その六
「あっ!」
「見て!」
「おとうさん!」
菜の花畑に歓声が上がります。
「黒い森」から、もう死んでしまったと思っていた、父が、兄が、そして友達が、帰って来ました。
蝶たちはみんな、涙を流して喜んでいます。
その時ー。
ガサッ!
菜の花の根元で不気味な音ー。
「キャー!」
喜び一色だった蝶たちの体が、恐怖で凍りつきます。
「黒い森の蜘蛛よ!」
「みんな逃げろー!」
蝶たちは、羽をからめあい、狂ったように四方八方へと飛び散ります。
「みんな待って!私の話を聞いて!」
アゲハ蝶が叫びます。
でも、逃げまどう蝶たちの耳に、アゲハ蝶の声は届きません。
ブーン!
どこからか、鈍く重苦しい響き・・・。
菜の花畑に、まっ黒なかたまりが近づいて来ます。
「すすめバチよ!」
「逃げろ!」
「だめよ、そっちへ行っちゃ!蜘蛛がいるのよ」
蜘蛛とすずめバチにはさまれた蝶たちは、逃げ場をなくし、お互いぶつかり合って・・・、菜の花畑は大混乱。
先頭のすずめバチが、モンシロ蝶に向かって毒矢をはなとうとしています。
パーン!
何かが、はじけたような音がしました。
そして・・・。
ドサッ!
毒矢をはなとうとしていたすずめバチが、いきなり落下しました。
そこには、「黒い森」の蜘蛛が・・・。
落下したすずめバチの体には、蜘蛛の巣がからまっています。
パーン!
蜘蛛が、はじけるような音を出します。
と、同時に、蜘蛛の体から、勢いよく巣が飛び出します。
ドサッ!
蜘蛛の巣にからまって、今度はいっぺんに二匹、すずめバチが落下しました。
蜘蛛は、何度も何度も、音をたてて巣をはくと、次々にすずめバチを落下させていきました。
驚いたすずめバチたちは、慌てて菜の花畑から去って行きます。
「ハァ、ハァ・・・」
蜘蛛が、苦しそうに息をしています。
「蜘蛛さん、大丈夫?」
アゲハ蝶が飛んで来ました。
「ああ、おれは大丈夫だ。それより、お前たちは・・・、みんな、無事だったのか?」
額にびっしょり汗をかいたまま、蜘蛛がたずねます。
「ええ、蜘蛛さんのおかげで、みんな無事よ。ありがとう」
「蜘蛛さん、ありがとう」
モンシロ蝶が、蜘蛛のところへやって来て、お礼を言います。
「ありがとう」
「蜘蛛さんのおかげで助かったわ。本当にありがとう」
次々に蝶たちがやって来て、蜘蛛にお礼を言います。
蜘蛛は、ほんの少し照れくさそうに笑っています。
その日から、蜘蛛と蝶たちは、すっかり仲良しになりました。