第78話 迫る戦火と勇者の末裔
グランたちが再び集った作戦会議の空気は、重苦しく張り詰めていた。
各国の戦力配備、補給路の確保、そして連携のための通信魔法の整備――すべてを議題に挙げ、入念に詰めていた矢先のことだった。
扉を叩く音と共に、慌ただしく駆け込んだ報告官の声が、会議室を震わせた。
「報告!――イーストランド南部にて、現勇者パーティーと思しき部隊の進軍を確認! さらに東部方面には一万の軍勢が侵攻中です!」
ざわめく会議の中、報告は続いた。
「加えて……魔王国へ二万、そしてリベルノア王国にも二万の兵が向かっております!」
重苦しい沈黙が広がる。
ノア王――リベルノア王国の王は、険しい表情で唇を噛みしめた。
「なぜだ……なぜ、これほど多くの兵を短期間で揃えられる……? 戦の布告すらまだ……」
「いえ……陛下」
報告官は蒼白な顔で告げる。
「つい先程、正式な戦争布告が届きました。送り主は、剣聖の国ゼルマール、四季連合国、勇者の国グラーデ帝国――三国連名にて」
その場にいた全員が息を呑んだ。
布告の内容は苛烈なものだった。
クレア王女をグラーデ帝国第一王子・アゼルへ婚約者として差し出すこと。
リベルノア東部の《神聖の谷》をゼルマールへ割譲すること。
四季連合国へ毎年、総収入の三割を“冒険者管理費”として納めること。
七日以内に応じなければ、三国連合軍は即座に“聖戦”を開始する――そう記されていた。
「……ふざけた真似を」
ノア王が机を拳で叩きつける。
「奴らは本気だ。軍事力、政治力、戦術……すべてにおいて我らの想定を上回っている。すでに内情までも探られている以上、情報戦でも劣勢だ」
「始まる前から詰んでいる……」
イーストランド王が低く呟く。
重苦しい沈黙の中、グランが椅子を押しのけて立ち上がった。
「……このままでは、どこか一つが崩れれば一気に瓦解する。すべてを守るため戦力を分散せざるを得ないが、それでは各地が手薄になる。魔王国も、リベルノアも、イーストランドも防ぎ切れない」
誰もが打つ手を見失いかけた、そのとき――。
「その対応、私たちに任せていただけませんか?」
澄んだ、しかし凛とした声が会議室に響いた。
全員の視線が向いた先には、一人の女性が立っていた。
かつてグランたちが魔王国へ向かう道中で同行した、Sランクパーティー《サンライズ》のリーダーである。
「……君たちは……!」
蓮が驚きに目を見開く。
女性は一歩前へ進み、グランを真っ直ぐに見据えた。
「我々が、現勇者パーティーを迎え撃ちます」
「無茶だ。彼らは現代の勇者だぞ」
ノア王が声を荒げる。
しかし彼女は静かに首を振り、そして言った。
「……私たちは――二千年前の勇者パーティーの末裔です」
会議室の空気が凍りついた。
「表向き、勇者の血は絶えたとされています。だが、それは偽り。
勇者の血は細々と受け継がれ、我らの故郷《聖なる谷》で代々伝えられてきました。戦乱を恐れ、名を隠し、ただ“その時”を待ち続けてきたのです」
そう言うと、彼女の身を淡い光が包んだ。
その波動は、二千年前の勇者と酷似した力を放ち、会議室を満たしていく。
「この力……間違いない」
グランが低く呟く。
「ああ……」
蓮もまた、その気配を肌で感じ取っていた。
女性は毅然とした面持ちで告げる。
「我ら《サンライズ》は、勇者の名の下に立ち上がります。現勇者パーティーの暴走を、正しに行く」




