ハズレスキル《取扱説明書》で勇者パーティを追放されました。一応お伝えしておくと、その聖剣、あと三回で台座に帰ります
俺のスキルは《取扱説明書》という。
触れたものの説明書が読める。それだけだ。炎も出なければ、傷も治せない。強くなれるわけでもない。
スキルを授かった日、村の神父は祝福の羊皮紙をしばらく眺めてから、こう言った。
「まあ……少なくとも、家具の組み立てで失敗することはないだろう」
「ノア。お前、パーティから出ていけ」
聖剣に選ばれた勇者レオンは、エールを一口飲む合間に、パンのおかわりでも頼むような調子でそう言った。
酒場《黄金のグリフォン亭》の一番いい席。隣では盾役のガルドが、肉を頬張ったまま笑っている。魔法使いのセレスは、爪の手入れから目を上げようともしない。
「理由を聞いても?」
「理由?」レオンは両腕を広げた。「戦闘のたびに、俺たちが命を懸けてる後ろで、お前はそこらのものを《触って》、《読んでる》だけだろうが。勇者に説明書なんざいらねえんだよ、ノア。勇者に必要なのは勇気だ」
「あとは荷物持ちな」ガルドが付け加えた。「でもそんなもん、銅貨二枚で雇えるしな」
セレスが、短く鋭く笑った。
怒りが湧いてくるかと思った。でも、湧いてこなかった。むしろ、ほっとしていた。三年間、誰にも話を聞いてもらえない役でいるのは、戦うことよりずっと疲れる。
「わかった」俺は立ち上がった。「ひとつだけ、念のため。三つ、忠告していってもいいか」
レオンは目を回したが、「さっさとしろ」と手を振った。
俺はガルドの鎧の肩に触れた。いつものように、俺にしか見えない文字が宙に浮かび上がる。
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【サラマンダーの胸甲】
火属性の攻撃を完全に無効化する。
※注意:濡れている間は効果を失います。陰干ししてください。
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「ガルド。その鎧、濡れると火への耐性が消える。雨の日に、火を吐く相手とは戦うなよ」
「伝説の鎧に洗濯表示かよ!」ガルドはテーブルを叩いて笑い転げた。
次にセレスの杖の先に触れる。彼女はむっとして杖を引いたが、もう遅かった。
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【古の雷霆の杖】
※注意:連続使用は三回までです。四回目は、魔力が使用者に逆流します。
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「セレス。雷は三発まで。四発目は自分に返ってくる」
「撃ちたいだけ撃つわよ」こちらを見もせずに、彼女は言った。
最後に、レオンの腰に下がった聖剣の柄に、指先で触れた。手をはたかれたが、説明書はもう開いていた。
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【聖剣クラリオン】
登録状況:《未登録》
非正規使用者による残り使用回数:3回
残り回数が0になると、本製品は元の台座へ自動的に返却されます。
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俺は二回読み直した。
「……なあレオン。その剣、ちゃんと岩から抜いたんだよな?」
ほんの一瞬。本当に、ほんの一瞬だけ、レオンの顔に何かがよぎった。
王都には、ある噂があった。聖剣の台座の岩に、まるでハンマーで叩き割ったようなひびが入っていた、と。誰も本気にはしていなかったが。
「当たり前だろうが!」レオンは顔を赤くして立ち上がった。「何が言いたい!」
「別に。ただ説明書に、未登録で、あと三回しか使えないって書いてあったから。一応伝えておこうと思って」
「消えろ、ノア」
だから、俺は消えた。
◇
エルムの町の冒険者ギルドは、古い木材と豆のスープの匂いがした。俺はFランクの認識票を胸に下げ、採集依頼の掲示板へまっすぐ向かった。戦闘スキルのない人間にこなせるのは、それくらいだ。
リタと出会ったのは、そこだった。
歳は十五くらい。藁色の短い髪で、手にしているのは市場で一番安い屋台で買ったとしか思えない短剣だった。彼女は、灰色の森での薬草採集の依頼を受けようとしていた。あの森は灰狼の縄張りだ。
「すまない」と俺は声をかけた。「その剣、少しだけ触らせてもらってもいいか」
彼女は「髪を触らせろ」とでも言われたような顔をしたが、剣を差し出してくれた。
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【鉄の短剣(量産品)】
※注意:柄から三センチの位置に内部亀裂があります。正面からの受け止めは避け、必ず斜めに受け流してください。
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「柄の近くに、ひびが入ってる。正面から攻撃を受けたら折れるぞ。受けるときは、必ず斜めに流せ」
