その九
その時ー。
ビューン!
ものすごい音をたてて、菜の花畑に突風がふきました。
「キャー!」
何匹かの蝶が、風に飛ばされていきます。
「うわー!」
「助けてくれー!」
みんな、立っているのがやっとの状態です。
パーン!
蜘蛛が何度も巣をはいて、菜の花の茎と茎の間に風よけを作ります。
でもそれは、すぐに激しい風に飛ばされてしまいます。
「あっ!」
モンキ蝶が握っていた毒矢が強い風にあおられて、モンキ蝶の手を離れ空中に舞い上がりました。
そして・・・。
毒矢は、アゲハ蝶のお兄さんに向かって飛んでいきます。
突然のことに、アゲハ蝶のお兄さんは、一歩も動くことができません。
「あぶないっ!」
ガシッ!
鈍い音がして、毒矢が何かにつきささりました。
「蜘蛛さん!」
蜘蛛の背中に、毒矢が、つきささっています。
蜘蛛は、アゲハ蝶のお兄さんをかばって、飛んで来た毒矢にさされたのでした。
ぐったりとたおれた蜘蛛の背中から、血が流れています。
「蜘蛛さん、しっかりして!」
アゲハ蝶が、蜘蛛にかけよりだきおこします。
「アゲハ蝶さん・・・、ボクは・・・、もう、だめみたいだ・・・」
蜘蛛は弱々しく言うと、瞳を閉じました。
「蜘蛛さん!蜘蛛さん!」
アゲハ蝶が何度叫んでも、蜘蛛の瞳は閉じられたままです。
突風は、いつの間にかやんでいました。
蝶たちが、たおれた蜘蛛のまわりに集まってきました。
「死んでるの・・・」
「さあ・・・」
「蜘蛛さん、死んでなんかないわよねえ」
「いや、死んでいる。これでもう安心だ」
蜘蛛のことを本当に心配している蝶、それとは反対に、瞳を閉じたままの蜘蛛を見て、笑みを浮かべている蝶もいます。
「どいてくれ」
アゲハ蝶の後ろで、声がします。
そこには、モンキ蝶が立っていました。
その右手には、金色に輝く一枚の葉が握られています。
「あっ、あれはー」
「おい、あれは・・・、菜の花の精の葉じゃないか」
「菜の花の精の葉」ー。
それは、どんな病気やケガも、一瞬のうちに治してしまう不思議な葉。
けれど、それは、よほどのことがない限り、使ってはならないとされていました。
「だめよ、それを使っちゃっ!」
「そうだ!それを使っていいのは、僕たち蝶だけのはずだ」
「蜘蛛なんかに使ったら、菜の花の精が怒って、どんなことになるかー。それにもし蜘蛛が生き返ったら、ここにいる蝶たちみんなをおそって、喰い殺してしまうかもしれないぞ」
「でも、蜘蛛さんは、アゲハ蝶のお兄さんをかばって毒矢にさされたのよ」
「そうよ。菜の花の精は、きっと助けてくれるはずよ」
蝶たちが、騒ぎ出しました。
それにはかまわず、モンキ蝶は蜘蛛の前に来ると、静かに毒矢をぬきました。
そして、金色の葉をゆっくりと、傷口にかぶせます。
その瞬間、まっ暗な空が、真昼かと思うくらい、いえそれ以上に、まばゆく輝きました。
閉じられていた蜘蛛の瞳が、ゆっくりと開きます。
「ボ、ボクは、助かったの・・・?」
蜘蛛がたずねます。
「ええ・・・、そうよ」
アゲハ蝶は、涙ぐんでうなずきました。
モンキ蝶が金色の葉をとると、毒矢のあとは、きれいに消えうせていました。
「菜の花の精が、助けてくれたのよ」
「菜の花の精は、蜘蛛さんをボクたちの仲間だと認めたんだ」
蜘蛛は、立ち上がり、モンキ蝶の前に来ると、
「モンキ蝶さん、助けてくれて、本当にありがとう」
そう言って、手をさし出します。
「・・・い、いや・・・、おれも・・・、・・・すまなかった」
モンキ蝶も手をさし出し、蜘蛛と握手をします。
その上に、また手がかさなりました。
アゲハ蝶のお兄さんです。
「おれも・・・、本当にすまなかった。許してくれ」
それを見ていた蝶たち・・・。
今まで、蜘蛛を憎んでいた蝶たちも、おだやかな表情になっています。
その日から、蜘蛛と蝶たちは、本当に仲良くなりました。