第85話 魔族会議 ― ミリアの報告
魔王国・城の作戦室。
長机を囲むのは、魔族の代表たち。重苦しい沈黙の中、グランが口を開いた。
「……戦場に現れたのは、間違いなくミリアだった」
その名が告げられると同時に、場の空気が揺らぐ。
「……信じられん。ミリア様が、生きていたとは」
最初に声を上げたのは、長老ギルドラス。普段は冷静な彼の声音に、動揺が滲んでいた。
「二千年前の戦で……確かに死んだと伝えられていたはずだ」
アンデッドの長が唸るように呟く。
「封印されたのか? だが、セレナ様にそこまでの力は……」
若きレイス族の魔導が首をかしげ、答えを探す。
「……でも、あの力、あの執念。間違いなくミリア様だった」
妖精族の使者もまた、言葉を飲み込みながら絞り出した。
グランは静かに頷く。
「確かに、あれはミリアだった。……だが彼女は“あの人”につき、我らに牙を向けた」
「なぜだ……?」
誰かの呟きに、誰も答えられなかった。
■誰にも知られなかった想い ― ミリアの記憶
誰も知らなかった。
ミリアの胸に、どれほど強い想いが宿っていたのかを。
(私は……グラン様を、愛していた)
ただの忠臣として仕えていたと見られていた。
だが彼女の心は、いつも主を求めていた。
(“四天王”としての立場がある。……想いを告げてはならない。だから――力で示すしかなかった)
いつも傍にいたのは、セレナ。
(グラン様の隣には、いつも彼女がいた)
羨望と嫉妬。
それでも、信じていた。
(いずれは選ばれると……そう信じて、私は戦った)
剣聖との激戦。命を懸けて撃退したその時も――
(褒めてほしかった。認めてほしかった)
だが、訪れたのは絶望だった。
(封印されたのは……私ではなく、セレナ?)
真実を知った瞬間、すべてが崩れた。
自分は選ばれなかった。
置き去りにされた。
誰も、想いに気づいてはくれなかった。
(私は……ただの、道具だったの?)
やがてミリアは姿を消す。
二千年の沈黙の果てに、狂気を纏った姿で再び現れたのだった。
■会議室 ― 沈黙のあと
「……我らの過ちだ」
「彼女の想いに、誰も気づけなかった」
誰かの言葉に、別の声が重なる。
「いや……彼女自身が隠していたのだろう。だが、その苦しみが……二千年かけて、形を歪めたのだ」
ギルドラスが重く首を振った。
「止めねばならぬ。……今度こそ」
その場に異を唱える者は、一人もいなかった。
「……あいつは、俺の言葉にも耳を貸さなかった」
グランは拳を握りしめる。
「セレナに封印されたと信じ込んでいる。だが、セレナにはそんな力はなかった」
セレナがそっと隣に立ち、静かに口を開く。
「……ミリアさんは、ずっと一人だったのね。誰にも頼らず、想いを抱え込んで……」
グランの瞳に決意の光が宿る。
「……もう二度と、孤独にはさせない。敵でも仲間でもなく――ミリアは、俺が決着をつける」
作戦室に沈黙が落ちた。
それは重苦しくも、確かな決意を共有する沈黙だった。




