その八
その夜ー。
蜘蛛は、菜の花の茎に手足をからめ、ぐっすりねむっていました。
その背後から、抜き足、差し足、忍び足、静かに、息を殺して、二つの影が近づいてきます。
細い三日月の光が、その影を照らし出しました。
それは、アゲハ蝶のお兄さんとモンキ蝶。
モンキ蝶の手には、毒矢が握られています。
それは、すずめバチがおそってきたとき、たおれたすずめバチから、モンキ蝶がこっそりぬきとっていたものでした。
「この日のために、とっておいたんだ」
モンキ蝶が、つぶやきます。
「いくぞ」
「ああ」
モンキ蝶が、蜘蛛めがけて毒矢を投げようとしたときー。
ガツン!
石ころが飛んできました。
「だ、だれだ!」
驚いて、石ころが飛んで来た方を振り返ります。
そこには、アゲハ蝶が、お兄さんとモンキ蝶をにらみつけて立っていました。
「兄さんの様子がおかしいと思って、あとをつけてきたのよ。そしたら・・・、ねむっている蜘蛛さんを殺そうとするなんて・・・。どうして、そんなひどいことをするの!」
「うるさい!じゃまするな!」
「そうだ。こいつには恨みがあるんだ。それは、お前も知っているだろう」
アゲハ蝶のお兄さんとモンキ蝶が、叫びます。
「どうしたんだ」
「どうしたの?」
「いったい何事だ。こんな夜中にー」
だだならぬ騒ぎに、ねむっていた蝶たちがみんな起き出して、集まってきました。
蜘蛛も目をさまし、菜の花の茎からおりてきています。
「みんな、聞いてくれ!」
モンキ蝶が、叫びました。
「おれは、父親をこいつに殺されたんだ。父親が黒い森に行ったっきり帰ってこない。おれも、父親のあとを追って黒い森に入ったんだ。すぐにこいつに捕まって、先に入った蝶と一緒に巣にからめられた。でも、まわりを見ても、どこにも、父親はいなかったんだ」
そこまで言うと、モンキ蝶は声をつまらせ涙ぐみます。
「おれは・・・、おれは・・・、思い切って、父親のことを蜘蛛に聞いてみた。そしたら、こいつは・・・、’お前のおやじなら、おれの腹の中だ。お望みなら、お前もおれの腹の中に入って、おやじに会ってくるか’そう笑って言ったんだ。笑ってな!」
モンキ蝶は、吐き捨てるように、言いました。
「そうよ!黒い森から帰って来た蝶たちの中には、私のおじいさんもお父さんもいなかった。きっと、蜘蛛に殺されてしまってんだわ!」
誰かが、叫びます。
蝶たちの顔が、暗くくもります。
中には、憎しみがこもった瞳で蜘蛛をにらみつけている蝶もいます。
「みんな、どうしたの。昼間はあんなに楽しく蜘蛛さんと遊んでいたじゃない。それに、蜘蛛さんは、この菜の花畑で一度だって私たちをおそうことなんかしてないわ。そうでしょう。それなのに・・・」
「バカだなあ、お前は」
アゲハ蝶のお兄さんが、アゲハ蝶が話しているのをさえぎります。
「お前はまだ、こいつの魂胆がわからないのか。こいつは、おれたちを油断させておいて、おれたち蝶を皆殺しにする機会をねらっているんだぞ。こちらがやられる前に、こいつを殺すんだ!」
「そうだ!そうだ!」
また、誰かが叫びます。
「そのとおりだ。おれも蜘蛛と仲良くしているけど、それは、仲がいいふりをしているだけなんだ。もし、蜘蛛にさからったら、すぐに喰い殺されてしまうかもしれない。いつも、そんな恐怖感をもっているんだ」
何匹かの蝶が、強くうなづきました。
「そうか・・・」
今まで、黙っていた蜘蛛がポツリと言いました。
・・・と・・・。
蜘蛛は、蝶たちの前に進み出ると、いきなり、両手両足を広げ地面にあお向けになりました。
「さあ、ボクを、君たちが気がすむようにしてくれ」
蜘蛛はそう言うと、瞳を閉じます。
「そうか、じゃあ、お前の望み通りにしてやる」
モンキ蝶が、毒矢を握る手に、力をこめました。
「やめて!」
アゲハ蝶が叫びます。