第88話 戦後 ― 次なる脅威
リベルノア王国の臨時作戦本部。
傷ついた鎧、返り血に染まった衣。
兵士や仲間たちは半円を描くように集まり、静かに報告を待っていた。
外ではまだ負傷兵の呻き声や、片付けの号令が響き、戦争が終わったばかりであることを否応なく伝えていた。
フェンリルが一歩前に出る。
「……以上がリベルノア王国側の戦況だ。正直、ギリギリだった。もう一度同じ規模で来られたら……持たないかもしれん」
その声には、悔しさと安堵が入り混じっていた。
こはるがそっと唇を開いた。
「……私……あの人に、斬られました」
場が一瞬にして固まる。
フェンリルの耳が動き、クレアの瞳が大きく見開かれる。
「本当に、死ぬかと思いました。でも……このリボンが……」
こはるは震える指先で、髪に結ばれた小さなリボンに触れた。
クレアが思い出すように声を震わせる。
「あれが……突然光って、あなたを包んだの。止血も、傷の治りも……普通じゃなかった」
「……グランさんからもらった物なんです。あの時の……デートで」
こはるの声はかすれていたが、瞳は強い光を宿していた。
「助けてくれました。あの瞬間……怖かった。でも、この国を守りたいって気持ちは、消えませんでした」
その言葉に、皆の胸が熱くなる。
蓮が険しい顔で続ける。
「……それにしてもおかしい。この魔物の統率力、集まった数、一体ごとの強さ……全部が異常だ。自然発生じゃない。……誰かが意図的に仕掛けている」
グランの答えは即断だった。
「……その答えはひとつだ。ミリアだ」
「……!」
ユエの表情が揺れる。
「ああ。二千年前の魔王四天王の一人。魔物を操り、付与魔法を極めた魔族だ。もともと高い戦闘力を誇っていたが……今は当時とは比べ物にならない」
グランの声は低く、重い。
セレナが悔しげに吐き捨てる。
「あいつ……笑ってたわ。戦いの最中、心底楽しそうに」
その名がもたらす重苦しい空気を切り裂くように、サンライズの代表が口を開いた。
「こちらからも報告がある。現勇者パーティーとの戦いで……俺たちは二千年前の勇者パーティーの霊に会った。
彼らは、自分たちが本来立ち向かうべきものから逃げたことを謝罪してくれた」
蓮が眉を寄せる。
「……つまり、二千年前の未解決の因縁が、今も形を変えて続いているってことか」
「ああ。だがその因縁は……俺たちが断ち切る」
サンライズ代表の言葉に、仲間たちもうなずいた。
グランは目を閉じ、そして力強く言葉を放つ。
「……いずれにせよ、ミリアは放置できない。奴は必ず次の手を打ってくる。
ならば――次は、こちらから動く」
フェンリルが牙を見せ、ユエの瞳が鋭く光る。
こはるはリボンを強く握りしめ、クレアは深く息を吸い込んだ。
自然と全員の視線が、グランへと集まっていく。
次なる戦いがすぐそこに迫っていることを、誰もが理解していた。




