ソマーヴェル隊の失敗
時は、1924年6月4日、英国エベレスト探検委員会のエベレスト標高約7000m地点、ノース・コルにある第四キャンプ。
ジョージ・リー・マロリーは、第四キャンプの中で自分の机に向かい、作業をしながら、ソマーヴェル隊、の帰還を待っていた。
しかし、マロリーの思っていた帰還とは、晴れやかな成功の帰還だと思っていた。
何故なら、ソマーヴェル隊には、マロリー自身が高く評価するエドワード・ノートンと、友人のハワード・ソマーヴェルがいたからだ。
ノートンは持久力や、判断力などを非常に優れており、ソマーヴェルについては山岳医としての腕も、登山者としても慎重で無理をしない。
このことからも、マロリーは二人をとても信頼していた。
「ソマーヴェル隊が帰ったぞぉ」
部屋の外からアルパイン・クラブの一人が叫んだ。それを聞いたマロリーは、すぐさま自身の部屋を出た。
(帰還が予定より早い。登頂中に何かあったのか?)
テントの中は騒然となった。アルパイン・クラブの人間だけでなく、第四テントの人物全員が驚いていた。
何故なら……
テントの中に目を手で押さえたノートンと、その彼を支えているソマーヴェルが倒れそうになりながらも、駆け込んできたからだ。
ソマーヴェルは、ノートンを支えてはいるが、のどを押さえながら激しく咳き込んでいた。
見ただけでも非常に危険だと言うことが、はっきりとわかる。
「リチャード!」
マロリーが、第四テント内のすべてに聞こえるほどの大きい声を放った。
「あぁ、分かっている」
すでに医療主任のリチャード・ヒングストンが駆けつけていた。彼は彼で、顔が真っ青になっている。
彼とキャンプの人間がソマーヴェルとノートンを医務室まで運ぼうとしていた。それを見てマロリーも急いで手を貸しに行った。
ノートンはずっと目を瞑った上で、手で目を押さえていた。これを見たリチャードは、心当たりがあったようだ。
「紫外線による雪盲だ……」近くにあったタオルを素早く取り、ノートンに目を押さえつける。「明かりを消せ! すべてだ!」
それを聞いた隊員たちは、素早くすべての明かりを消した。
(雪盲もそうだが、極度の疲労だ。登頂アタックの再挑戦は不可能だろう)
「いいか、ノートン。これから一切目を使う行動は取れないぞ」
「あ、あぁ。分かった」
リチャードは、他の隊員に目を冷却させるようにと指示を出し、急いでソマーヴェルの方へ駆けていった。
医務室まで運ばれたソマーヴェルは、言葉を発そうするが、咳がひどくとても喋れる状態ではなかった。
「感染症か?」マロリーが言った。
「いや……」リチャードが言いかけたが、ソマーヴェルが食い気味に言った。
「呼吸トラブルだ……ゴホッ、ゴホッ」
「即時下山はしたか?」
「も、もちろんだ」
それを聞いたリチャードは少し、安堵の表情を浮かべた。
「マロリー、できる限りの毛布を持ってきてくれ」
マロリーが急いで医務室の外にかけていくと、ずっと目を瞑っていたソマーヴェルが何かをつぶやいた。
「……は…いけ………」
リチャードは、耳を近づけた。ソマーヴェルは息がまだ荒く、目は焦点が合っていなかった。
「上には…いけなかった……」ソマーヴェルの顔は苦しさと戦っていながらも、どこか悔しさを宿している表情だった。「今回は…山は…許してくれなかった……」
そう言った彼は、気絶したように眠りについた。
ソマーヴェルの処置が終わったリチャードは、マロリーに向かって話し始めた。
「彼は、高所の冷気や乾燥によって、のどの粘膜が腫れてしまい、呼吸が妨げられた状態さ」
「大丈夫なのか……?」
「あぁ、発症してすぐに高度を下げたため、今は大して問題ない」リチャードは、ラフな格好になり、再び話し始めた。「下山そのものが最大の治療さ。しかし、再び登れば再発しかねない。再挑戦は認められないな」
「そうか……」
マロリーは、安堵の表情をした後、何かを覚悟したかのように自身のペンダントを握りしめた。




