第1話:英雄的運命は雨傘と共に
ここから本編スタートです。更新は不定期ですが、そう遠くないうちに第2話も投稿できたらと思います。
それではよろしくお願いします。
今日もまた、色褪せた朝が訪れた。何かに起こされるわけでもなく、いつも通りの決まった時間に目が覚める。
時計に目をやれば、長針は4の字を指していた。外はまだ薄暗い。眠っている間に部屋の中はすっかりと冷え切り、暖炉に横たわる灰の山に、どこか寂しさを覚えた。
昨日、村長は言っていた。明日はきっと雪が降るだろう、と。憂鬱だ。世界に重くのしかかる仄暗い雲が、俺の心象を代弁しているかのようだ。
喉が渇いた。そう感じた。故に、水を飲みたいと思った。枕元に置いた愛剣とペンダントを片手に、台所へと歩いていく。心なしか、いつもより体が重い。思えば、村長は最近風邪気味だとも言っていた。うつされただろうか。
物の少ない簡素な台所には、ほんのりと冷気を放つ磁器の小瓶が置かれていた。先週、村に訪れた行商人から買った品だ。中に入れた液体の温度を低く保ち続けるというのがウリなのだが、肝心の内容量が少なすぎて、結局は毎朝眠気覚ましに飲み干すという用途に落ち着いている。
その小瓶から中身の水をガラスのコップに注ぎ入れ、一気に飲み干す。痛いほどの冷感が、喉を通り、夢に縋り付いてぼやけた脳の皺に染み渡る。その刺激によって、ようやく俺は俺という存在が現実のものであると認識できるようになるのだ。
毛羽立ちが目立つ歯ブラシを、少し濡らしてから口に加える。歯磨き粉の清涼な辛味が、ツンと口腔内に刺さる。
そのまま、二つしかないダイニングルームの椅子の、引き出されたままとなっていた方に腰をかける。窓から覗く空には、まだ月が浮かんでいた。
それは美しい光景だった。かつて思い描いた理想の一片を垣間見ているかのようだ。だが、それはあくまで一片に過ぎない。もう有り得ない未来への未練を捨てきれない俺の弱さが見せた、中身のない虚像。ただ一人が足りない、虚しさに満ちた空想。
俺の理想とする世界は、もう訪れることはない。この先、俺にどんな幸せが齎されたとしても、俺はその状況を最善のものだとは思えないだろう。
あの日、突如として俺たちの前に現れたあの理不尽さえなければ。そう思わなかった日など、以来一度としてなかった。あの時、俺が彼女を守れていたのなら。こうして自分の弱さを呪うのも、もう何度目だろうか。
俺の世界が色褪せたのは、なにも彼女を失ったからではない。彼女を失ったという悲しみの奔流の中で、俺は踠くことをやめた。彼女の死を現実のものとして受け入れてしまった。水底に沈み込み、蹲った。それこそが原因だ。俺は、彼女の存在を過去のものと割り切ってしまった俺自身に失望しているのだ。
窓の外では、小鳥たちの囀りが聞こえ始めていた。見るも無惨な自己憐憫の時間は終わりだ。そろそろ出かけなければならない。誰にも知られるべきではない、秘密の日課。あの日以来、欠かしたことはない。
口を濯ぎ、寝巻きを脱いで、普段着に袖を通す。伸び切った髪を適当にまとめ、腰に愛剣を佩き、赤く煌めく小さな輝石のペンダントを首にかける。
玄関にて、よく足に馴染んだ靴を履き、解けない様固く紐を結び、魔物の皮を用いたマントに身を包む。
これで準備は万端だ。軋むドアを押し開けると、厚い雲の切れ間から漏れ伝う一筋の陽光が、俺の瞳に差し込んだ。思わず目を細める。
昨晩は思ったより気温が下がったようだ。村長の言った通り、立ち並ぶ家々の屋根にはうっすらと雪が降り積もっていた。
