その一
やわらかな日ざしが、まっさおな空からふりそそいでいます。
まっさおな空の下には、黄色いじゅうたんを広げたような一面の菜の花畑。
そこには、今日も色とりどりの美しい蝶たちが、羽をはばたかせ楽しそうに飛んでいます。
そんな中で、一匹のアゲハ蝶が、菜の花にとまったまま身動きひとつしないで、ある場所をじっと見つめています。
アゲハ蝶が見つめる先にはー。
「黒い森」ー。
蝶たちがそう呼ぶ、木々や雑草がうっそうと生い茂った、昼間でもまったく日がそそぐことのないまっ暗な森。
アゲハ蝶は、まるで飛ぶことを忘れてしまったかのように、その森を見つめたまま、朝からずっと菜の花にとまっていました。
「どうしたの?」
菜の花から動こうとしないアゲハ蝶を心配して、モンシロ蝶がやって来ました。
「兄さんが・・・、兄さんが、あの森に行ったっきり、帰ってこないの・・・」
「えっ!本当?」
モンシロ蝶は、驚いて聞き返します。
「ええ、友達が森に入って行って、ずっと帰ってこないからって、昨日、森の中へ入って行ったの。だけど・・・、兄さんも・・・、帰ってこないの」
アゲハ蝶は、泣きながら答えます。
「どうしてそんなことをさせたの!あの森には、決して行ってはいけないと言われているでしょう。あの森に入って行って、帰って来た蝶は一匹だっていないのよ」
アゲハ蝶は、しくしく泣き出しました。
「黒い森には、それはそれは恐ろしい蜘蛛が住んでいるのよ。森へ入っていった蝶たちはその恐ろしい蜘蛛におそわれて、決して帰ってくることはできないの」
モンシロ蝶は、森を見つめたまま話を続けます。
「昔・・・、ずうっと昔・・・、私のおじいさんのおじいさんも、森へ行ったそうよ。もちろん、帰ってこなかったそうだけど・・・」
「・・・あの・・・、森に住んでいる蜘蛛は、森に入ってきた蝶たちをおそって・・・、そして・・・、殺してしまうの・・・?」
アゲハ蝶は、おそるおそるたずねます。
「そう、蝶たちを殺して、食べてしまうのよ」
それだけ言うと、モンシロ蝶は飛び立って行きました。
アゲハ蝶は、本当にこわくなりました。
そして、ますます悲しくなりました。
(兄さんは、もう、絶対に、もどってこない。森に住む恐ろしい蜘蛛におそわれて、そして・・・)
アゲハ蝶の瞳から、涙があふれてとまりません。
やがて、お日様は西へかたむき、あたりは暗くなりました。
空には、丸いお月様が浮かんでいます。
蝶たちはみんな、眠りについています。
でも、アゲハ蝶は・・・。
菜の花にとまったまま、泣いていました。
夜の、ほんの少し冷たい風が、アゲハ蝶の羽をやさしくなでます。
(だけど・・・)
アゲハ蝶の頭の中に、ふと、とんでもない考えが浮かびました。
(もしかしたら、森には蜘蛛なんかいないのかもしれない。森から帰ってきた蝶がいないのだから・・・。そうよ。本当に蜘蛛がいるかなんてわからないわ。もしかしたら、黒い森をぬけたらこの菜の花畑よりもっと素晴らしいお花畑があるのかもしれない)