第91話 剣聖の国 ― 影に潜む野望
■四季連合国との会談
剣聖の国は、四季連合国の代表を呼び出し、今後の対応について協議を行っていた。
会議室を満たすのは、鉛のように重い沈黙。
剣聖の国の使者が低く告げる。
「――これより先、四季連合国は剣聖の国の“守護”の下に入る。異論はあるまいな」
四季連合国の代表者たちは互いに視線を交わすも、誰ひとり顔を上げようとはしなかった。
やがて、重苦しい沈黙を破る声が落ちる。
「……わかりました。我々は剣聖の国の提案を受け入れます」
それは事実上の降伏宣言だった。
外に広がった噂は、瞬く間に人々の間へ伝わっていく。
「守護って……名ばかりじゃないか。もう剣聖の国の領土みたいなもんだ……」
「でも、拒否したら本当に滅ぼされる……」
民衆の声は、不安と諦めの狭間で揺れ、街の空気は一層灰色に沈んでいった。
その後の三ヶ月。剣聖の国は四季連合国内に自軍の拠点を次々と築き、ミリアの魔法によって魔物の増産と強化を進め、軍隊を再編成していった。
全面戦争に備えた準備は、着実に、そして迅速に整えられていったのである。
■剣聖ロウと「使い人」
夜。
豪奢な部屋の窓からは、四季連合国の街並みが月光に照らされて静かに眠る様子が見える。
だが、その未来はすでに一人の男の掌の上にあった。
剣聖ロウはワインを揺らし、赤い液体のきらめきを愉しみながら低く笑う。
「こはる……確かに俺と同じ“剣聖の末裔”だった。同じ匂いがした。
だが所詮は加護なし。どれだけ努力しようと、俺には届かん。……とはいえ、殺すのは惜しい。
俺の女にして、より強い子を産ませるのも面白いかもしれん」
その言葉に、傍らに控える「使い人」が静かに微笑む。
「同じ末裔とは……実に面白い巡り合わせですね。それで、今後の作戦は?」
ロウは唇の端を歪め、赤きワインを一口含んだ。
「全面戦争を起こす。まずは両陣営の力を削ぎ合うのを待つ。それまでは我らは動かぬ。
そして戦いが終わり次第……ミリア、お前、そして俺で一気に攻め落とす。
俺の理想郷――すべての人間が俺に膝をつき、争い、憎悪、嫉妬……すべてをむき出しにする混沌の国だ。
その地獄を高みから眺めることこそ、最高の娯楽よ」
「……是非、私をおそばに置いてください」
使い人の瞳が熱に揺れる。
「もちろんだ。お前は“特別”だからな」
ワインの赤が、まるで血のように煌めいた。
こうして、剣聖の国と四季連合国は、三ヶ月という短期間で戦争の体制を万全に整えていった。