吐き出す息は白く、予想外の寒さに俺は身震いした。流石にそろそろ、冬の装いを準備しなくては。でないと、また村長からお小言をもらってしまう。お前の装いにはあまりにも季節感がない、と。
「...どこへいくつもりだ?」
噂をすればというだ。もはやボロ布と区別のつかないマフラーを巻き、つぎはぎだらけのコートを着込んだ村長が、隣家の塀に寄りかかるようにして立っていた。二つとも、かなり昔に俺が贈った物だった。なんとも律儀な男だ。
「よう爺さん。やっぱり年寄りは朝が早いな。」
「ああ。まだまだ、若い奴には負けてらんねぇからよ。」
お互いに軽口を叩き合って牽制する。おおかた、俺を待ち伏せていたのだろう。近頃、家を出る際に妙な気配を感じることがあったが、まさかその正体が村長だったとは。
「で、なんの用だよ。俺もそう暇じゃないんだが...」
「馬鹿言え。こんな朝っぱらに用事もクソもあるかよ。ほれ、ちょっと付き合え。」
そう言うと、村長は有無を言わさず歩き出した。ほんの一瞬躊躇ったが、村長には育ててもらった恩義がある。無視するわけにもいかず、黙って後ろを着いて歩く。
その間、俺たちに会話は無かった。きっと俺が何を問うても、今の村長は答えてくれないだろう。長年の付き合いからくる勘が、俺にそう告げていた。
だが、言葉などなくとも、村長が向わんとしている場所はわかった。歩き慣れた道だ。休耕中の畑を横目に畦道を突っ切り、今は水が止められた用水路に沿って歩いていくと、やがて小高い丘が見えてくる。
「...おいじいさん。一体なんのつもり───」
「いいから黙ってついて来い。」
その丘には、大きな一本の楓の木が立っている。先月の頭頃までは、それは見事な紅葉を見せていた。比喩でもなんでもなく、毎日見ても飽きないほどだった。だが今は、その葉をすっかりと散らして、細々とした枝を北風に揺らすばかりだ。情けない姿だが、それでもその太い幹には力強さが宿っていた。
俺の足跡を辿るようにして丘を登っていくと、楓の木の根本に、一つの小さな石碑が立っている。それは墓だった。この村で生まれ育った、一人の少女の墓。
「久々に、娘の顔見ようと思ってな。」
ここに眠る少女の名前はエーナ。エーナ・コールシーズ。彼女は村長の一人娘であり、俺とは幼馴染であり相棒だった。そして、俺の初恋にして最後の恋の相手でもある。
「...なあ、もしかしてアンタは───」
「知ってたさ。お前が毎日ここに来てることなんて。」
墓の前にしゃがみ込んだ村長は、微かに笑いながら言った。
「そりゃお前、道に草が生えなくなるほど毎日コイツに会いにくるような馬鹿は、お前以外にいないわな。」
「...」
俺の秘密の日課とはこれのことだ。ここで、毎朝エーナにおはようと言う。あの日以前の生活と同じように。
エーナはただ死んだのではない。殺されたのだ。「魔王」を名乗る謎の存在に。突然に。理由もなく、理不尽に。あれは俺と一緒に森で魔物狩りをした帰りのことだった。俺が弱くて、守れなかったせいで、エーナは殺された。
エーナは今際の際で、俺にこう言った。愛してる。どうか幸せに生きてね。それが、エーナの遺言だった。
その言葉の意味を、俺はずっと考えている。いまだに結論は出ない。出す気もない。なぜなら、出す必要がないからだ。俺の命尽きるまで、エーナのことを片時も忘れず、考え続ける。それこそが俺のすべきことであり、俺がエーナに対してしてやれることの全てだ。
