第9話 こはるとの休日
ある晴れた休日。学院の訓練も落ち着き、穏やかな昼下がり。
こはるが少し照れくさそうに、けれど勇気を振り絞った声でグランに声をかけてきた。
「……あの、グランさん。よかったら、今日……一緒に出かけませんか? お礼も込めて……」
「ああ、いいよ。こはるのおかげでいろいろ助かってるしな。たまにはゆっくりしよう」
グランの返事に、こはるの顔がぱっと明るくなる。
町の広場は、休日らしく穏やかな賑わいに包まれていた。空には雲ひとつなく、陽射しが石畳を柔らかに照らす。二人は並んで歩きながら、甘味処へと足を運んだ。
「えへへ……ここのパフェ、すごく人気なんだって。前から気になってて」
「俺、甘いものは詳しくないけど、ここのは確かに美味そうだな」
やがて運ばれてきたのは、たっぷりのフルーツと生クリームが乗った豪華なパフェ。
「いっただきまーすっ!」
スプーンを手にしたこはるは、夢中で一口食べる。表情が一瞬で花開き、年相応の少女そのものになった。
「うわっ……おいしっ! グランさん、これすごいですっ!」
「ははっ、そんなにか? ……お、おお、ほんとだ。意外といけるな」
甘味処を後にした二人は、洋服店や小物屋を見て回った。
こはるは小さなリボンのヘアピンを手に取り、胸元に当ててみる。
「これ、似合うかな……?」
「うん、よく似合ってる。こはるの雰囲気にぴったりだよ」
「……うれしい。わたし、こんなに楽しいって思ったの、初めてかも」
その笑顔に、グランも自然と口元を緩める。
「こはるが頑張ったからだ。だからこそ、今がある」
「……また、一緒に出かけたいです。いいですか?」
「もちろん」
こはるの目がわずかに潤み、嬉しそうに微笑んだ。
◆すれ違いの門前
夕暮れ時。家の門の前に差しかかると、そこには腕を組んで待ち構える影があった。
セレナだ。頬をぷくりと膨らませ、紅い瞳でじっとこちらを睨んでいる。
「……ふ〜〜〜ん?」
「……な、なんだその“ふ〜〜〜ん”は……」
「ずいぶんと楽しかったみたいね? 甘味処でパフェ食べて、服屋見て、なんかリボンまで買ってあげちゃったりして?」
「え、ええっ!? な、なんで知って――」
「街中でのこと、目撃者多数よ。おまけに、こはるったら嬉しそうにそのヘアピンを見せてくれたし」
「べ、別にやましいことはないぞ! こはるの誘いで、礼を兼ねて――」
「ふーん……それで、“また出かけたいです”って言われて、“もちろん”って即答したとか?」
「……えっと……まさか、全部聞かれてた?」
「ふっ……吸血鬼なめないで。感覚は人間の数十倍よ」
セレナはとことこと歩み寄り、不意にグランの胸元をつついた。
「次は、わたしとふたりっきりで出かけてね。デートよ。甘味処も、洋服屋も、アクセも……あれこれ回るんだから」
「……わ、わかったよ。じゃあ次は――」
「拒否はダメ。もししたら……吸うわよ?」
「な、何をどこを!? 吸血鬼として!?」
「ふふん。さあ、どうかしらね? 楽しみにしてなさい」
ぷいっと背を向けるセレナ。紅に染まる夕陽がその銀髪を照らし、きらめかせていた。
(……ああ、これが一番面倒かもしれない)
グランは頭を抱えつつ、家路へと足を踏み入れた。