「……なんでわかるの?」
「触れたものの説明書が読めるんだ。信じにくいだろうけど、本当だよ」
リタは疑わしそうに俺を見た。まあ、無理もない。以前、必死の形相でギルドに駆け込んできた農夫も、最初は同じような顔をしていた。
飼っている乳牛から、急に乳が出なくなったという。困り果てた農夫に頼まれ、俺は牛に触れて説明書を読んでみた。
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〖乳牛〗
Q.乳が出ません。
A.あなたが嫌われています。別の方に搾ってもらってください。
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農夫は泣いた。奥さんは十分間笑い続けた。牛はその日のうちに、また乳を出すようになったらしい。
いつの間にか、俺は「エルムの賢者」と呼ばれていた。そのたびに「説明書を読んでるだけだ」と訂正した。訂正すればするほど、謙虚な人だと思われた。俺は諦めた。
◇
五日目。塔の鐘が三度鳴った。竜の襲来を告げる警報だ。
ギルドマスターのブラム爺さんが、灰色の顔で入ってきた。
「鉄の山脈で古竜が目を覚ました。谷へ下りてきておる。勇者レオンのパーティが、一時間前に討伐へ向かった」
胃のあたりが、すっと冷えた。外では、細い雨が途切れずに降り続いていた。
雨。
「私も行く」リタが、ひびの入った短剣を腰に差して言った。
「お前はFランクだろ」
「あなたもでしょ」彼女は笑った。「一回、助けてもらったから。今度は私の番」
◇
俺たちが谷に着いたとき、すべては説明書に書かれた順番どおりに崩れていた。
ガルドは泥の中に倒れ、伝説の鎧から煙を上げながら叫んでいた。
「陰干し! 陰干しぃ!」
生きてはいた。だが竜の炎は、濡れた鎧を紙のように貫いていた。
セレスは岩に座り込んでいた。髪はハリネズミのように逆立ち、目は虚ろで、膝の上の杖がまだ火花を散らしている。周りに漂う焦げ臭さからして、四発目を撃ったのは間違いない。
そして、聖剣に選ばれた勇者レオンは、聖剣を掲げて古竜と向き合っていた。
一撃目が光った。
二撃目が光った。
三撃目。刃が金色の閃光を放ち――レオンの手からすっぽ抜けた。剣は伝書鳩のように宙で一回転すると、地平線の彼方、王都の方角へと飛び去っていった。
「戻れ!」レオンは両腕を伸ばして剣を追いかけた。「戻ってこい! 戻ってこいって!」
古竜は、どこか戸惑ったような様子で、長い一秒のあいだレオンを眺めていた。それから、爪を振り上げた。
俺は走った。
強くもない。速くもない。戦闘スキルもない。
でも、俺のスキルには条件がひとつだけある。説明書を読むには、対象に触れなければならない。
古竜の前脚には、一本の矢が深く突き刺さっていた。矢羽根は赤と金。その矢には、勇者レオンのパーティの紋章が刻まれている。
あいつは、わざと竜を起こしたのだ。戦うために。栄光のために。
俺は古竜を刺激しないよう、ゆっくりと近づいた。そして、傷口を広げないように気をつけながら、前脚に刺さった矢を引き抜いた。
古竜は、谷じゅうの木の葉を巻き上げるほど長い溜め息をついた。それから巨大な頭をゆっくりと下げ、俺の目の高さで止めた。山の奥底から響くような声だった。
「……攻撃される前に、儂の話を聞いた者は、三百年ぶりだ」
その気持ちは、よくわかった。
「遅くなって、すまない」と俺は答えた。
◇
その後、古竜は俺たちを傷つけることなく、静かに山へと帰っていった。
俺たちもギルドへ戻った。大騒ぎのあとだというのに、セレスの髪はまだ少し逆立っていた。
「ノア……俺たちが間違ってた」ガルドは俺の目を見られないまま言った。「パーティに戻ってきてくれ。頼む」
俺は、隣のテーブルで豆のスープを食べながら、聞こえないふりをしているリタを見た。
「悪いな」と俺は答えた。「俺はもう、あんたたちのパーティに戻るつもりはない」
ガルドは何か言いかけたが、結局、口を閉じた。
俺は席を立ち、ギルドの外へ出た。
何の気なしに、俺は道端にしゃがみ込み、地面に手のひらをついた。
試したことはなかった。
大地に。草に。この世界そのものに。
そんなに大きなものに、説明書なんてないと思っていた。
浮かび上がった文字は、夜空いっぱいに広がった。
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【世界 取扱説明書(第七版)】
※使用期限:残り1年
更新の際は、第三章をご参照ください。
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俺は第三章を探した。
そのページは、破り取られていた。
第二章と第四章のあいだの空白を、長いあいだ見つめていた。
説明書を読むことしか、俺にはできない。
どうやら、失われたページを探しに行くしかなさそうだ。




