その十二
「ある日、森に一匹の蝶さんが飛んできたんだ。そう、君みたいにきれいなアゲハ蝶がね。ボクは嬉しくなった。蝶さんと友達になりたいと思った。でも、蝶さんはボクを見たとたん、びっくりするような叫び声を上げて、ボクの前から飛び去って行ったんだ。ボクは必死で後を追った。ボクの友達がまたいなくなるー。そう思った時、ボクは巣をはいていたんだ。蝶さんは巣にからまって動けなくなった。ぼくは巣をほどこうと蝶さんに近づいて行った。そして、あやまって友達になってほしいと頼もうとしたんだ。でも、蝶さんはボクから顔をそむけて、ボクの話を聞こうともしなかった。その時だった。蛇がいきなりおそってきたんだ。蛇は、ボクには見向きもしないで、蝶さんに牙を立てた。蛇は蝶さんを食べてしまうと、満足したのか、草むらの中へ消えていった・・・」
蜘蛛の瞳からは、また、涙があふれ出ます。
でも、口調はしっかりしていました。
「翌日、帰ってこないアゲハ蝶さんを心配して、何匹かの蝶さんたちが、また森に飛んで来た。でも、ボクを見ると、やっぱり逃げて行くんだ。ボクはまた、巣をはいた。本当のことを聞いてほしいと思った。だけど、蝶さんたちは、ボクをこわがって話を聞いてくれない。すると、また蛇がおそってきて、蝶さんたちを食べてしまったんだ。そのあとも、蝶さんたちが森へ来るたび、同じことが繰り返されたんだ」
「そ、それじゃ、蜘蛛さんは、蝶を殺しても、食べてもいないの!」
アゲハ蝶は、驚いてたずねます。
「ああ、ボクは、蝶さんたちを殺しても、食べてもいない」
蜘蛛は、きっぱり言いました。
「蝶さんたちが森へ来ても、ボクを見ると、みんな逃げて行く。それほどボクは、みにくくてこわいんだ。ボクには、そのことがはっきりとわかった。ボクは、木々の間に、たくさんの巣を張った。森へやって来た蝶さんたちは、みんなその巣にからまっていったんだ。ボクがあらわれると、蝶さんたちは、驚きこわがった。でも、ボクはそれでよかった。どんなにいやがられても、こわがられても、憎まれても、蝶さんたちと一緒なんだよ。たとえ、友達じゃなくても、ボクはもう、ひとりぼっちじゃなくなったんだ。だけど、ボクや蝶さんたちがねむりについた頃、蛇がやって来て蝶さんたちをおそったんだ。蝶さんたちが目をさますと、何匹かの蝶さんたちが羽だけ残して、あるいはすっかり姿を消している。蝶さんたちは、ボクが食べてしまったと思ったんだ。」
「どうして、どうして本当のことを言わなかったの!」
「本当のことを言ったところで、誰が信じてくれるんだ!みんな、ボクを見れば、こわがって、話なんか、誰も、聞いてきいてくれやしないっ!」
蜘蛛が、雨よりも激しく叫びました。
アゲハ蝶は、ただ蜘蛛を見つめるだけで、何も言うことができません。
「すまない。大きな声を出して・・・」
蜘蛛は、静かに続けます。
「でも、もとはといえば、ボクが巣を張って、蝶さんたちを捕まえたのが悪かったんだ。蛇からおそわれるとわかっているのに、逃がしてやらなかったボクが悪かったんだ。もちろん、逃がしてやろうと、何度も思ったよ。でも、そうしたら、ボクはまたひとりぼっち。ボクは、蛇におそわれるより、ひとりぼっちになるほうがこわかった。だから、だから・・・、ボクはこわがられても、憎まれてもいい、こわがられるように、憎まれるようにふるまって・・・」
蜘蛛は、声をつまらせます。
そして・・・。
「たぶん、ボクは・・・、自分でも気がつかないうちに、いつの間にか本当に心の中もみにくくておそろしい蜘蛛になってしまっていたのかもしれない」
蜘蛛の表情が、深い悲しみにつつまれました。
(・・・・・・)
アゲハ蝶は、言葉をなくします。
ザー!
激しい雨が、張られていた蜘蛛の巣をつきやぶって、蜘蛛とアゲハ蝶に容赦なくたたきつけるようにふりそそぎました。