だからこそ、この日課は贖罪だった。毎日声をかけるのは、せめてエーナが寂しい思いをしないように。この場所に遺体を埋めたのもそうだ。この場所は生前のエーナとよく訪れた場所だった。せめてエーナが幸福な思い出の中で眠れるように。
俺がエーナのことを忘れない限り、エーナは俺の中で生き続ける。月並みな表現だが、それが真理だ。
「お前はエーナが死んだのを自分のせいだと思ってるみたいだがな。そいつは間違ってる。あれは事故だ。天災に巻き込まれたようなもんだ。みんなそう思ってるし、本当にそうなんだよ。」
庇われてるというか、慰められているというのはわかる。情けない話だ。その情けなさを払拭しようと、俺は咄嗟に言葉を紡いだ。
「...別に、気負ってるつもりはなかった。」
ただ俺は、俺だけに責任があるというのに、周りに気を使われているという状況が気持ち悪かった。己が罪を罪と認められず、罰という罰を与えられないまま、生殺しの毎日だった。
自分でも薄々気づいている。俺は、誰かに罰して欲しいのだ。エーナが死んだのはお前のせいだと。お前が弱いせいだと。誰かに詰ってほしかったのだ。
「嘘つけよ。...まぁ、お前の気持ちはわかる。自罰的になるのも無理はない。だがな...」
案の定見破られてしまった。村長は立ち上がり、真っ直ぐに俺の目を見て、諭すように言った。
「いつまでも過去に囚われてるようじゃ、お前はなんのために生きてるんだって話だ。」
「ッ...!」
心臓が、大きく跳ね上がった。言葉の鏃が、俺の胸に突き刺さって離れない。そのまま深く食い込んでいって、俺を俺たらしめる、言うなれば心の核のような場所にまで到達した。
「アイツのことを忘れろって言ってんじゃねぇ。アイツが死んで、お前が生きている意味。お前だからこそ成せること。気休めみたいな言葉だが、そういうものが、あるんじゃないかって話だ。」
「そんな...そんなこと...」
ずっと目を逸らしてきた、自分の心の片隅に渦巻く思い。蓋をして、ないものとして扱ってきた。
「この際はっきり言ってやろうか?復讐だよ復讐!お前からエーナを奪った奴が、今もまだこの世のどこかでのうのうと生きている。お前はそれを許せるのか?許していいのか?許したままのお前でいいのか!?」
村長が俺に投げかけたその問いは、あの時から今に至るまでの俺も、エーナの残した言葉すらも否定するようなものだった。
「...エーナは!エーナはそんなこと望んじゃいない!エーナは俺に、幸せになれって言ったんだ!だから俺は、その通りに生きなきゃいけないんだ...!それが、それが俺の生きる意味で...」
そうだ。エーナの遺言を守る。ただそれだけでいい。俺は、残りの人生の全てをエーナに捧げるのだ。そうしている限り、エーナは永遠だ。
「何をウジウジと!復讐は何も生まないなんてのはよく言うが...俺に言わせりゃ、奪われたままの人生で得られる幸せなんて全部まやかしだ!愛した女の仇一つ討てないで、何が幸せか!奪われたのなら奪い返せ。たとえ全てを失っても、負けたまんまで終わっちゃいけねぇ!」
村長の言っていることは、きっと正しいことだ。だが、それは強い人だけが信じることを許される正しさだ。俺には、その強さがなかった。その強さがあれば、エーナを守れたかもしれないのに。
「アンタに...アンタに何がわかるってんだよ!?」
「なっ...!?」
これ以上は心がもたない。俺は幸せにならなくてはいけない。だから、身の程に合わないもの遠ざけなければ。突き放さなければ。逃げなければ。それこそが、幸せになるために必要なことで...
