第十話 ご乱心
さて。
私は今。
非常にかつ、激しく。
……混乱しております…………。
………………だ、だって!
目が覚めたと同時に殺されるのばかり見ていたんですよ?!
なのに……。
なのに、どうしてテノールに叩かれるの?!
て言うか!
どうして叩かれただけで済むの?!
隠し持っていた暗器でブスリって!
ドスリって!!
しかも、首スパーンって!!
私、殺されるのよ?!
えぇ。
もぉ瞬殺でしたとも!
鍛えた意味ないってくらいにね!!
しかも、『今か?』なんて、問うことなく!
訳が分からないわ!!
「……リスティナ・ファスティ。貴様は今、死ぬか…………?」
苛立ったような、テノールの声。
私はそれにハッとして、彼を見上げた。
テノールは、綺麗に感情を隠した無表情。
それは初めて会ったときの、ボロボロだったころに良く見た顔。
酷く、警戒されているみたいね……。
「ありがとう、テノール。でもね、まだ私……死ねないわ」
だって。
あなたは私が拾った、優しいテノールなんだもの。
今まで見ていた夢とは違う。
いいえ。
あれはあの声が言ったように、夢ではなく――
『【私】が経験した現実』
それを、夢とうつつのはざまで確信していた。
だから、早く目を覚まして私が会った皆に会いたかったの。
でも……起きるのが怖かった。
テノールに叩かれなかったら、私はこれが現実だとは思えなかったでしょう。
……まぁ。
詳しく言えば、叩かれた拍子に見えたドレッサーの鏡に映った彼が、泣きそうな顔をしていたからですけど。
「そうですか」
と。
ホッとして、安堵の笑みを浮かべるテノール。
まったく。
優しすぎるんだから……。
「姫さん……?」
「もう、大丈夫よ。ごめんなさい、料理長。ミリー、心配かけてごめんなさい」
そう声をかけると、料理長は『大丈夫ならいいんだ』と笑って。
ミリーは泣いて抱き着いて来たから、それを受け止めた。
しきりに『リース』と呼んですり寄ってきます。
……さて。
いつの間に、『お嬢様』がむかしの呼び名の『リース』になったのかしら?
いえ。
それは良いのです。
ですが。
ですが、ですよ?
…………言葉使いが、いつもに増して酷く幼くなっている気がするのですか……気のせいですよね…………?
だって、涙に潤んだ茶色の瞳がしたから見上げて来て――――。
『こわかったんだから』とか。
『もう、心配かけちゃ。ヤ』とか。
拗ねたように言ってくるのです……。
何、この子……。
天使…………?
天使なの?
あぁ、違った。
王女様だったわ…………。
まぁ。
ミリーは置いておくとして――。
「……ルシオ、ゼシオ。背中に隠し持ってるモノを出しなさい」
「「………………」」
無言で同じ方向に目をそらす双子。
そろいもそろって両手は後ろにやっている。
「ルシオ。ゼシオ……」
若干呆れが声に混ざったけれど、気にしないわ。
「「………………」」
無言の双子。
醸し出している雰囲気を読めば――。
『ヤベ、バレてる?』
『いや。大丈夫だ。こいつはちょろいからな』
『だよな』
と。
まぁそんな感じ。
失礼ね!
「私、ちょろくないわよ。早く観念して出しなさい。今ならまだ怒ってないから」
そうため息交じりに言うと、双子は互いに顔を見合わせた。
「…………」
「………………」
無言で何か会話して、頷きあった。
ちなみに言葉にするとしたら。
『だってよ。どうする?』
『めんどくせーから、もういんじゃね?』
てな感じかしら?
ちなみに、ゼシオ。
「ゼシオ。何が『めんどくせー』、なの……?」
にっこりと笑みを浮かべて問う。
すると無表情で狼狽え、目をそらしたゼシオ。
まったく。
器用ですこと!
「「…………」」
なんて思っていたら、双子が素直に隠し持っていたものを前に出した。
「あら? それ……」
花、だった。
綺麗な白で統一された花束。
でも……すごく臭い。
花としては致命的なほど、花らしからぬ匂い。
【香り】なんて可愛らしいモノなんかじゃないのよ…………。
でも、一応。
礼を言っておこうかしらね……。
「……ありがとう。ルシオ、ゼシオ」
そう言ったら双子は無表情で、なんとも言えない雰囲気を醸し出してきた。
『え……』
『マジ……』って。
…………何が言いたいんだ、この双子どもは!
と。
失礼……。




