第五章「七つの大罪」
セイメルさんと井上さんが話をしてから一週間。
話の通り井上さんとセイメルさんは一切僕と関わってくることはなかった。
…これが僕が望んでいたことなのか
「五百蔵くん。」
「え?あ、ごめん。何?折本さん。」
「…何考えてたの?」
無表情で聞かれる。
ほんとにこうされると弱い。
「…黙る訳にはいかない?」
「いかない。」
「…だよね。実は、セイメルさんがさ…」
こうして話すこと5分
「ふーん、そっか。確かに様子変だったもんね。」
やっぱ気づいていたか。
折本さんって表情作るのが上手いからか、読むのも上手だと思う。
「折本さんならどう思う?」
「…何も思わないかな。」
…予想はしていたが返す言葉が見つからない。
「…で、自分自身はどう思ってるの?」
「僕?…そうだなぁ。良かれと思ってやってくれてるのだから受け入れるしか…」
「嘘くらい上手について。」
…悔しいけど、この人なんか人格ごと嘘なんだもんな。
「わかった…。よくわからないんだよね。僕のためなのは分かるけど、本人たちはどう思ってしてるのか…」
「また嘘ついた。」
言い終わらないうちに言われた。
…でも
「これは本当だよ?」
「ううん、嘘。嘘ってさ、時に自分ごと騙すことがあるんだよ。」
「えっ?」
「わかりやすく言えば…自分に正直なれよってやつかな?」
…そうか。
そうだな。何がわからないだ。とっくに気がついていたじゃないか。
「ありがとう、折本さん。」
するといつもの満面の笑みになった。相変わらず作り物とは思えない笑顔だ。
「ちゃんと借りは返してよねっ!」
「わかってるよ。今度なにか奢るよ。」
いつも通り素っ気なく言った…
つもりだった。
「あっ。」
「えっ?」
折本さんが声を出した。
表情に変化なし。
「どうしたの?」
「…笑った。」
…え?
「な、なにが?」
黙って指を差す。
先端恐怖症ならば必ず見てられないだろう。
指先は完全にこっちだった。
「…え?嘘。」
「嘘くらい上手につくよ。」
触ってわかるものではないだろうが、顔を手のひらで触ってみる。
皺のないいつも通りの無表情である。
しかし、もし本当だとしたら…
…もう少し、自分に正直になってもいいかな?
******
セイメル 家
「ウップス…」
なんでこんなことになっちゃったんだろ…。
まあ、殆どが私のせいだけどやりすぎだよね…。
しかも、本人に見られたし…
もうどうしようもないよ…
…単にお姉さんぶりたかったかもしれない。
でも、お姉さんってこんなんじゃないよね…。
聞いてみようかな?お姉ちゃんに。
「…テレフォン」
あれ?
「テレフォン…ウェア?」
「はい、これだよね。」
「Oh,Yes.サンキューアキラ。」
「おーけー。」
同じシェアハウスのアキラ。
英語が苦手なくせに外国籍が多く集まるこのシェアハウスに住む日本人である。
相変わらず片言だ。
他人のこと言えないけど。
「…アキラ。」
「ん?相談?」
「アキラは、もしカコをイヤがるオサナナナジミがいたら、フレンドシップを捨てる?」
「捨てない。あとナが多いよ」
「ウップス…どうしテ?」
「うーん、もしそんな子がいたら幼馴染として克服できるように手を貸すかな?」
な、なんか難しい言葉多いな…
「…ニホンゴ難しい。」
「えっと…フレンド、だから、手伝う、ヘルプ、大丈夫、OK…」
「…more difficult.」
「…と、とにかく!友達なんだから友達しないといけないってこと!」
…まあそうかな。
確かに、友達してたのに友達を辞めることが友達の為になるとかはありえない
…あれ?こんがらがって来た
「オオゥ…イッツ コンラン…」
「混乱て…ま、ゆっくりかんがえれば?」
「…アリガト。」
アキラは涙の乾いていない私の笑顔を見て顔を背けた。
見直したところだったのに、やっぱアキラはアキラだなぁ。
電話のことは2人ともすっかり忘れていた。
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井上 家
「泣き顔…見られちゃったな。」
恥ずかしいことなのにそれ以上に…
…どうして
どうして笑わないんだろう。
正直なところ五百蔵を見続けてきたけど、あんな顔の五百蔵を今まで見たことがなかった。
ずっと憧れだった。
小さい頃、同じ幼稚園になり口が上手じゃない私はなかなか友達のグループに入れなかった。
そこに声をかけてくれたのが五百蔵くんだった。
五百蔵くんはその頃から分かりやすい性格だったから、友だちがすぐに出来ていて周りに輪ができているみたいだった。
ただ相変わらず口が下手くそな私はやはり酷いことしか言ってなかったと思う。
「憧れ」の存在になったのはそれから数ヶ月後のこと。
組のみんなで植えた向日葵畑が荒らされるという出来事が起こった。
みんなは、当番で1番帰るのが遅くなった私を疑っていた。友だちだけでなく先生も家族も。
もちろん私は無実だった…がそれ以上に状態が悪すぎた。
ついに、私は罪のない謝罪をしようとした。
その時
「ごめんなさい!それ僕です!」と声が上がった。
五百蔵くんだった。
「い、五百蔵くん?」
「向日葵畑をダメにしたの僕なんです。だからいさぎちゃんは悪くありません!」
「そ、そうなの?」
「はい!運動会のダンスの練習していたら勢い余って畑に転んで…」
ここまでは鮮明に覚えていたが、この先のことはどうも思い出せない。
ただ言えることは、先生が私に謝ったことと五百蔵くんが冤罪を受けたことだけだ。
五百蔵くんは体が弱いのを理由に運動会は出ないと聞いていた。
そんな彼が体を必死に動かすような創作ダンスなんかをするわけなどないのだ。
五百蔵くんは私を庇ってくれたのだ。しかし、子どもとは全くもって残酷なものである。
私は礼を言えず、五百蔵くんの友達は五百蔵くんに距離を取るようになった。
ハートの弱い彼は、いつからか幼稚園で一人になることが多くなった。
そして、そのまま今になるということである。