「何も...何もわからねぇよ!ある日突然娘が死んで、それも魔王に殺されただなんて...何がどうなってっか、今でもわかってねぇさ!苦しいさ!逃げ出したいさ!」
「...だったら!」
だったらなぜ、目を背けないのか。戦い続けるには苦しい。それがわかっていてなぜ、逃げることを選ばないのか。自分より遥かに強大な相手に挑んだ結果、待ち受けるのは悲しみだけだ。俺は、もう悲しいのはうんざりだ。
「けど、わかってないならなんなんだ!?過去ってのは戻ってこない。戻ってこないなりに埋め合わせて折り合いつけて、前向いて生きてかなきゃなんねぇんだ!お前は覚悟がないだけだ!アイツのいない世界を生きていくだけの覚悟がない!そんな奴が、幸せになるだぁ!?笑わせんじゃねぇ!!」
だというのに、村長は立ち向かっていた。この世を支配する理不尽な運命に、ただ愚直に抵抗を続けていた。
「...俺は、俺は...!」
揺らぐ。俺の心が叫んでいる。惑い、暴れ回っている。臆病さが作り出した牢獄から抜け出そうと。悲しみの奔流を堰き止めようと。弱々しく、けれどそれでいて確かに、戦うために踠き始めた。
「いいか、復讐ってのは道具であり手段なんだ。悲しみは雨、降り止まない雨だ。その雨の中を歩き続けるためには傘がいる。その傘こそ復讐だ!!」
「...そうか。『傘』か...」
村長の言葉は熱かった。俺の胸に突き刺さったまま燃え上がり、ジリジリと俺を焦がす。
溶けた言葉はそのまま俺の血に混じり、身体中を駆け巡った。火照り、沸る。モノクロームだった視界に、迸る鮮血の赤が差した。
その瞬間、俺は思い出した。あの時感じた、身を焦がすほどの怒りを。そこからくる、底のない殺意を。この熱は、怒りの熱だ。これほどまでに鮮烈な感情が、今までの俺には見えていなかった。そんな俺にも、心底腹が立つ。
思えば、今までの俺はとんだ腑抜けだった。最愛の人を奪われ、その悲しみを何年も引き摺った挙句、自罰の殻に閉じこもって腐っていた。全くもって反吐が出る。今の俺は、エーナに顔向けできない。
俺は、エーナを自分を守る言い訳に使っていたのだ。守れなかった相手に、今度は守ってもらおうとしていた。なんて卑怯な男だ。なんて臆病な人間だ。
俺の幸せ。それはあの腐れ外道に復讐することだ。エーナの命の代償として、全てを取り立ててやる。まずはそこからだ。その先のことはどうでもいい。復讐なしに、俺にその先なんてない。
「そうだ...!やってやる!やってやるぞ!!」
俺は魔王への復讐を通じて、この世界を生きるための傘を得る。ようやく、進むべき道が見えた。魔王よ、償わせてやる。エーナの命を奪った罪を。そして、俺も償う。いままでの自分と決別し、魔王にその命をもって落とし前をつけさせることで。ずっと抱えてきた、弱さという罪を。
「ケッ、いつまでも手のかかるガキだぜ...」
そう言う村長はただ少しだけ頬を緩ませつつ、再びエーナの墓へ向き直った。そして合掌し、じっと黙祷する。
俺もその隣に座り、村長と同じように合掌して念じる。エーナの魂が、どこかで見守ってくれていると信じて。
覚悟は決まった。俺は戦う。もう逃げない。見ててくれエーナ。必ずや、お前の仇をとってくる。そして、幸せになる。お前の遺言は一字一句違えない。お前が俺を愛したことを、誇りに思えるように。
この決意は届くだろうか。いや、仮に届いていなくともだ。真実に変えて、俺が死んだ後、あの世でエーナに報告すればいい。
「...さて、そうは言ったもののお前、これからどうすんだ?」
「確かに、あれだけ息巻いたものの、全くアテはないな...」
数年間村に引き篭もりっぱなしだったせいで、今の俺には外の世界の情報が全くと言っていいほど頭に入っていない。魔王への復讐がどうこう以前に、そもそも世界を取り巻く情勢がわからないというのが現状だ。
「クククッ、そういうと思ってだな...ホレ!」
「ん、なんだこれ?」
村長が懐から取り出したのは一枚の手紙だった。やけに上質な紙で包まれ、国の紋章が施された蜜蝋でご丁寧に封までしてある。
「王都の冒険者ギルドへの紹介状だ。あそこのマスターとは昔馴染みでな。これさえありゃ、お前も晴れて冒険者デビューってわけだ。」
「へぇ、そいつはありがたい!だが───」
「あん?」
「あんたの謎に広い交流関係は、一体どういうことなんだ?」
「...やかましい。細かいことはいいんだよ。」
昔から、只者ではないとは思っていたが、まさかそんな大物とも繋がりがあるとは。何故にこんな辺鄙な村の村長をやっているのか不思議なほどだ。
それに、不思議といえば、もう一つわからないことがある。
「まぁその話はおいておいて....なぁ、なんで冒険者になる必要があるんだ?」
「...はぁ!?なんでっておま...そんなとこから説明すんのかよ!?」
俺の質問に、村長は信じられないと言った様子を見せた。流石に驚きすぎだ。大袈裟だろう。それに、生まれてこの方魔物との戦いしかしてこなかったのだ。悪いのはちゃんと勉強を教えなかった村長の方だ。
「だって...魔王は勇者にならないと殺せないんだろう?なら、冒険者なんてやってないでさっさと勇者になっちまえばいいじゃねぇかよ。」
「あのなぁ...勇者ってのは職業じゃねぇんだ。どちらかというと称号...最終的に、魔王を倒した奴が勇者になるんだよ。」
「ほほぅ。なるほどな。」
そういうシステムだったのか。てっきり、勇者になるには伝説の剣を引き抜く必要があるとか、神託で選ばれなければならないとか、そういうイベントがあるものだと思っていたが...
