『姫様。今日までは、おやめください』
楽しくお読みいただけましたら幸いです。
「姫様。今日も、おやめください」
私には大切な姫様がいます。
それはそれは美しく、幼子のような顔は私の庇護欲を増幅させます。
「クロト、今日こそはいいでしょう?」
私の名前はクロトと申します。
姫様のお世話係として幼い頃から姫様のお側に仕えております。
「今日もいけません」
「どうしてよ?」
「姫様は、まだお若いので」
「若いって言ってもクロトの二つ下よ? そんなに変わらないわ」
姫様は私の二つ年下の十七歳です。
まだ幼い姫様を守ることが、私の仕事、、、いいえ、使命なのです。
それを知っている姫様は、私を困らせることばかり仕掛けます。
一番最初の困らせ事件は忘れもしません。
◇
「クロト、お手」
「えっ」
「クロト、お手」
「姫様、何を仰っているのですか?」
「クロトは私を守るのなら、私の言いたいことは分かるでしょう?」
「えっと、姫様?」
「クロト、お手」
姫様は私を犬だと思っているのでしょうか?
私を見下しているのでしょうか?
「もう、分からないの?」
姫様はイライラしながら差し出していた手で私の手を取った。
姫様の手は私より小さくて、握り締めたら壊れそうなほど柔らかかった。
この時、姫様は十歳、私は十二歳でした。
◇
「姫様。今日も、おやめください」
「まだ何もしていないわよ」
「そうですが今日も、いつものようにするのでしょう?」
「否定はしないわ」
「姫様。あなたはお若いのですから、いけません」
「クロトならいいの?」
「わっ私は、、、いやっ、私のことは、関係ありません」
「あ~クロトったらずるい。私はダメなのにクロトは答えないの?」
姫様は頬を膨らまし、拗ねています。
なんて可愛いのでしょう。
この可愛い顔を守らなくては。
私の決意は日に日に増していきます。
そんな、ある日。
姫様に縁談のお話が舞い込んできました。
お相手の方は身分の高い王子様です。
姫様のお相手にはぴったりなお方です。
気品のある容姿、整った顔立ち、優しい言葉遣いに姫様も縁談を断る気はないようです。
「クロト」
「はい、姫様。どうかなされたのですか?」
姫様がベッドに入って、私を呼びました。
その声は不安そうで私は心配になりました。
「クロトは縁談の話を、どう思っているの?」
「私ですか? 私は、、、姫様が良いと思うのであれば姫様の選択に従います」
「クロト、それはクロトの意見じゃないわよね?」
「姫様?」
姫様は私に背中を見せながら話をしているので表情は分かりません。
しかし、姫様の背中は震えているようでした。
「姫様、お手を」
私は、いつも姫様が私に言う言葉を口にしました。
姫様は私の方を向きます。
驚いているようです。
「姫様、私はあなたを守るために傍にいるのですよ。不安ならお伝えください」
「うん」
姫様は、いつも私がするように、私の掌に手を乗せます。
私は姫様の手をギュッと握ります。
この手は、何があっても離しませんと伝えるように。
姫様は縁談を断りましたが、相手の方が姫様を気に入り、無理矢理にでも縁談を進めようとします。
困っている姫様に私は、どうすればよいのか分かりません。
私のような世話係に何ができるのでしょうか?
姫様を守ると誓った私には、その誓いも守れないのです。
そして姫様の笑顔さえも守れなくなったのです。
姫様は私の前で笑わなくなりました。
そして私を困らせることをしなくなりました。
姫様は大人しくなり、幼子のような顔は、どこか色気を纏うようになりました。
視線も、仕草も、言葉遣いも、服装も、どこか色気を纏い私の心を惑わせます。
そんな、ある日。
夜中に姫様へ客人が訪れました。
そのお相手は、姫様の縁談のお相手でした。
夜中に会いに来るなんて、私は不吉な予感がしました。
どうか何もありませんようにと願いましたが、事件は起きました。
「クロト!」
姫様の叫び声が聞こえてきました。
私は姫様の部屋の近くで待機をしており、すぐ姫様の部屋へ入りました。
姫様は泣いていました。
何があったのかは分かりません。
しかし、姫様が泣いているので嫌なことをされたのか、それとも嫌なことを言われたのかだと思います。
私は急いで姫様に近寄り、姫様を抱き締めました。
姫様を守るのは私の使命です。
「どうかお引き取りを」
私は今まで発したことのないような低い声で姫様の縁談の相手へ伝えます。
本当は殴りたいという衝動を押さえるのに精一杯で、いつもの口調では言えませんでした。
姫様の縁談の相手は、静かに帰っていきました。
そして沈黙が私達を包みます。
私は、姫様が落ち着くまで待ちました。
「クロト、、、」
「はい」
「クロト、、、」
「はい」
「私のクロト、、、」
「はい」
姫様は私を細い腕でギュッと抱き締めます。
姫様は、こんなに小さく柔らかくて良い香りのする人なんだと私は今日、気付きました。
「クロト、あなたは私の傍に、ずっと居てくれるのよね?」
「はい。私は姫様の世話係なので」
「違うわよ」
「えっと、違うとは、どういう意味なのでしょうか?」
「私の旦那様になるってことよ」
「えっ、姫様。私が、姫様の旦那様などなれません」
「でも、それは無理な話よ。その時がやってきたんだからね」
姫様は私を見上げて不適な笑みを浮かべます。
姫様の、そのような顔を見るのは、あの日以来です。
◇
「クロト」
「はい」
「クロトは私が泣いていたら慰めてくれる?」
「はい」
「どうやって?」
「そうですね。その状況にならなければ分からないのですが、いつものように接しますよ」
私が姫様に伝えると、姫様は嬉しそうに笑っていました。
「姫様?」
「ちゃんと聞いたんだからね。いつものように接しなかったら、クロトはクビよ」
「えっ、何故ですか?」
「そんなの決まってるわ。クロトも私と同じ気持ちだと思うからよ」
「姫様。意味が分からないのですが」
「その時になれば分かるわよ」
姫様は不適な笑みを浮かべました。
私は何か間違った答えを伝えたのでしょうか?
この時、姫様は十二歳、私は十四歳でした。
◇
「姫様。今日までは、おやめください」
「えっ、クロト? “今日までは”って言ったの? “今日も”じゃなくて?」
「はい。言いましたが何か?」
「だって、“今日も”と“今日までは”だと意味が変わってくるわよ?」
「そうですね。意味は変わってきますね」
「えっ、それじゃあ、明日ならいいの?」
「それは、、、秘密です」
私は不適な笑みを浮かべ、自身の唇に人差し指を当てて言いました。
姫様は残念そうな顔をしながらベッドから起き上がります。
今日までは、いつも通りです。
でも明日からは解禁しましょう。
だって、私は姫様を好きなのですから。
明日からは“今日は良いですよ”と伝えますよ。
そしてベッドに横になっている姫様が、いつもの様に両手を広げ伸ばしてきたら、抱き締めて起こしてあげますよ。
姫様が離してと言うまで、ギュッと抱き締めて離しませんから。
だって私は、姫様を愛しているのですから。
姫様は明日には十八歳、私は二十歳。
二人とも大人ですが秘密の恋の始まりです。
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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