第六章「ライ麦畑でつかまえて」
「ああああああっ!もう!腹立って来た…」
もちろん私自身に。
私は今までのことを謝るため。
あともう一つ、言えなかったことを五百蔵に伝えるために、無駄にややこしい転入手続きを受けて、無駄に難しい試験受けてやっとのことでここまで来れたのに…。
「まさか、逆効果になるなんて…」
あの、留学生の子。たしかセイメル…さんだっけ。
あの子は五百蔵は過去を忘れたいと言っているといった。
私がここに来る前、最後に五百蔵くんと話したのは、確か中学校の卒業式の日だったっけ。
あの日が退院して初めての登校だったんだと思うけど、あのときも笑ってなかったな…。
むしろそれどころか、遠くに行くとか言って…。
私は、五百蔵くんについて行こうとして友だちに五百蔵くんの志望校を聞いて受験していたわけだから、多分入院中に志望校を変えたんだろうと思う。
「んふぅ…人ってあんなに変わるものなのかな…」
私は、とりあえず考えるのをやめて布団に潜り込んだ。
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学校
学校に来た途端にセイメルさんが話しかけて来た。
いつもの笑顔じゃないのを見ると訳ありのようだ。
「Seiya…昨日…聞いてたデショ?」
申し訳なさそうに問いかけてくる。
多分、井上さんとの話のことだと思う。
「…うん、どうしたの。」
事実聞いていたので肯定する。
「ゴメンネ。あれ忘レテ…考えたらSeiyaの気持ち気にしてナカッタ…。友だち…失くす…イヤ…それアタリマエなのに…」
徐々にトーンを落として、ついには啜り泣いてしまった。
…こういうときってどうすればいいんだろう。
「…セイメルさん。僕もね、謝らないといけないんだ。」
驚いた様子でセイメルさんが顔を上げた。
もちろん涙は乾いていない。
「僕はさ、自分が生きるのに必死すぎて周りには気を配るだけしか出来なかったんだ。だから、他の人の心まで考えられるような人間じゃなかったんだよ。…難しいかな、分かる?」
セイメルさんは分かるという風に頷いた。
それを確認し、僕も話を続ける。
「…今回悪かったのはそんな僕を含めた皆だと思う。でも、今回セイメルさんがしようとしていたことは間違ってはなかったと思う。ただ少しやり方が強引すぎただけで、僕のことを気にしてくれたからなんだよね…。」
「…。」
セイメルさんは目を伏せることで肯定を表した。
「…ごめんね、心配かけて。でも、セイメルさん。他の人にまで僕の都合を押し付けなくてもいいよ。僕のことを想ってくれたのは分かるけど…僕も頑張るから。」
「…無理シテナイ?」
セイメルさんは少し無理ある言い訳に心配を感じたらしい。
「…正直無理してるよ。でも、僕が無理しない代わりにセイメルさんや…井上までに無理させるのは逃げじゃないかな…?」
「…Seiya」
僕は言い切ると少し頬が熱くなった。多分ここまで他の人に素直なことを言ったことがなかったからだと思う。
しかも、感性が高まり涙まで出てきてしまった。このままではセイメルさんを心配させてしまう…と思ったがセイメルさんは、慌てることなく一緒に涙を流していた。
「…セイメル…さん?」
「…Seiya!」
突如、セイメルさんは僕の名前を叫び抱擁を交わして来た。
「ゴメン!ゴメンナサイ、Seiya!ワタシ全然変わってない!自分がSeiyaのカワリにガマンすれば…ムカシとのツナガリを失くしてもSeiyaが喜ぶなんてアリエナイって知ってたのに!」
自暴自棄になって泣き叫ぶセイメルさん。
クラスの注目を浴びてしまうのは自分の意に反するけど…まあいいや。
僕は自分の首に掛かっているセイメルさんの腕に手を重ねた。
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「…なんで…五百蔵」
私は教室に入ると例の留学生が五百蔵くんに楽しそうに話しているのを見てしまった。
昨日…つい、昨日のことなのに…なんで…?
私はなにか込み上げるものがあったが、今私が言い散らしてしまうと今度こそ本当に五百蔵くんとの縁が無くなってしまう気がした。
私は教室を逃げるようにして、教室から…校舎から逃げるようにして飛び出した。
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セイメルさんの抱擁を終え、軽くたわいもない話をしたあと暫くすると先生が来た。
僕を含め全員席に着く。
…それにしても、セイメルさんの胸が当たった瞬間はあの空気でも少し動揺してしまった。
「…おや、井上さんは休みですか?家からは連絡来ていないんですけどね…遅刻でしょうか?」
…井上さん…来ていないんだ。
「えー?でもセンセー。さっき廊下で見ましたよ?」
「!?」
…まさか彼女も僕のことを…?
いや、彼女は僕をなんとも思っていないはず…。
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結局、井上さんは遅刻ということにされてホームルームが終了した。
「…五百蔵。」
「…宮本くん、どうしたの?」
「…今、お前は俺を頼るべきじゃ無いのか?」
「!!」
もしかして…宮本くんは察したのだろうか。
僕が思っている井上さんが出席しなかった理由が。
もし、その通りなら…。
「Seiya!」
突然セイメルさんに声をかけられた。
「井上、来ないのはワタシのせいと思う!…ダカラ…ダカラ行ってあげて!」
セイメルさんの言葉に僕は決心した。
「…宮本くん、次の授業のノート写してくれる?あと、先生にはトイレや保健室とか早退でもいいから上手いようにいってくれないかな?」
「あぁ、分かった。任せておいてくれ。」
宮本くんは僕の頼みを聞くと、喜んで請けてくれた。
「…セイメルさん、ありがとう。」
「OK!それより、井上にワタシのこと言っておいてよネ!」
セイメルさんはそう言うと右手の親指を上に突き出しウインクした。
僕は友達の優しさに感謝し、鞄を手にとって二人のいる教室を後にした。
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ハハハ…私なにしてんだろ…馬鹿みたい。
別に、留学生の子に…ちょっと嫉妬心はあるけど恨みがあるわけじゃないのに、こんなとこまで逃げちゃった。
「…今ごろ、学校で問題になってるかな?」
そう呟きながら顔を俯けて、壁に背を預けた。
…迷っちゃったな。