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第83話 戦争開戦 ― 蓮の戦場

そして――七日後。

ついに、戦争の火蓋が切って落とされた。

最初の戦場となったのは、イーストランド東部。

果てしなく広がる平原を埋め尽くすのは、黒い奔流のような魔物の大群。空をも覆う咆哮と羽音が轟き、地鳴りのような足音が大地を震わせていた。

その最前線に立つのは、一人の青年――蓮。

「全員、配置に就け! 一体たりとも通すな!」

凛とした声が響き渡り、兵たちの心を縛る恐怖を切り裂いた。

彼の指揮に従い、前衛の戦士たちが盾を構え、後方の魔道士たちが次々と詠唱を開始する。

だが、戦局を左右するのはやはり蓮自身だった。

「《グラヴィティ・クラッシュ》!」

大地が悲鳴を上げるように歪み、強烈な重力場が一帯を覆い尽くす。

瞬間、何百という魔物が地に叩きつけられ、骨を砕かれ、肉を潰されて絶命していった。

その隙を逃さず、蓮は畳みかける。

「《テンペスト・ストーム》――《フリーズ・ランス》――《メテオ・レイン》!」

雷が奔り、氷の槍が降り注ぎ、火球が流星群のように空から落ちてくる。

轟音と爆炎が戦場を蹂躙し、風が唸り、砂塵が天を覆った。

――まるで天変地異そのもの。

蓮一人の魔法が、軍勢全体を押し返していた。

S級モンスターでさえ、一撃で沈む。

人間の兵士など、影すら残さず焼き尽くされる。

蓮が戦場に立つということは、それだけで“戦局”が変わるということだった。

だが――それでも。

重力場を抜け、雷を躱し、炎を潜り抜けてくる魔物が少数ながら存在した。

獣のような執念を燃やし、血に飢えた瞳をぎらつかせて迫る。

「突破を許すな!」

蓮の号令に、待機していたイーストランド軍が一斉に動く。

槍兵が突撃し、弓兵が矢を雨のように放ち、魔道士たちが次々と補助魔法を重ねる。

蓮の一撃に比べれば小さな波だが、それでも確実に突破してきた敵を削ぎ落としていった。

蓮は戦場を見渡しながら、ふと息を吐く。

「……ひかり。待っててね。必ず……」

胸の奥に灯るのは、彼女への誓い。

守りたい存在がいるからこそ、蓮は決して退かない。

しかし、戦いが進むにつれ、じわりと胸に広がる違和感があった。

(……おかしい。この数、この動き……)

魔物の群れ。

その統率された動きは、ただの自然発生とは明らかに違う。

ましてや、災厄級と呼ばれるモンスターがこれほど多数同時に出現するなど、歴史上にも前例がない。

(まるで――誰かが意図的に操っているようだ)

額を汗が伝う。

ただの戦争ではない。

背後には確かに“意思”がある。

「……やっぱり、これはただの戦争じゃない」

呟いた瞬間、耳をつんざくような咆哮が轟いた。

平原の奥から現れたのは、常軌を逸した巨体を誇る魔獣。

その姿に兵たちが一瞬、息を呑む。

空は血と炎に染まり、大地は砕け散り、風は呻くように荒れ狂う。

蓮の瞳に宿る光は揺るがない。

「来い――俺が相手だ」

決戦の幕は、すでに切って落とされていた。


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