「だが、肝心な魔王の所在が未だ掴めていない。おそらく、千年前の力が戻るまで、魔物を増やしながら潜伏しているつもりなんだろう。」
「千年前の力?」
「奴はまだ寝起きで調子が出ないらしい。エーナの件も含めた各所での目撃情報と伝承や当時の記録とを比較してみた結果、現在の魔力量は勇者と対峙した千年前の十分の一程度...ってのが国からの情報だ。」
全盛期より遥かに弱体化していてあの強さだったのか。あれから数年、未だ全盛期には及ばないだろうとはいえ...全く末恐ろしい話だ。
「全盛期の魔王は一夜にして国一つ滅ぼすような正真正銘のバケモンだ。弱ってるうちに仕留めてしまいたいってのが国の考えだ。」
「なるほどなるほど。」
「だが、魔王のヤツは神出鬼没。ふらっとどっかに現れては、夢のように霧散する。そういうのを、もうずっと繰り返してんだ。出没する地域や時間、その際とった行動にも関連性が認められず、国も手を焼いてる。」
「ふむ、それは厄介だ。」
復讐がどうこう以前に、そもそも戦う機会がなければ話にもならない。当たり前だが、面倒な話だ。
「そこで国連は魔王の首に百兆ドラーの賞金をかけた。」
「ふーん百兆ねぇ...ひゃ、ひゃひゃひゃ100000000000000!?!?」
文字通り目の玉が飛び出るほどの衝撃だ。それだけの額があれば...なんだ、何ができるんだ?額が大きすぎて逆にピンとこないな。わからないが、多分新たに国が建てられるんじゃないか?というかそもそもこの世界にそれほどの金が存在しているのか?嘘じゃないのか?
