プロローグ
というわけで不定期更新な作品ね開幕です。
完結までお付き合いいただけたら幸いです。
藤原圭介は、自らの事を勝利者だと思っていた。
幼い頃から神童と呼ばれ持て囃され、そんな周囲の期待を裏切らないように優秀な成績を収め、全国でも有数の進学校に入学。そこでも成績は常にトップを維持し、某T大学に入学。卒業した後は一流商社に勤めた後、五年の後に退職、新たに事業を興す。幸運にも優秀な社員に恵まれた彼は、数多もの危機を乗り越えながらも、会社を大きくしていき、今では各界の著名人でも藤原圭介の名を知らない者はいない。順風満帆。彼の人生を表すのにこれ以上相応しい四字熟語は無いほど安定した人生だった。
そう、だった(・・・)のだ。
「ハァッ、ハァッ……一体、何なのだ……!!」
そんな藤原圭介は今、必死になって自社のビルの裏口に向かって走っていた。乾いた銃声が響き渡る中、一秒でもビルの外に出ようと必死に足を動かす。
こんな事態に陥った理由は、実は圭介自身にある。
会社が大きくなるにつれて、次第に圭介自身の欲望も大きくなっていった。その欲望の掃け先は、色々な方向に向いていったが、特に酷かったのが女遊びだった。
毎日毎日女をとっかえひっかえ抱き、いい女を抱くのならば金に糸目はつけない。そんな圭介が金に困るのは、時間の問題であった。
次第に自分の貯金も底が尽き、会社の金に手をつけるのは自身の良心が許さない。しかし遊びたい。勝利者である自分が遊ぶのは当然の権利だ。
そうだ、金が無いなら借りればいいじゃないか――もしもそんな考えに至らなければ、今こんな事態にはなりえなかっただろう。
「ハァッ、ハァッ……後、後少しだ……!!」
借金は雪だるま式に膨らみ、今では返すことが出来る金額ではなくなった。だがそれでも、彼は遊ぶ為に金を借り続けた。
そう、全ては圭介自身が自分を勝利者と思い込んでいたから。その慢心こそが、彼を昔では考えられないような行動に駆り立てていた。
しかし、そんな状態であっても彼には運はあったようだ。なんとか出口にたどり着いた圭介は、狂ったような笑みを浮かべながら扉に手をかけ、
「あ、れ?」
右腕の二の腕の先から無い。先ほどまであった筈の物が、まるで元から無かったかのように消失している。そんな圭介の身体に激痛が流たのは、奇しくもその直後だった。
たまらず膝を落とし、悲鳴を上げる。一体なんだこれは。こんな話は聞いていない。それに私は勝利者のはずだ。そんな私がこんな目にあうのは、何かの間違いではないのか――。
「残念ながら現実ですよ、哀れな哀れな獲物さん」
「誰、だ? 貴様は」
気配も無く目の前にいた、まるで元からそこにいたかのような少年に圭介は警戒を深める。自分はこんな奴を雇った覚えは無い。それなら、一体こいつは?
「御心配無く。貴方の敵ではないですよ。藤原圭介さん」
「……そう、か。良かった……」
ああ、敵じゃあないのか。それなら安心だ。それなら早く私を助けてくれ。右腕がとても痛いんだ。
「ええ。貴方の敵というわけではないですよ。ただ、貴方が喧嘩を売った組織の一員、というだけです」
「……え?」
ぱん、と乾いた音がした。
「ぎ、ぎゃあああああああ!!」
少年が握っていた銃から静かに硝煙の煙が立ち上り、それと時を同じくして圭介の足に穴が空く。悲鳴を上げる圭介の姿を価値の無い塵芥を見るかのような少年は、完全にこの場を支配していた。
「ああもう五月蝿いですよ。少しは黙ったらどうですか?」
「ど、どうしてこんな」
「貴方がなかなかお金を返さないから悪いんですよ? おまけにお金を返して貰おうとしたら、その人達を殺してしまうなんてことをしでかしたじゃないですか。そんなわけで、私のような末端の暗殺者が貴方を殺す為に送り込まれた、ってわけです」
「ま、まて。あの男達はどうした。あいつらも一つや二つは修羅場をくぐったような強者のはずだ。そう簡単には」
「全員無力化しましたよ。簡単に」
「――――!!」
圭介の喉から声にならない悲鳴が出る。有り得ない。あのごろつきどもは、前科関係無く実力のみで選び抜いた猛者のはずだ。それを、この高校生にしか見えない少年が、簡単に無力化した、だと……!?
「まて。助けてくれ。お願いだ」
「組織から百億円出すのなら許してやれって言われてます」
「そんな金あるわけないではないか!!」
「それじゃあさようなら。大丈夫、貴方の会社は上手く存続させてあげるってうちのボスが言ってましたよ」
「ま、待って――」
響く銃声。それが収まる頃には、ビルの中には気絶した数十人のボディーガードと、一つの腕無し死体しか残ってはいなかった。
「目標、殺し終わったよ」
『……お疲れ様……夕御飯は、何がいい……?』
「何でもいい。真名が作る食べ物なら」
『……わかった……早く帰ってきてね……』
「わかった。じゃまた後で」
電話を切った後、瑞鏡響は、ふぅ、と一つ息を吐いた。
仕事を終えた後はいつもこうだ。自分がどんどん罪にまみれてくる気がする。生きる為とはいえ、なんだか嫌な感覚ではあった。
「まあ、それでもいいや。生きてられるから」
暗い思考を取っ払い、響は自らの家に向かうために、街中の雑踏に紛れながら、姿を消した。