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Mari&Golds  作者: 田中 友仁葉
1章
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第七章「13番目の人格」

いない、いない。

いないいないここにもいない。


「ハァハァ…どこ行ったんだろ…」


息を弾ませながらも、なんとか足を進める。

彼女が行きそうなところといってもここは中学のときより離れたところだ、そんなもの分かるはずがない。


…そうだ、確か自分自身も転校初日で迷って帰った記憶がある。

僕はそこを目指してみることにした。


*****


「…誰も来ない。」


道を聞いて帰ろうと思ったが、そもそもここに人が通らないことに気がついたのは壁に凭れてから10分ぐらいした頃だった。


「…携帯も充電忘れてたから使えないし…どうしよう。」


不安だけが募る。

何より、人が少ないということは危険であることを表している。


「しかも、こんな薄暗いトンネルーーキャッ!」


突然肩を誰かに触られ、驚いて距離をとったが相手を確認すると…


「え!い、五百蔵っ!?」


「ご、ごめん。いのう…いさぎ。」


五百蔵くんなりの配慮だろう、上の名前でなく下の名に言い換えた。


「…無理しなくて呼び名なら浸透している方でいい。」


「じゃあいさぎ、とりあえず僕の家来て。」


「…バカ。」


まさか下の名前になる上に、家に誘われるなんてことを言われると思わなかった私は少し顔を背けて小声で暴言を吐いた。


もう嫌だなぁ、この性格。


*****


道の途中でいさぎは突然「普通あそこは誰かに絡まれてるところを拳で助けるところでしょ。」と言ってきた。


「僕にはそんなこと出来ないよ、いさぎなら分かるんじゃないかな。幼馴染だし。」


「…確かにね。」


「それに、そうしたところでいさぎは文句言ってくるでしょ。『なんで早く来なかった』『穏和に解決出来ないのか』とかね。」


初めていさぎは言い返されたことによって暫し驚いていたが、再び問いかけて来た。


「なんであんたにそんなこと分かるのよ。」


「幼馴染だから、腐れ縁ならそれくらい見抜けるって。」


すると、いさぎは安堵したように「よかった、やっぱり変わってない」と呟いたが、僕には聞こえていないつもりの様なので黙って歩くことにした。




…そんなことないんだけどな。

*****


五百蔵くんのお姉さんとは以前から面識はあったけど、こんなにルーズな人だとは思わなかった。


五百蔵くんが帰った時は流石に驚いた顔をしていたけど、わけを話すと簡単に家に入れてくれた。


「えっと…お邪魔していいんですか。」


「いいよいいよ、女の子は複雑なんだから心の悩みも病気の一つ。病欠ってことにしちゃえばいいんだよ。」


そう言われて連れて来られたのはリビングではなく、五百蔵くんの自室だった。


これには流石に五百蔵くんのほうが動揺した…ように見えた。


「な、なんで僕の部屋なんだよ。」


「アンタはズル休みしたんだから、このくらいの気遣いはしないと、じゃあね。」


そう言うと五百蔵くんのお姉さんは部屋から出て行った。


…気まずい空気が流れる。


「そ、そうだ。お茶出さないと…ジュースのほうがいい?」


「…炭酸苦手だからお茶でいい。」


それだけ聞くと五百蔵くんは頷いてから部屋から出て行った。


「ここが…五百蔵くんの部屋…」


年頃の男子高校生にしては綺麗に片付けており、特有の汗臭さも感じさせない。

まあ、五百蔵くんのことを思えば納得してしまうけど…。


「ベッドの下は…何もないんだ…」


…当たり前かな。


……ベッドか。

…………

ちょっとなら、いいよね?


「いい匂い…五百蔵くんの…落ち着くなぁ。」


「…イサギ、大丈夫?」


「!?」


五百蔵くんがいることに全然気づけなかった…。

ど、どうしよう…ベッドに顔を着けているこの状態。言い逃れなんて出来ないよ…。


「…疲れてるなら、無理しないで。」


「だ、大丈夫だからっ!大丈夫だから気にしないでっ!」


「ご、ごめん。」


あぁもう、またキツく当たってしまった。


「…こっちこそ、ごめん。」


「え?」


「ああもう!気にしないでっ!」


「わ、分かった!ごめん!気にしないからっ!」


「やっぱり気にしてっ!」


「ええっ!?」


もう混乱しすぎ!落ち着け私!


*****


「えっと、いさぎ。ごめんね、セイメルさんと話してるのが気に入らなかったんだよね。セイメルさんは関わらないって言ったから…。」


「…違う。…別に私は彼女が気に入らないわけじゃない。」


それを聞いて五百蔵くんは顔を上げた。


「私は、五百蔵に怒鳴りつけそうになったから…逃げたんだと思う。」


「な、なんで?言っちゃ悪いけど、前もそうだったし…。」


「…五百蔵はさ、私を見て吐いちゃったよね?」


「…い、いや、あ、あれはその…」


私は目が泳いでいる五百蔵をなだめるように声をかけた。


「分かってる。…私は過去の要素が濃いから…だから、あんなことになったんだよね…。」


「…。」


「…ねえ、教えて。五百蔵はどうして愛想笑いも悲しむことも出来なくなったの?」


…少しの間が空く、ほんの少し。

しかし、私はその少しがとても長く感じた。

そして、五百蔵くんは無感情の目を私に合わせて言った。


「…笑うことも悲しむことも忘れてないよ。…今だって緊張で怯えているんだから。」


*****


私は五百蔵くんが今回、初めて彼が笑えなくなった理由が分かった。


「それって後遺症なんだ…。」


「うん、無理に笑おうとすると顔の筋肉が痛くなる。」


「…でも、五百蔵…五百蔵くんは変わってないんだ。」


「え?」


今の返事が「くん」を付けたからか変わってないということに対してかは分からないけど…。


どちらにしろ、私は…。


「でも、やっぱり私は五百蔵の前にいないほうがいいんだよね。」


「…ううん。」


「どうしてっ!?」


また強く当たってしまう。

だが、五百蔵くんは怯まずに答えた。


「…この間はごめん。でも、考えてみるとその時倒れた理由は単なる混乱なんだよね。」


「…。」


「過去を振り返らないって言ってもさ。過去って追いかけてくるものなんだよね。…だからさ、僕も過去に向き合ってみようと思う。」


「…私もゴメン。怒鳴りつけたりして…。」


やっと…

やっと素直に謝ることが出来た。


当の五百蔵くんは目をパチクリさせているけど、すぐに顔を赤くして呟いた。


「…向き合うのに協力してくれるかな。」


答えは決まっている。

私はいつもの調子で微笑みながら答えた。


それは、私が五百蔵くんに見せる初めての『微笑み』だった。


「…アンタがどうしてもって言うならね。」

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