第89話 四季連合国 ― 崩れゆく士気
■民衆の混乱
リベルノア王国で勇者パーティーが処刑された――その報せは、瞬く間に四季連合国全土へと駆け抜けた。
街の広場では、人々が信じられぬ面持ちで噂を交わす。
「勇者様たちが……負けた?」
「ミリアという女が裏切ったらしい」
「じゃあ、もう誰も魔王や敵国に勝てないじゃないか……」
商人は荷を下ろし、兵士は剣を持つ手を震わせる。
冒険者ギルドの掲示板からは依頼が次々と剥がされ、広場を漂う空気は恐怖と諦めに支配されていた。
戦う理由よりも、生き延びる方法を探す声が大きくなる。
民衆の瞳からは、「勝てる」という光が確実に消えていった。
軍議の場ですら、同じ空気が漂っていた。
「……もう剣聖の国に助けを乞うしかない」
「だが、それは我らの独立を失うということだぞ」
囁かれる声は、戦意ではなく恐怖と諦めの色を濃く帯びていた。
■剣聖の国 ― ロウの影
同時刻、剣聖の国。
荘厳な玉座の間で、剣聖ロウはゆったりと椅子に腰掛け、報告を受けていた。
「これで四季連合国は、我らの掌の上。さすが“あの人”……いや、ロウの策も見事だ」
側近の言葉に、ロウは薄く笑みを浮かべる。
「連合国は戦力を失い、民も疲弊している。
我らは兵をほとんど動かさず、被害は最小。
あとは冒険者どもを“守護”の名目で取り込み、軍を再編すればいい。
ミリアにも引き続き協力してもらう。……やつの強化魔法は、軍を怪物に変える」
ロウはゆっくりと地図上に駒を置いた。
それは、四季連合国の首都を示していた。
「三ヶ月あれば十分だ。
その頃には、連合国は自ら首輪をつけ、我らの犬になるだろう」
その声は、玉座の間を冷たく凍りつかせるほどの威圧を帯びていた。
■届けられた一通の手紙
同じ時刻。
四季連合国と剣聖の国へ、同じ封書が届けられた。
差出人は、イーストランド、リベルノア王国、そして魔王国。
三国連名による共同声明である。
戦争賠償金として各国予算の半分を支払うこと
戦争兵器の八割を没収すること
軍の解体を要求すること
返答期限は三ヶ月。
ロウは手紙を読み終えると、静かに笑った。
「ほう……時間稼ぎか。いいだろう」
彼は封書を机に置き、冷ややかに呟いた。
「だが三ヶ月後、この要求を粉々に砕いてやる。……撤回の文を送りつけるのはこちらの方だ」
その言葉は、まるで死刑宣告のように玉座の間を震わせた。
三ヶ月という猶予――それは敵国にとっての希望ではなく、剣聖の国にとって最高の準備期間となろうとしていた。




