その十七
菜の花畑のちょうど真ん中にある、小高い丘。
蝶たちは、みんなで蜘蛛をその丘へ運びました。
静かに瞳を閉じたままの蜘蛛・・・。
その顔は、何本もの毒矢を体につきさされたとは思えないほど、とても安らかで、ほほえんでいるようにさえ見えます。
蝶たちは、蜘蛛をかこんで、ただ泣くばかりです。
そんな蝶たちを見て、空も、泣き出しました。
大きな雨粒にうたれても、誰も、蜘蛛のそばをはなれようとはしません。
アゲハ蝶の頭の中に、蜘蛛との思い出が次々にあふれてきます。
初めて、「黒い森」で出合った時のこと、巣を飛ばしてくれたり、一緒に歌ったりしたこと、蜘蛛の、そして蝶たちの本当の敵だった蛇を、力を合わせて退治したこと。
そして、アゲハ蝶の胸に今も深くきざまれているのは・・・。
自分は、いつかきっと蝶になれると信じていた蜘蛛の笑顔ー。
アゲハ蝶は、胸が苦しくなります。
(蜘蛛さん、ごめんなさい。あんな嘘をついて・・・。本当にごめんなさい)
アゲハ蝶は、何度も何度も、心の中で蜘蛛にあやまりました。
どれくらい、時間がたったでしょう。
いつの間にか雨はあがって、空にはきれいな虹がかかっています。
でも、蝶たちは、そんなことには気づかず泣き続けています。
やがて、あたりは暗くなり、空には満月が顔を出しました。
「おい、見ろ!」
突然、誰かが叫びました。
蝶たちは驚いて、涙で曇った瞳で、蜘蛛を見つめます。
「あっ!」
蝶たちは、いっせいに声をあげました。
「蜘蛛さん・・・」
いいえ、蜘蛛ではありません、そこには、1匹の美しい蝶がー。
それは、今まで誰も見たことがない、美しい蝶ー。
まるで、空にかかっていた虹がそのままおりてきたかのように、美しく、まばゆいばかりの七色の羽ー。
蝶たちは、まばたきを忘れます。
やがて、その七色の羽が、ゆっくりとはばたきを始めました。
そして、真っ暗な空へまい上がると、その羽は、月の光をあびもっともっと美しく輝きます。
蝶たちは、その美しさに声も出せません。
七色に輝く蝶は、ゆっくりと丘の上を一周すると、満月に向かってすいこまれるように飛んでいきます。
「アゲハ蝶さん、ありがとう。ボクは、やっと、蝶になれたよ。本当にありがとう」
アゲハ蝶の耳に、蜘蛛の声が聞こえてきました。
(蜘蛛さん・・・)
アゲハ蝶の瞳から、涙があふれます。
蝶たちは、いつまでも、いつまでも、美しい七色の蝶を見つめていました。