その十
蜘蛛と蝶たちが仲良く暮らすようになってどれくらいたったでしょう。
蜘蛛は、菜の花の中に体をつっこんで、蜜をすっていました。
「あー、おいしかった」
口元を手でぬぐいます。
「あれっ?」
蜘蛛は、自分の両手を見て、ちょっと驚きました。
蜘蛛の両手には、黄色い小さな水玉模様がついていました。
それは、手だけではなく両足にも・・・。
(ボクは、蝶になりかけているのかもしれない・・・)
蜘蛛は、急に嬉しくなりました。
蜘蛛は、両足で菜の花をけると、
ポーン!
空へ向かって、大きくジャンプ!
が・・・。
ドスン!
すぐに、背中から、地面にたたきつけられてしまいました。
「蜘蛛さん、どうしたの。大丈夫?」
アゲハ蝶が、驚いて飛んできました。
「いや〜、ちょっと、早すぎたかなあ〜。つい、いい気になって・・・」
蜘蛛は、照れくさそうに頭をかきながら、立ち上がります。
蜘蛛の両手足の黄色い水玉模様は、いつの間にか消えています。
そのかわり、地面に、黄色い水玉模様ができていました。
「なあんだ、菜の花の花粉がついただけだったんだ」
蜘蛛は、ますます照れくさそうに、頭をかきます。
そしてー。
「ねえ、アゲハ蝶さん。いつになったらボクは、君たちのような美しい蝶になれるのかなあ」
蜘蛛は、ポツリと言いました。
「えっ!」
アゲハ蝶は、ドキリとしました。
なんと答えたらいいのか、アゲハ蝶は、困ってしまいました。
「たぶん、ずっと、ずうっと先だろうな。ボクは今まで、君たちにとてもひどいことをしてきたのだから・・・。もしかしたら、神様は一生ボクのことを許してくれないかもしれないな」
蜘蛛が、悲しそうにうつむきます。
アゲハ蝶も、思わずうつむいてしまいました。
「でもね、アゲハ蝶さん。ボクは、ずっとこのまま、蜘蛛のままでもいいと思っているんだよ。だって、蝶さんたちと、毎日、こんなに楽しく暮らしていけるんだもの。ボクは、みにくい蜘蛛のままでも、とっても、幸せだよ」
そう言うと、蜘蛛は、にっこりほほえみました。
アゲハ蝶は、そんな蜘蛛をとても美しいと思いました。
そして反対に、自分自身が、蜘蛛に嘘をついてしまった自分が、とてもみにくく感じられました。