猫の過去
―翌日。
私は何故か珍しく、
たくさんの小中学生が行きかう通学路を歩いていた。
小さい子供達が涼しい風の中走り回ったりしてる。
ちらほらと、同じ制服を着た人もいた。
いつもはもっと、お昼頃に学校へ行く。
理由は「ただ、眠いから。」
そんな私を親もあきれてるのか何も言わないし
教師も何も言わなかった。
ただ、今日は違う…。
私は、背負っているリュックから携帯を取り出した。
そして、「受信メール」を開く。
履歴は須藤ばっかりだ。
「件名:明日は絶対!!!」というメールを開く。
『日高さん!明日は絶対朝から学校に来てくださいね!!7時50分の電車に乗ってください!』
須藤の必死さが伝わる文章。
「何で私にこんなにかまうのかな」ってずっと思う。
だけど須藤に頼まれたらなんとなく断れない。
何故だか自分でもよく分からない。
てゆうか
最近、自分がよく分からないような気がするんだ。
メールとかしないタイプだしいらないんだけど、
なんとなく須藤からのメールを待ったりとかしてしまう。
メールがきたら即効返事をしてしまう。
それって、“もう何も失いたくない”って気持ちからなのか?
この気持ちはなんだろう。
ガタンゴトン…
静かな電車に乗り込んだ。
私の使っている駅は全然乗る人が少なくて、
夕方以外はだいたい座れる。
ゆっくりと席に着いて、ヘッドフォンをつける。
お気に入りの音楽が耳から聴こえ、気分を落ち着かせた。
「誰のため生き、息するの?」
サビの高音が気分をいっきに落ち着かせてくれる。
2年前の“あの日”を境に変わった私のセカイ。
この曲は“あの日”の後に出会った曲、
私を変えて支えてくれた曲…。
だからなのかな…?
この曲を聴くと、思い出してしまうんだ。
“あの日”と“私”を。
馬鹿で幼くて、傷つけることしか知らない私を。
電車の揺れる音
私だけに聞こえる曲
涼しい風
―2年前のあの日が見えた。
目を閉じた。
「柚麻~♪さっきのシュートかっこよかったぁ~///」
隣にいる宮川梓がキャーキャー言っている。
その理由は、さっきのバスケの練習試合。
休日なのにたくさんの同級生が見に来ていて、
そんな中試合終了のホイッスルと同時に私が放ったシュートが見事決まり、
歓声と勝利の喜びで体育館はお祭り状態。
「まあ、あんなの楽勝だよっ」
私は誇らしげに笑った。
まだ中2の5月なのに既にレギュラー。
先輩と並ぶほどのバスケの腕前。
頭の良さもトップレベル。
顔も人並み以上。
友達も親友もしっかりいる。
何も不自由はないし、不満もない。
そんな毎日を送っていた。
ところが全てが狂いだしたのは、
その試合の翌日、5月7日。
放課後、練習の前に教室に戻っていったときだった。
「ねえねー柚麻ってさぁーむかつかない?」
私は『2-4』と書かれた教室の前でぴたりと動きを止めた。
そして、息を潜めるようにゆっくり中を覗き込む。
そこには親友の梓、そして他にも仲のいい数人がいた。
教室の中央の机に群がり「お菓子を広げて女子会」って雰囲気。
…何の話なのかな
「わかるー!昨日の試合とかさ、マジきもかった」
「何か私自慢されたしww」
「『私は何でもできます』アピール半端ないよね」
「確かに何でもできるし可愛いけど、態度が偉そう」
「マジ何様なのあいつwww」
それは、いわゆる“陰口”だった。
私が部活に行ってると思い込んでいる彼女達は更にたくさん陰口を言い続けた。
今までずっと一緒にいたのに、ずっと嫌いだったの?
何で教えてくれなかったの?悪いとこあるなら直すよ?
何で?何で?何で?
頭を様々な言葉がループした。
「うざい」「きもい」「偉そう」「何様」
私の今までの行動を振り返ってみた。
確かに少しだけ偉そうにしてたのかもしれない。
だけど、
そこまで酷くはないはずだ。
きっと皆、言ってるうちに楽しくなってきて
思っても無いことを言ってるに違いない―。
そう考えて、逃げ出そうとした。
いたくなかった、この場所に。
だけど同時に足が重くて動けない。
逃げよう、逃げなきゃ…。そう思うけど何故か動けない。
もう嫌だ、陰口なんて聞きたくない。
聞かずに、ずっと何も知らないでいたかった。
平和でいれたらそれで…。
気がつくと頬に涙が流れていた。
そのまま輪郭を沿って顎から落ちていく。
滑り落ちていく涙はどこか私と似ていた。
ぼーっとしていると、止めを刺すような言葉が耳に入った。
「私さー柚麻って男子からも先輩からも人気じゃん?だから一緒にいたら男子とか先輩とかに気に入られると思ってさぁーだから今まで一緒にいたんだぁー♪あいつ気づかないとかマジうけるwww」
大爆笑しながらツラツラと喋るのは、
今まで親友と思っていた梓だった。
な、にそれ…
結局気に入られることが目的だったってこと?
私なんかどうでもよくて、「親友」って名乗ってたの?
自分事しか考えてないの…?
皆私を「自己中」とか言ってるけど
本当は梓が自己中なんじゃないのー!?
どうすればいいのか、とかよくわかんなくなって
むしゃくしゃしてきて、イライラしてきた。
灰色の世界で1人突っ立っているような気分だ。
そして、気づいたら私は勢いよく教室に入って
「気に入られるために私を利用してたなんて最低!自己中はどっちだよ!!!」
って思い切り叫んだ。
中央で群がる女子達が、私をみて唖然としている。
そして
「え!?あ、柚麻…いたの…?」
「今までのは嘘だってぇ~☆ジョークっていうの?」
「そうそう!柚麻を驚かそうと…」
と口々に言った。
だけど梓は違った。
「…そうだよ?私柚麻を昔から利用してた。何故って?大嫌いだったから。全てに腹が立つんだよね。何でもできるし私は比べられるし、そのくせ可愛いから皆に人気だしー。
柚麻なんか消えてなくなればいいのに、ってずっと思ってたから!!!!」
大声で息切れしながら梓は言い放った。
皆焦るように梓と私を交互に見ている。
「消えてなくなればいいのに」
その言葉を、まさか親友からもらうとは思わなかった。
灰色の世界にたっぷりの黒を混ぜられた。
そしてその日から、私は人を避けるようになった。
梓との和解はする気もおきず、部活もやめた。
勉強だけをして、毎日を過ごしていた。
休み時間もずっと1人。
今まで人気者だった、っていう地位も消え、
何も知らない人たちも私を遠ざけた。
結局皆、“人気者の日高柚麻”が好きなだけで
人気者じゃなくなったらいらないんだ。
世界から「君はいらない」って言われたような気がした。
だからもう「人なんて信じない、必要ない」
そう決めた。