「クク、そう驚くのも無理はない。俺も最初知ったときには腰が抜けるかと思ったぜ...てか、これ破茶滅茶にでかいニュースだったぞ。ウチの村でも一週間はこの話題で持ちきりだったし...お前、どんだけ世間知らずなんだよ。」
「ぅるせ!」
「というわけで、今は全世界で魔王討伐レースをやってるみたいな状況だ。所属や階級は問わず、魔物を討伐する資格があるものであれば誰あっても勇者になる可能性があるってこった。国からの命で動いている騎士団や魔術学院は勿論、各地の冒険者たちがこぞってこのレースに参加してる。」
「うーん、とにかく超大事になってるってのはわかったんだけど、結局のところなんで俺が冒険者にならなきゃいけないのかが分かんないんだけど...?」
「...?そりゃお前、魔物を狩るには免許がいるからだろ?」
「...え?」
村長は至極当然のことといった様子で、俺の言葉に首を傾げている。
「...まさかお前、今の今まで知らなかったのか?魔物を狩るには、騎士、魔導士、冒険者のうち、いずれかの資格が必要で───」
「ちょっと待って。え?それじゃ今までのは...え?どゆこと?」
「端的に言えば、今までお前がやってたことは密猟って話だ。俺はてっきり、知っててやってるもんだと思ってたが....」
「いやいやいや!気づいてたんなら早く言ってよ!」
これまた衝撃の事実だった。どうやら俺は、知らず知らずのうちに犯罪に手を染めていたらしい。背筋を冷たい汗が伝っていく。
「なぁに心配すんな!お前らが狩った魔物の素材は基本的に村の中だけで循環してる。村の誰かが告げ口でもしてない限り、役人もこんなド田舎までわざわざ調査なんてしに来ねぇよ!...多分。」
「心配だなぁ!?なんかのフラグになってないそれ!?」
過去に犯罪歴がある勇者なんて、そんなものが許されるのだろうか。いや、世の中そんなに甘くはないだろう。もし仮にこの事実が露呈すれば、俺の勇者への道は閉ざされてしまうだろう。
「まぁまぁ落ち着けって。もしなんかあっても、俺が揉み消してやるよ。」
「...あんたの《《ソレも》》、大概信用ならんが...」
不安要素は多いが、考えすぎても仕方ない。どうせ俺の力ではどうにもならないのだ。このことは忘れるとしよう。
「尤も、冒険者の中には脛に傷のある奴も少なくない。その程度のことがバレたところで、誰も騒ぎやしねぇよ。」
「なら安心!とはならんが...案外そんなもんだよな。」
「その通り。それに、学のない平民のお前じゃ騎士も魔道士も無理だ。そんなお前が勇者目指すんだったら、どのみち冒険者になるのがベストなんだよ。」
「なるほど、そういうことだったのか。」
村長は以外と考えてくれていたようだ。きっと、エーナの高い知能もこの人から受け継いだものなのだろう。
「それに加えて、ギルドってのは良くも悪くも実力主義。強い奴が正義だ。実力者には自然と人も金も、仕事に情報も集まってくる。」
「よかった。堅苦しいのは苦手なんだ。」
村長の言う通り、俺には学がない。故に礼節を求められるような環境は向いていない自覚がある。そのことを踏まえると、冒険者ギルドこそ俺に相応しい場所と言えるかもしれない。
「だが一つ懸念点があってだな...」
「なんだ?」
「冒険者ギルドじゃ、仕事を受けるのもパーティを組むのも、全部自分でやらなきゃいけねぇんだ。」
「なっ...!?」
俺は思わず絶句する。俺はコミュニケーションが大の苦手だ。同世代の子供が少なかったことも手伝って、友人と呼べるような間柄だったのはエーナを除いて他にいない。育ての親である村長はともかく、俺はこの2人以外とどう交流していいかがわからなかった。
依頼を受けるとき、エーナに同席してもらっていた。
依頼主との細かい打ち合わせは、エーナに任せ切っていた。
魔物の素材を売るときも、エーナが交渉してくれていた。
日常的な買い物にも、エーナはついてきてくれていた。
そういった大抵の場合において、俺はただエーナの隣で相槌を打つだけの機械と化していた。
