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第80話 リベルノア王国 ― 戦の前夜、もうひとつの作戦会議

リベルノア王国の城、石造りの作戦室には重苦しい空気が漂っていた。

フェンリル、こはる、ナツ――そして軍を束ねる将軍チャイルズを中心に、戦争に備えた綿密な作戦会議が行われている。

「ナツ。お前は前線に出る必要はない。エンチャントと支援を全体に回せ。……魔道支援こそが、戦の鍵になる」

チャイルズの低い声が響く。

ナツは一瞬だけ唇を引き結び、静かに頷いた。

「了解。俺にできる限りのサポートをする。誰一人……倒れさせないために」

後方には宮廷魔道士たちが布陣し、遠距離からの強力な魔法で敵を削る。その網を潜り抜けてきた兵や魔物は、フェンリルとこはる、そして国軍が迎え撃つ。

さらに近衛騎士団は各地の避難所へ護衛として派遣されることが決定していた。

ふと、誰かが口を開いた。

「……陛下の護衛は、どうされるのです?」

沈黙の中、ノア国王が静かに答えた。

「我らに護衛は不要だ。民の命が最優先だ。我々はここに残り、最後まで見届ける。それが王の務めだ」

その言葉に場が引き締まる。王の覚悟は、兵たちの胸を熱く震わせた。

――しかし、フェンリルの胸には落ち着かぬものがあった。

主であるグランと離れてしまったこと。それでも、前回の戦で守り切れなかった悔しさが、彼を奮い立たせる。

「今回は……必ず守る。主が信じて送り出してくれたのだから」

天を仰ぎ、小さく吠えた声は、誓いのように響いた。

こはるは隅で拳を握りしめ、沈黙していた。

胸に渦巻くのは、恐怖と不安。

(怖い……剣聖の末裔としての宿命、戦う責任……それに、命が惜しい……)

自分の命を失いたくない――その感情を、否定できなかった。

(死にたくない……でも、それはみんな同じ。グランさんも、ナツも、フェンリルも……誰も失いたくない……)

戦とは命を賭けるもの。誰かの命が消えるもの。

その現実が、こはるの心を締めつけた。

そんな彼女の隣に、そっとフェンリルが腰を下ろす。

すると――扉が開き、クレア王女が駆け寄ってきた。

「こはるさん……本当に、ごめんなさい。私に戦う力があれば……でも、私にもできることはあるはず。だから……」

声を震わせた瞬間、クレアの瞳から涙が溢れた。

こはるも堪えていたものが決壊し、頬を濡らす。

(……そうか。私、こんなにも不安で……怖くて、寂しかったんだ……)

二人はどれほど泣いただろう。肩を寄せ合い、心を通わせることで、ようやく孤独から解き放たれた。

やがて、こはるは涙を拭い、少しだけ笑みを浮かべて口を開いた。

「ありがとう、クレアさん。……あ、でも、グランさんは渡しませんからね!」

クレアも涙の跡を残したまま、くすりと笑い返す。

「こちらこそありがとう、こはるさん。……でも私も、やっぱりグランさんが好きなのよね」

冗談交じりのやりとりに、戦の前夜とは思えぬ、ひとときの温かな時間が流れた。

一方その頃――ナツは念話で彼女と語り合っていた。

『……これから戦いに行ってくる』

『うん……ナツ……』

『人間と肩を並べて戦う日が来るなんて思わなかった。でも、これが本来の姿なのかもしれない』

『……そうかもしれないね』

『必ず戻る。だから待っててくれ』

『……ちゃんと待ってるよ。ずっと……』

彼女の涙を感じながら、ナツは静かに目を閉じた。

戦いは、すでに始まっていた。

それぞれの心の中で――。


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