が馬鹿なのは本当の事ではありませんか』
心からの満面の笑みで言われたの……。
これって、怒るべきなのかしら?
そう、庭師をしてくれることになったバリトンに聞いてみたわ。
バリトンは困った顔で苦笑するばかりだったのだけれどね……。
でも。
『姫さんの長所だな』って。
訳が分からないわ。
あぁ、後ね。
料理長とバリトン、二人の仲も良好みたいよ?
だって、料理長のお腹に子供が居るんですもの。
なんでも、女の子だそうよ?
きっと料理長に似た、優しい緑の瞳を持った女の子が生まれるのよね!
髪は何色かしら?
バリトンに似て、緑の髪なのかしら?
……それも、素敵かもしれないわね!
こうして。
バリトンと、バリトンについて来た人たちが屋敷に来て。
少なかったメイドさんは少し増えて、使用人さんたちも少し増えた。
テノールたちが建てて、私が居候している屋敷はまた一層賑やかになったわ。
とても良い事ね!