例の小瓶を買うのにだって相当に苦労したんだ。エーナの幸せになれという遺言を叶えるには、まず生活の質を上げることが必要だと考えた。だから必死の思いで普段なら素通りするであろう行商人に声をかけて、やっとの思いで手に入れたのだ。エーナのことがなければ、あんなこと絶対にしない。
「無理だ...俺には...俺にはそんなこと出来ないっ...!」
終わりだ。エーナすまない。俺は情けない人間だ。君がいないと俺は、人とに会話すら碌に出来ないんだ。言うなれば社会不適合者...そんな俺に、勇者が務まるはずもない。
「バカお前!復讐するんだろ!?幸せになるんだろ!?だったらこの程度の問題、サクッと乗り切ってみせろよ!!」
「悔しい...悔しいよ村長!俺は自分が情けない!情けないくて泣けてくるよ!」
「縋り付いてくんな気持ち悪ぃ!?お前もいい歳なんだ。そろそろ社会に慣れておかないと、この先生きていけないぞ。」
「うぅ....はっ!」
その瞬間、脳内で全ニューロンが一斉に瞬き、俺に叡智をもたらした。なんて名案だ。暗雲の立ち込めていた俺の心が、眩い光で満たされる。
「村長、俺は天才だったかもしれない。」
「...嫌な予感しかしないが、一応聞こうか。」
この状況をひっくり返す逆転の一手。それは───
「村長!俺と一緒に、冒険者になってくれ!!」
「阿呆!」
「うべぇあ!?」
村長はその年齢に見合わぬ俊敏な動きで、俺の頭を引っ叩いた。痺れるような痛みが頭蓋に響く。
「痛ってぇ...何すんだよ!?」
「いつまでもクニャクニャフニャフニャしおって、俺はそんなふうにお前を育てたつもりはないぞ!」
「くっ...」
「いいか!?俺はこの先何があってもお前についていくことはしないぞ!」
「んな殺生な...」
人間誰しも得意不得意があるものだ。エーナだって、いつまで経ってもニンジンが苦手なままだった。俺の場合、それが人付き合いなのだ。こればっかりは、なんとかできる気がしない。
「だが、俺も鬼じゃない。」
「!!」
「王都に、宿屋を営んどる『フランデル』という女がいる。そいつは俺の古い知り合いでな。家賃さえ払えば、面倒見てくれるってことになった。気立てのいい、朗らかな女だ。まずはそいつと仲良くなるとこから始めろ。いいな?」
「...それくらいなら、まぁ...」
依然として高いハードルだが、飛び越えられそうな高さまで降りてきた。流石の俺も、ここまでしてもらっては逃げるわけにはいかない。
「よし。なら話は終わりだ。」
ぶっきらぼうな言い方だが、村長の言葉には、どこか安堵のようなもの入り混じっている気がした。
「それじゃ、俺からお前に、最後の餞別をくれてやる。」
「餞別?」
そう思ったのも束の間。和んでいた俺の心が、突如として警鐘を鳴らし始めた。
妙だ。甘すぎる。村長は優しい人だ。優しいから、必要以上に与えるような真似はしない。
俺はすでに、十分過ぎるほど村長から与えられた。立ち直るきっかけ。王都の冒険者ギルドへの紹介状。フランデルさんのこと。
だからこそ、俺は村長のその言葉を疑わざるを得なかった。
「おいおい、どうしたんだ?らしくもない...まさか、俺が行っちまうのが寂しくて、センチになってんのか?」
「フンッ、馬鹿言うなよ。」
嫌な予感がする。空気が張り詰め、ヒリつく緊張感で場が満ちる。
「俺が餞別と言ったら...これだろうが。」
その瞬間、村長の体から凄まじい魔力が溢れ出し、あたり一面を包み込んだ。
「来い。久々に稽古つけてやる。」
一部の隙もない、完璧な構え。俺が憧れ、未だ追いつくことのできない力。
俺に戦い方を教えたのは村長だった。
この村をたった1人で守り抜いてきたその拳に、俺は強く魅了された。
「...どうせ、そんなところだろうと思ったよッ!!」
剣を抜き、全速力で挑み掛かる。殺す気で行かねば、村長には届かない。言われなくともわかっていた。
「ふむ...鈍っては、いないようだな。」
「ッ...!?」
俺が持てる力と技、その全てを込めた一撃だった。にもかかわらず、村長はそれを片手で、いとも容易く受け止めた。真剣の刃を生身の手で掴んでいるというのに、傷ひとつ負っていない。
「アンタ...本当に人間かよ...!?」
「そう褒めるな。照れるだろうが。」
「皮肉じゃボケェ...!」
魔力を全て腕に集め、最大出力の強化魔法を使って刃を押し込む。しかし、びくともしない。
