その二
ガサッ、ガサッ。
夜の闇の中、草むらで何やらうごめくものがあります。
ここはー、「黒い森」−。
シャー!
その「黒い森」の暗闇を切りさくような鋭い音。と同時に、美しい蝶の羽が周囲に飛び散ります。
その光景を、悲しそうに見つめる二つの瞳ー。
ガサッ、ガサッ・・・。
音が小さくなっていきます。
そして、「黒い森」の暗闇は、いっそう深さをましていきました。
次の日ー。
アゲハ蝶は、また菜の花にとまり、身動きひとつすることなく、「黒い森」をじっと見つめていました。
でも、その瞳に涙はありません。
(行ってみなければ、何もわからないわ)
アゲハ蝶は、力強く飛び立つと、森へ向かってまっすぐに飛んで行きました。
「黒い森」。
その名のとおり、光がさしこむすき間もないほど、木々と雑草におおわれた暗い森。
羽に感じる空気も、寒く、冷たく、こごえてしまそうです。
ついさっきまでいた菜の花畑とは別世界。
アゲハ蝶は、まっ暗な中、木々や雑草に何度も、からまりながら、必死で飛んで行きます。
けれど、飛んでも飛んでも、「黒い森」は、はてしなく続きます。
もう、どれくらい飛んだでしょう・・・。
寒さで羽の感覚がだんだんなくなっていき、まぶたが重くなってきました。
気がつくと、地面すれすれを飛んでいる、いえ、地面にたおれているー。
(だめ!兄さんをみつけなきゃ)
アゲハ蝶は自分に強く言い聞かせると、全身に力をこめて羽ばたきを始めました。
(兄さんー)
力が尽きそうになるたび、アゲハ蝶はお兄さんのことを思い出しては、力強く羽ばたくのでした。