「...おい、まさかその程度か?」
「クソッ!舐めんなァッ!」
すぐさま脚部に魔力を集中し、村長の土手っ腹に蹴りをぶち込む。
並の相手なら、これで決着だ。だが、俺の師匠はこの程度で倒れるほどヤワじゃない。
「おお、存外にいい蹴りだ。」
完全にいなされた。まるで何事もなかったかのように、俺の蹴りの衝撃は殺されていた。
「お褒めに預かり光栄ですよ、師匠...!」
「慢心するな。まだ勇者を名乗るにはほど遠いぞ。」
いつまでもこの間合いはまずい。仕方なく剣は捨て、すぐさま後ろに飛び退く。
「いい判断だ。」
再び構えを取り直す。村長相手に殴り合いはまずい。なら───
「ほほぉ、そうくるか。」
速度を生かしたヒットアンドアウェイ。速度強化魔法には自信がある。一撃の威力は下がるが、重ねていけば崩せるはずだ。
「その余裕、いつまで持つかな!」
この戦法を取るにあたって、最も警戒すべきは避けようのない範囲攻撃。だがそれも、打たせなければいいだけの話だ。
「どうやら、ただ腐っていただけではないようだな。」
エーナが死んでから数年。俺だって何もしていなかったわけではない。村人からの依頼は受け続けていたし、鍛錬だって怠らなかった。
「はっ!いつまでも昔と同じだと思ってると痛い目見るぜ!」
村長は防戦一方だ。このまま速度を落とさず攻めれば、いずれ勝機が見えてくる。そう信じ、さらに加速した刹那───
「...見て盗めよ。」
村長の体を覆っていた魔力が、一瞬にして消えた。いや、消えたのではない。凝縮されたのだ。村長の胸に灯った赤い光が、俺の目に焼きついた。
「奥義...『魔勁』」
その言葉を聞いたのを最後に、俺は意識を手放した。
────────────────────────
「───はっ!」
目が覚めた頃には、日はすでに落ち、夜空には星が瞬いていた。俺はエーナの墓標の横、あの楓の大木に背中を預けるようにして寝かされていた。
「お、ようやく起きたか。」
村長は焚き火の灯りで本を読んでいた。そして、その焚き火には鍋がかけられていて、何かが煮立つような、グツグツという音が漏れていて、なんとも形容し難い、いい匂いが立ち込めていた。
「いやー、あんまりにも起きないからよ、うっかり殺しちまったかと思って焦ったぜ。」
「...笑い事じゃねぇよ。」
痛む体を起こし、村長の前に座る。この鍋の匂いには覚えがあった。きっとこの先、俺の人生において決して忘れることのない、あの料理。
「久々だな。三人で、飯食うのも。」
「...ああ。」
思えばあの頃...エーナが生きていた頃は、いつも三人で食卓を囲んでいた。
早く大人になろうと急いでいた俺が1人暮らしを始めても、ほぼ毎日のように村長の家を訪れ、夕食を食べさせてもらっていた。
「ほれ、好きなだけ食えよ。」
「...いただきます。」
シークラビットのトマト煮。村長の得意料理で、俺とエーナの大好物だ。
「どうだ?うまいか?」
村長はあの頃と変わらず、顔を覗き込むようにしてそう聞いてきた。
「うん...美味い。」
「そうか。よかった。」
優しげに笑う村長。少し酸味が強くて、それでいてまろやかなスープの味。噛むたびに肉汁の溢れる、シークラビットの肉の味。この料理の暖かさ。そしてエーナ。
その全てが懐かしい。俺はずっと、この時が恋しかった。戻りたかった。
けど戻れないとわかっていた。だからこそ、今が嬉しかった。
「美味い...美味いよ...!」
とめどなく溢れてくるものがあった。抑えきれない感情があった。今まで押し殺してきたのに、今日に限っては、もう抑える気にもならなかった。
「おい泣くなよ。味が、落ちるだろが...」
村長はただ天を仰いでいた。それから、俺が食い終わるまで、黙って肩を震わせていた。
やはり、俺はこの料理の味を、死ぬまで忘れることはないだろう。
やはり一話あたりの文字数が多すぎるでしょうか。わからない事だらけですが、好意的でも批判的でも、感想等ございましたらどうかコメントしてください。今後の糧とします。あと、誤字脱字等も指摘していただけると幸いです。
ご覧いただき、ありがとうございました。




